6話
「――っ、昨晩の酒がまだ少し残っているというのによく頭が痛むわね……」
祭りの喧騒が嘘のように静まり返ったエルフの村の昼下がり、風の巫女であるセレネはこめかみを軽く押さえながら、地下牢へと続く階段を重い足取りで降りていた。
前夜の収穫祭で長老たちに勧められるまま口にした強い果実酒が、二日酔いとなって痛む頭にじわりと響いている。
冷たい石畳の廊下を進み、シンの収容されている鉄格子の前へと辿り着く。しかし、そこにいたのは前日の二日酔いでぐったりとしているセレネとは対照的に、変わらぬ穏やかな笑みをたたえて静かに本をめくっているシンの姿だった。
「あ、セレネさん。おはようございます。……なんだか少し、顔色が優れないように見えますが、大丈夫ですか?」
「……あなたに関係ないわ。それより、あなたと二人でお話しておかなければならないことがあるのよ」
セレネがそう告げると、通路の端に控えていた衛兵たちに下がるよう伝え、衛兵たちは一礼して足音を遠ざけていった。地下牢には、二人きりの重苦しい静寂が戻る。
セレネは鉄格子の前に歩み寄ると、ぐっと息を呑み、わずかに声を潜めながら冷静なトーンを無理やり作り出して切り出した。
「昨夜の事についてよ」
「昨夜のことですか? 美味しいお酒をご馳走になったことと、色々とお話を聞かせてもらったことでしょうか」
「そうよ! そのことよ!」
図星を突かれたのか、セレネは思わず語気を強めてしまった。慌てて周囲を警戒するように視線を巡らせてから、彼女はさらに声をひそめ、シンの目の前にしっかりと顔を近づけた。
「あれは……その、たまたまの気の迷いよ。お祭りの雰囲気に酔っていたし、長老たちとのやり取りで少し頭に血が上っていただけの、ね。だから、いいこと? 昨夜私があなたにお酒を分けたことや、あなたに愚痴をこぼしたことなんてものは、すべて無かったことにして頂戴。絶対に、誰にも――長老たちにも、村の者にも、一言たりとも漏らしてはならないわ。分かった?」
必死に威厳を取り繕おうとするセレネの必死な気迫に押されながらも、シンは困ったような、しかしどこか楽しげな笑みを浮かべて頷いた。
「ふふ、分かりましたよ。誰にも言いません。……二人だけの秘密、ということですね」
「なっ――!?」
「秘密を守る代わりに、そうですね……」
シンはからかうような茶目っ気を含んだ瞳を細め、穏やかな声で続ける。
「今度また、お話し相手になってもいいですか、セレネさん?」
真面目な顔をして放たれたその砕けた言葉に、セレネは心臓を不意に撃ち抜かれたような衝撃を受けた。顔が一気にカッと熱くなり、二日酔いとは違う動揺が全身を駆け巡る。
「っ、調子のいいことを言わないでちょうだい! とにかく、口外無用よ!」
これ以上ここに長居をすれば自分のペースが完全に狂わされてしまうと直感したセレネは、それ以上シンの顔を見ることができず、踵を返すと早足で地下牢から飛び出すように駆け上がっていった。
階段を駆け上がり、新鮮な森の空気を胸いっぱいに吸い込んでも、高鳴る鼓動はなかなか収まらなかった。
――あの男は記憶喪失の危険人物で、私は監視する立場の巫女のはずなのに……。
頭では警戒を怠るなと自分を戒めながらも、胸の奥底では、不思議と彼と過ごす時間が苦ではなく、むしろ孤独だった心に穏やかな安らぎをもたらしているという現実がそこにあった。
その事実に気づいてしまった自分自身に驚きを覚えながら、セレネは熱を持った頬を両手でそっと押さえるのだった。
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