51話
砂の海を飛ぶように駆けた砂船の旅は、沈みゆく太陽とともに終わりを告げ、僕たちは黄金の砂漠と青々とした草原が交わる境界の村へとたどり着いていた。
慌ただしく荷下ろしを始める商人たちや、乗り慣れた馬車へと急ぐ旅人たちの喧騒を横目に、シンとセレネは目的地のドワーフの村へ向かう足並みをいったん止める。すでに空は茜色から藍色へと移り変わり、日もすっかり落ちかけていた。無理をして夜の山間部を進むのは得策ではない。
「今日はこの村で一泊して、出立は明日にしましょうか」
村の入口で見回しながらそう提案すると、セレネはこくりとうなずいた。
「そうね。焦る旅程でもないし、今日はしっかり休んで明日に備えましょう」
二人は村の端にあるこぢんまりとした宿に宿をとり、旅の疲れを癒やした。
翌朝、夜明けとともに村を出た僕たちは、ドワーフの村がある山間部へ向けて足を踏み出した。
驚くべきことに、その日の道中は拍子抜けするほど平和だった。時折かすめる風の音が心地よいだけで、厄介な魔物の襲撃もほとんどない。余計な足止めを喰らわなかったおかげで、移動に全神経を集中させることができ、想像以上の距離をスムーズに進むことができた。
そして迎えた夜。山間部の麓に差し掛かったところで、僕たちはその日の野営地を設営することにした。
「よし、テントの設営はこっちで終わりましたよ」
「お疲れ様、シン。じゃあ、私は周辺の薪を集めておくわね」
手際よくテントを立て終えると、二人はすぐに夕食の準備に取り掛かる。道中で僕が近くにいた小動物を狩り、新鮮な食材を調達していたおかげで、今日のメニューは簡易的な保存食ではなく、少し手の込んだ温かい肉料理だ。
パチパチと爆ぜる焚き火の煙に包まれながら、鍋から立ち上る香ばしいスパイスの香りに、セレネは思いついたように感嘆の声を漏らした。
「ねえ、シン。最近なんだか、あなたの料理の腕前がぐっと上がっていない?」
「本当ですか? そう言ってもらえると嬉しいですけど」
シンはヘラで肉の焼き加減を確認しながら、少し照れくさそうに笑う。
「旅の途中でこうしていろんな土地の珍しい食材が手に入りますし、各地の料理法を見るだけでもいい刺激になりますからね。自然と覚えていっちゃうんです」
「ふふ、旅を楽しみながら成長するなんて、あなたらしいわね」
温かいスープを小さな木皿に分けながら、シンはふと真面目な顔つきになり、ある疑問を切り出した。
「……あの、セレネ。ちょっと魔力について相談してもいいですか?」
「魔力? 改まってどうしたのよ」
セレネはスプーンを止め、不思議そうに紫紺の瞳をこちらに向けた。
「自分の、魔力の上限についてなんですけど……。もっと引き上げる方法はないかなって考えてまして」
シンの真剣なトーンに、セレネは少し考え込むように視線を宙に泳がせた。
「魔力の上限か……。基本的には、日々の鍛錬を地道に積み重ねて、年齢とともに器を広げていくものよ。もし急がなくていいなら、毎日しっかりと時間を取って『瞑想』を続けるのが一番確実で安全な方法なんだけれど」
「うーん、瞑想か……。もちろんそれも大事ですけど、できればもっと早く、効率的に上限を上げられる方法はないかなと思いまして」
セレネは困ったように小さくため息をつき、それから少しだけ声を潜めて言った。
「……どうしても急ぎたいっていうなら、一つだけ、かなり強引で荒療治な方法はあるわよ」
「荒療治……ですか?」
「ええ。限界を超えて魔力を使い切り、完全に『魔力が枯渇する状態』まで追い込むことよ。それを繰り返すと、身体がより多くの魔力を欲するようになって、器の底が強制的に押し広げられるの。ただ、一歩間違えると魔力回路が焼き切れて二度と魔法が使えなくなるリスクもあるから、絶対に無茶は禁物よ」
魔力の枯渇。そのリスクの大きさに冷やっとしつつも、シンは深くうなずいて見せた。
「危険な賭けではありますけど……知れてよかったです。安全に、完全に魔力を使い切れるタイミングを見つけて、いつか試してみます」
「本当に、無茶だけはしないでよね。約束よ、シン」
セレネの呆れを含んだ、しかし温かい釘刺しに、シンは苦笑しながら頷いた。
夕食を終え、周囲が静寂に包まれると、シンはいつものように地面に胡座をかいて精神を集中させた。
体内の魔力回路を意識し、巡らせる。ヴェールダンでの戦いやこれまでの過酷な旅を経て、最初に比べると魔力の流れは驚くほどスムーズになっていた。体中を巡る魔の力が心地よく循環していくのを感じながら、シンは明日へと備えて静かに目を閉じた。
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