54話
ドワーフの村で手に入れた新たな名刀『風切』を腰に携え、シンはリプルズへ向かう山道を順調に進んでいる。言葉には出さずとも、その足取りの軽さや、時折ふと腰の刀に視線を落としては満足そうに微笑む表情から、どれほど嬉しがっているのかが痛いほどに伝わってくる。
「ふふ、そんなに分かりやすく顔に出るものなのね。シンがあんなに嬉しそうにしているところなんて、今まで見たことがないわ」
セレネは珍しいものを見るかのような優しい目を向けながら、くすくすと上品に笑った。
だが、喜びの一方で課題もあった。刀という武器はもともとこの大陸では珍しい異国の代物だ。当然ながらその扱いに長けているものなどいるはずもなく、シンは独学でこの武器の扱いをすべてゼロから覚える必要があった。
この大陸の一般的な剣と比べれば、その刃は圧倒的に細く、ただ力任せに叩きつけるような真似をすれば、遠からずぽっきりと折れてしまうだろう。ドワーフの工房で木材を一刀両断したあの時の感触を思い出し、シンは無駄な力を抜き、対象を切り裂くように扱う独自の動きを常に頭の中でイメージしていた。
時間さえあれば足を止めて素振りを繰り返し、身体にその軌道を覚え込ませていく。
「少しは休んだらどう? 気持ちは分かるけれど、そんなに焦らなくてもいいんじゃない?」
セレネは木陰に腰を下ろし、熱心に素振りに励むシンを微笑ましそうに見守りながら声をかけた。
「そうなんですけどね…、少しでも、使いこなせるようにならないと風切にも悪いですから。」
山道を下りきり、平原と森林が入り交じるリプルズへの道中を進んでいたその時だった。
ガサリと草木の揺れる音が響き、不気味な気配が漂う。
「…来ますよ、セレネ!」
「ええ、気をつけて!」
茂みから飛び出してきたのは、鋭い牙と俊敏な脚力を持つ狼型の獣系魔物と、分厚い黒い甲殻に覆われた甲虫型の魔物の群れだった。
「早速使ってみましょうか。」
シンは一歩前に踏み出し、腰から『風切』をスッと鮮やかに引き抜いた。これがこの刀にとって初めての本当の戦闘だ。
突撃してきた獣型魔物が、鋭い爪を立てて飛びかかってくる。
(焦るな……相手の踏み込みのタイミングに合わせる!)
シンの瞳が鋭く光る。魔物の動きを冷静に見極め、すれすれの位置で体をひねりながら刀を振るった。
ザシュッ! と、手応えすらほとんど感じさせない軽い感触とともに、獣型魔物はまるで紙を断ち切るかのように鮮やかに両断され、霧散するように消え去った。
「なっ……! すごい切れ味ね……!」
後方から支援の準備をしていたセレネが、その圧倒的な切れ味の良さに思わず目を見開く。
だが、休む間もなく、もう一匹の甲虫型魔物が凄まじい勢いで突進してきた。その頑丈な外殻は、かつての武器ではなかなか有効な傷を負わせるのが難しい難敵だ。
「こいつの甲殻は硬そうですが……!」
甲虫型が放った体当たりをギリギリの紙一重でヒラリと身をかわし、シンはすかさずそのガラ空きとなった側面へと回り込む。
「――これでどうだ!」
全身の体重と魔力を絶妙に乗せた『風切』が、甲虫型の硬質な背中を滑るように両断した。ガキィッという鈍い音ではなく、驚くほど滑らかに、これまでの武器では歯が立たなかったであろう分厚い甲殻に、細く深く大きな切断の傷が刻み込まれる。
「え……、全然切った感触がなかった……すごい!」
シン自身がそのあまりの感触に驚愕の声を漏らすが、次々と襲い掛かる魔物の群れを前に、すぐに意識を戦闘へと引き戻した。
「セレネ、援護を頼みます!」
「任せて! 《アイシクル・アロー》!」
セレネが放った氷の矢が残る魔物の動きを的確に凍てつかせ、動きの鈍ったところへシンが神速の居合いを叩き込む。二人の息の合った流れるような連携により、襲いかかってきた魔物の群れは瞬く間に全滅した。
静けさが戻った森の中で、シンは鞘に納めた『風切』の柄にそっと手を置き、その冷たい金属の感触を確かめながら息を整えた。
「改めて……すごい武器ですね。これなら、どんな強敵が相手でも戦い抜ける気がします」
「そうね。でも、武器が良くてもそれを使いこなす技量がないとね。しばらくは素振りと実戦の繰り返しかしら?」
「そうですね。先ほどの戦闘でかなり手に馴染んだ感覚があったので、練習も大事ですが実戦もしていかないとですね。」
セレネの温かい言葉に、シンはしっかりと頷き、水の都リプルズへ向けてさらに鍛錬を重ねていくことを心に誓うのだった。
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