49話
水の都を目指すという新たな目的地が決まったシンとセレネは、激闘と緊張に満ちた旅の疲れを癒やすため、数日間にわたってヴェールダンの街に滞在することになった。
黄金の砂漠に抱かれたオアシスの都は、法具の修復によってかつての活気と賑わいを完全に取り戻している。
滞在三日目の昼下がり、二人は街で一番の規模を誇る大バザールへと足を運んでいた。
色鮮やかなテントが軒を連ね、スパイスの香ばしい匂いや、行商人たちの威勢の良い掛け声が飛び交う活気ある空間だ。
「わぁ、すごい人ですね。スパイスのいい匂いがします……おっ、セレネ、あそこの屋台を見てください。サボテンの実を使った特産品だって」
「本当ね。美味しそうだけど、なんだか少し変わった色をしているわね……一口食べてみる?」
シンが笑いかけながら、珍しい果実を一つ手に取る。ジューシーで甘酸っぱい砂漠の特産品に、二人は旅の疲れをしばらく忘れて舌鼓を打った。
そのままバザールの奥へと歩みを進めると、今度は砂漠の過酷な環境に適応した魔物の素材を扱う武具店が並んでいた。
「へぇー、このサンド・スコルピオンの外殻を使った鎧は実に頑丈そうですね。砂嵐の中での防御力も高そうだ」
シンが興味深そうに陳列された籠手や剣を指さすと、店主の威勢の良い声が飛ぶ。
「おっ、兄ちゃん目利きがいいな! こいつは先日の砂嵐の騒ぎの直前に仕入れた極上の素材だぜ!」
「……素材は魅力的だけど、シンには少しゴツすぎるんじゃないかしら?重い鎧は機動力を削ぐことにもなるし」
セレネが呆れたような、しかし楽しげな笑みを浮かべてシンの横顔を覗き込む。二人は他愛のない会話を交わしながら、賑やかな市場の雰囲気を満喫した。
そして旅立つ前日の夜。街全体が幻想的なランタンの灯りに包まれる中、二人は土の巫女・テラからの招待を受け、神殿の特設されたテラス席へと招かれていた。
心地よい夜風が吹き抜ける中、目の前の特設ステージでは、この地域最大の名物である優雅なベリーダンスが始まろうとしていた。
音楽が鳴り響き、華やかな装飾と大胆で露出度の高い衣装を纏ったダンサーたちがステージに登場する。しなやかで官能的な身のこなし、指先まで神経の行き届いた美しい踊りに、観客席からは大きな歓声が上がった。
「――っ……! な、なんだかすごく艶やかね……」
観客たちの熱気とダンサーたちの過激な衣装に当てられ、セレネは思わず頬を真っ赤に染め、視線をどこに向けたらいいかと小さく身を縮こまらせた。
そんなセレネの様子を横目で楽しそうに見ていたテラは、ふと上品に微笑みながらシンへと顔を向けた。
「ねえ、シンさんはこういう踊りや、こういう雰囲気には興味ありますか?」
突然振られた質問に、シンは少しだけ困ったように頬をかき、しかし素直な感想を告げた。
「そうですね……。皆様とても美しく踊られていますし、素敵だなとは思いますよ。ただ、周りの皆様のように熱狂的なファンになって夢中になれるかと言われると……どうでしょう、少し分かりませんね」
シンの真面目すぎる誠実な返答に、テラはくすりと上品な笑い声を漏らした。
「ふうん、そうなのね。……じゃあ、今度はこっちを訊いてみようかしら」
悪戯っ気のある瞳を輝かせたテラは、すっと視線を隣のセレネへとスライドさせた。
「ねえ、セレネ。あなたはこういう露出の多い綺麗な衣装や、ああいう踊りに興味はありませんか? 一度着て踊ってみたら、きっと似合うと思うけれど」
「なっ……! なに言ってるのよ、テラ!」
急に話を振られたセレネは、顔だけでなく耳たぶまで真っ赤に染め上げ、信じられないといった表情で両手を激しく横に振った。
「そんなの絶対に無理よ! あんな人前であんな格好をするなんて恥ずかしすぎるわ! 私がそんなものに興味あるわけないでしょう!」
恥ずかしさのあまり早口でまくし立て、何度も力強く首を横に振るセレネの姿は、普段の凛とした強気な女性の印象とは裏腹に、驚くほど可愛らしかった。
そのあまりに分かりやすいリアクションを見て、テラは声を上げて楽しそうに微笑み、シンもまた思わず柔らかい笑みをこぼす。
「ふふ、セレネは相変わらず可愛い反応をしてくれますね」
「ちょっと、シンまでからかわないでよ!」
テラとシンが微笑ましそうに見つめ合う中、セレネは恥ずかしさをごまかすように、手元にあった冷えた果実水を一気に飲み干した。
賑やかな笑い声と温かな灯りに包まれた、穏やかな夜のひととき。
そうした街の喧騒とつかの間の平穏の中で数日の休養を終え、心身ともに万全となった二人は、水の都へと向かう旅立ちの日の朝を迎えるのだった。
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