↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
57/86

57話

「すごい光景ですね……、見事にびっしりじゃないですか」


窓の外を埋め尽くすおぞましい群れを前にして、シンがどこか冷静に呟く隣で、セレネは青ざめた顔のまま彼の袖をきつく掴んだ。


「感心している場合じゃないでしょ! どうするのよ、シン!」


その声にも焦りが色濃く滲む。下の階から聞こえてくるバリバリという重苦しい破壊音や、腐敗した臭いを纏ううめき声は、頑丈なはずの木製扉がいつ突破されてもおかしくないことを雄弁に物語っていた。


二階の窓から周囲の状況を確認する限り、周囲をうろついていたゾンビたちは、音や気配に引き寄せられてすっかりこの宿の周辺に集まりきっている様子だった。

(ただ真正面から飛び出せば、一瞬で囲まれてしまう……。何か、引き離すための陽動が必要だな)

シンは思考を巡らせ、窓際に転がっていた硬い小物をひょいと手に取ると、外を徘徊するゾンビの群れから少し離れた路地裏に向けて力いっぱい投げつけた。

カンッ! と、静まり返った夜の村に金属的な乾いた音が響き渡る。

その音が鳴り響いた瞬間、音源の近くにいた複数のゾンビたちが、まるで糸で操られたかのように一斉にその方向へと頭を向け、ぞろぞろと動き出した。


「……なるほど。あいつら、視覚というよりは、はっきりと『音』や『生体反応』に強く反応しているみたいですね」


シンのその分析に、セレネはハッとした顔をして頷く。


「じゃあ、大きな音を出せば、あそこの群れをそっちへ誘導できるってことね?」

「ええ。だから、セレネにお願いがあるんです」


シンは、今自分たちがいる部屋から一番離れた、廊下の突き当たりにある反対側の部屋を指し示した。


「あの部屋の窓から、遠くに向けて大きな音がするような爆発系の魔法を放ってほしいです。そうすれば、ほとんどのゾンビはそちらに引きつけられるはずなので、その隙に一気にこの建物から飛び出しましょう」

「分かったわ。私が派手に音を鳴らして陽動するから、その隙に脱出の準備をしましょう」


セレネはすぐに自分の杖をしっかりと握りしめ、指示された部屋へと素早く移動して魔法の詠唱準備を整えた。

数秒後、遠くの部屋の窓から、ドンッ! という小規模ながらも派手な爆発音と強烈な閃光が夜空を切り裂いた。


「グォアッ……!?」「ガァッ……!」


その突然の轟音と眩い光に反応し、宿の入口や周囲に密集していたゾンビたちは一斉にそちらへと向きを変え、ドッと押し寄せるように移動を始める。


「今だ……!」


窓からその様子を確認したセレネが急いでシンのもとへ戻ると、シンはすでに自身の全身に微細な緑色の魔力を纏わせ、治癒魔法の応用である特殊な身体強化を発動させていた。全身の筋肉と神経が爆発的な速度で研ぎ澄まされていく。


「それじゃあ、失礼しますね」

「えっ、ちょっと――きゃっ!?」


言葉が終わるより早く、シンはセレネの体を迷うことなくひょいと軽々と担ぎ上げた。

次の瞬間、シンは二階の開け放たれた窓ガラスから、容赦なく夜空へと飛び出した。


一瞬、何が起きたのか理解の遅れたセレネは、急激に落下していく重力と肌を切り裂くような冷たい風圧を全身に受け、反射的に悲鳴をあげかけた。だが、叫べば周囲のゾンビたちに一発で居場所がバレてしまう。彼女は慌てて自分の両手で必死に口を塞ぎ、喉まで出かかっていた絶叫を飲み込んだ。

脳の理解がまったく追いつかないまま、シンは凄まじい脚力で地面に着地し、そこからさらに夜の闇を切り裂くように加速しながら走り抜ける。シンの肩に担がれたままのセレネの視界には、暗闇の中にぼんやりと浮かぶ村の景色と、出遅れて背後からフラフラと追いかけてくる数体のゾンビの姿がめまぐるしく流れていく。

風を置き去りにするような圧倒的な疾走の末、村の境界を完全に抜け、周囲に追手の気配が一切ない安全な草むらまでたどり着くと、シンはピタリと足を止め、セレネをそっと地面に下ろした。


「ふう……ここならもう大丈夫そうです」


地面に足をついた途端、セレネはバッとシンを睨みつけ、顔を真っ赤に怒らせながらぷりぷりと怒りを露わにした。


「な、なんなのよ一体! 荷物みたいに突然担ぎ上げたりして、それに二階の窓から飛び降りるなんて、一言も聞いてないわよ!」


しかし、そんなセレネの剣幕をよそに、シンはきょとんとした顔で首をかしげる。


「え? だって、あの一刻を争う状況ではそれが一番安全で効率的でしたし、何か問題でもありましたか?」

「問題ありまくりよ! もう、心臓が止まるかと思ったんだからね!」


文句を言いながらも怪我ひとつない自分を確認して、セレネは大きくため息をつく。だが、二人が無事に包囲網を抜け出せたことは事実であり、夜の静寂を取り戻した草原の風の中、二人は再びリプルズへ向けて歩みを進めるのだった。

読んでいただきありがとうございます!

この作品が「面白い」「続きが気になる」と思った方はぜひ評価をいただけますと執筆の励みになりますので、ぜひよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。