61話
「風の巫女がまた来ただと……! 馬鹿な、適当なことを言って追い返せ!」
「しかしレリック様、あまり適当なことばかり言えば、かえって風の巫女様に不信感を抱かれるのではありませんか?」
「ふん、水の巫女は不在だと言って突っぱねろ! どうしてもと言われたら、先に土の巫女のところへでも行けと言えば、あの小娘どもをごまかすには何ら問題ない!」
「しかしですね……」
「うるさい! ぐずぐず言うな、下がれ!」
扉の向こうから響いてきた荒々しい怒号に合わせ、激しく床を踏み鳴らす足音が近づいてくる。シンは咄嗟に身を翻し、廊下の隅の深い物陰へと完璧に体を滑り込ませた。
ギイィ……と重い扉が開かれ、青ざめた顔をした一人の神官が慌てた様子で部屋から退出していく。それを物陰からやり過ごしたシンは、レリックがセレネをあからさまに邪険に扱い、厄介払いしようとしているその醜悪な本性をしっかりと見極めた。
(やっぱりな……。レリックの態度は、最初から隠し事をしている人間のそれだ)
シンは音もなく再びレリックの執務室の扉のすぐそばへと忍び寄り、再び息を殺して室内の物音に意識を集中させた。
「……まったく、風の巫女ごときが嗅ぎ回ってきたのは誤算だったが、連中が何も気づかずにさっさとこの街から出ていってくれればそれで問題ない。そのあとで、あの地下に囚えている強情な水の巫女から、じっくりと法具の在りかを吐き出させればいいだけのことだ」
部屋の奥から聞こえてきたのは、先ほどまでの穏やかな仮面が完全に剥ぎ取られた、冷酷で薄汚いレリックの独り言だった。
「それにしても、あの娘め……。散々痛めつけてやっているというのに、一向に口を割らん。いっそ、この街の住民たちの何人かを生贄に見せしめとして殺してやれば、少しは態度が変わるものか……?」
ガチャリ、と重い金属音がして、別の部屋から戻ってきたのか、あるいは隠し扉から現れたのか、レリックとは別の低い男の声が室内に響いた。
「レリック様」
「おっ、お前か。地下の様子はどうだ、首尾よくいっているのか」
「はっ、申し訳ございません。地下水路の最も深い場所に幽閉しているあの娘ですが、どんなに痛めつけて身体を傷つけても、一向に法具の在りかを吐こうとしません。あらゆる手段で精神的な揺さぶりをかけてみても、まったく効果がなくて困ったものです」
「そうか……そこまで強情か。それなら、以前から共に捕えている住民や神官たちの何人かを見せしめに処刑するとでも脅してみろ。少しは考えが変わるかどうか、試してみる価値はあるな。……おい、奴に逃げられるような真似はないだろうな? しっかりと枷はつけているんだろうな?」
「もちろんでございますとも。魔力を完全に封じる特製の枷をつけていますから、魔法による抵抗など一切できませんよ。まさに手負いの小動物をいたぶるような、楽な仕事です」
「そうか、ならいい。で、肝心の外向けの結界のほうは問題ないだろうな?」
「えぇ、ご安心ください。街の中心にある噴水広場の地下結界装置は、今も正常に稼働し続けています。この街の結界に対して外部から強力な直接攻撃でも加えられない限り、中の異常が外に漏れることは絶対にありません。それに、こんな平和な街でそんな危険な真似をする馬鹿な旅人など、いるわけがありませんよ」
「ふっ、それもそうだな。なら良い、引き続きあの娘から情報を吐かせろ」
「はっ! お任せください!」
扉の隙間から漏れ聞こえてきたそのおぞましい会話のすべてを正確に記憶し、シンは静かにその場から足音を消して離れた。
(水の巫女であるミズキ様は、やっぱりこの神殿の地下水路のどこかに幽閉されていたんだ……。しかも、魔力を封じられた上で、想像を絶する拷問を受けている……!)
怒りで一瞬心臓が冷たく跳ね上がったが、シンはすぐに持ち前の冷静さを取り戻し、先ほどあらかじめ開けておいた廊下の窓から身軽に外へと抜け出した。誰もいない建物の陰で、借りていた神官服を素早く脱いで処分し自分の衣服へと戻すと、何食わぬ顔で神殿の表側へと大回りして戻っていく。
正面の扉からまるで今やってきたかのように自然に足を踏み入れると、そこには質問攻めにあってすっかりぐったりと疲弊しきった神官たちと、腕を組んで不満そうに待っていたセレネの姿があった。
「あ、シン。ちょっと、遅かったじゃない。……もう、この人たち質問しても全然まともに答えてくれないんだから」
「すみません、少し迷ってしまって……。でも、神官様たちも困っている様子、行きましょうか、セレネ様」
「そうね、もうここにいても時間の無駄だわ。失礼するわね!」
セレネはこれ以上相手をするのも面倒だと言わんばかりに、ぐったりしている神官たちに向けて形式的な一礼を済ませると、足早に神殿の外へと連れ出した。
神殿を出た後、二人は周囲に警戒されないよう、街の露店をいくつか周りながら、ごく自然に買い物をしつつ自分たちの泊まる宿へと戻った。
部屋の扉をしっかりと閉め、内側から錠をかけて、さらに窓の鍵や木戸も完全に閉ざして外部からの侵入や盗み聞きを完全にシャットアウトする。
安全な密室を作り上げたその瞬間、それまでの穏やかな表情だったシンは、真剣そのものの鋭い眼光をセレネに向けたのだった。
読んでいただきありがとうございます!
この作品が「面白い」「続きが気になる」と思った方はぜひ評価をいただけますと執筆の励みになりますので、ぜひよろしくお願いいたします。




