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5話

エルフの村が一年で最も華やぐ祝宴の夜、風の巫女であるセレネは長老たちから差し出された杯を前に、わずかに眉をひそめていた。


「さあセレネ、今日は一年の労苦をねぎらう収穫祭だ。お前も堅いことは言わずに一杯どうだ」


普段であれば、任務の厳格さを保つために酒類は断るところだったが、年に一度の大切な行事という周囲の雰囲気に押され、彼女は渋々とその杯を受け取った。

口をつけると、爽やかな果実の香りと共に強い芳香が喉を熱く通っていく。

ちょうどその時、地下牢にいるシンの夕食を運ぶ順番だった衛兵が、盆を手に立ち上がろうとしていた。

セレネは、ふと何かを思い立ったようにその衛兵から盆を受け取る。


「……待って。今日の分の食事は、私があの人のところへ持っていくわ」

「はっ? しかし、セレネ様がわざわざあんな男のところへ……」

「いいから、これは私の務めよ」


怪訝そうな顔をする衛兵をよそに、セレネは地下牢へと続く階段を降りていった。


一方その頃、地下牢の冷たい石畳に腰を下ろしていたシンは、わずかに差し込む月明りを見上げながら静かに物思いにふけっていた。

記憶のほとんどを失った自分にとって、この牢の中での生活は奇妙なほど静謐なものだったが、頭上の地上からはドンドンと賑やかな楽器の音や、村人たちの楽しげな笑い声がかすかに響いてきていた。

コツコツと響く規則正しい足音に気づき、シンが顔を上げると、鉄格子の向こうから現れたのは盆を手にしたセレネだった。


「こんばんは、セレネさん。今日もわざわざありがとうございます」


シンはいつも通り柔らかく微笑み、丁寧に頭を下げる。セレネは盆を机に置き、いつもより少しだけ頬が紅潮しているのを隠すように軽く息をついた。


「……はい、今日の夕食よ。おあがりなさい」

「ありがとうございます。いただきます」


シンは木製の器を受け取り、慣れた手つきで静かに食事を口に運ぶ。その間にも、頭上の地上からは賑やかな祝宴の気配が伝わってきた。

スープを飲み干したシンは、ふと首を傾げて鉄格子の外にいるセレネに尋ねる。


「上の方やけに賑やかなようですが、何かお祭りでもやっているのですか? いつもより皆さんの足音も弾んでいるように思えますが」

「……よく気づいたわね。今日は、この村で年に一度の収穫祭よ。森の恵みに感謝して、みんなで酒を酌み交わしているの」

「なるほど、収穫祭ですか。それはとても素敵な日ですね」


シンが穏やかに食事を終えたのを見計らって、セレネは懐から小さなビンを取り出した。そして、持ってきていた別の空の木製コップに琥珀色の液体をトクトクと注ぎ、鉄格子の隙間から差し出す。


「……これ、受け取りなさい」

「これは……お酒ですか? 自分はあまりお酒は得意ではありませんし、そもそも囚人の身ですから遠慮しておきますよ」


首を横に振るシンに対し、セレネは少し強引にコップを押し付けた。いつもよりも熱を帯びた瞳には、わずかに酔いの回っている様子がうかがえる。


「遠慮しなくていいわ。それに、あなたが日々、資料室の書物や色々綺麗に修繕してくれたお礼よ。監視役の私からのねぎらいだと思って受け取りなさい」

「そう言っていただけるなら……では、少しだけ」


シンが苦笑しながらコップを受け取ると、セレネは自分用のもう一つのコップにも同じ液体を注ぎ、トクトクと喉に流し込んだ。

ふう、と息を吐き出す彼女の顔は、いつもの冷徹な風の巫女のものとは違い、どこか年相応の少女の柔らかさを帯びていた。


「少しだけ話を聞いてもらえる?……私ね、長い間ずっと巫女として村のために頑張ってきたの。年の近い子が遊んでいる中、私だけ勤めだとか作法だとかそんなことばっかりさせられてきた。巫女が嫌ってわけじゃない。私は巫女の勤めに誇りを持っているわ。でも、長老たちはいつも村の規律、伝統、風習って、少しでもはみ出せばすぐに小言を言ってくる。私はただ、母が愛したこの森と村を守りたいだけなのに……誰も私の本当の苦労なんて分かってくれないのよ」


普段は絶対に他人の前で見せないような愚痴が、セレネの口からぽつりぽつりと零れ落ちていく。監視役としての立場を完全に忘れたようなその姿は、あまりにも無防備だった。

しかし、厳格な巫女として孤独に生きてきた彼女にとって、村の利害関係から完全に切り離された、穏やかで否定しないシンという存在が、無意識のうちに気心許せる相手になっていた。

牢の鉄格子を挟んで並び立つ二人の間には、初めて出会った時のような険しい他人行儀さは薄れ、代わりに静かで温かな夜の空気がゆっくりと流れていた。

読んでいただきありがとうございます!

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