46話
破壊と絶望の牙を剥く巨大な獅子が、静寂を切り裂く咆哮とともに狂奔した。
「ガァァァァッ!」
地響きを伴って突進してくる獅子のゴーレムに対し、セレネは一歩も引かず、その双眸に鋭い闘志を宿して杖を構えた。
「来なさい、化け物! 《アイシクル・ランス》!」
セレネが放った無数の氷の槍が、凄まじい冷気を纏いながら一直線にゴーレムの巨体へと突き刺さる。カキィンッ! と硬質な衝突音が響き渡り、ゴーレムの足元を凍てつかせるが、ゴーレムは強靭な四肢で氷を粉砕し、なおも猛然と距離を詰めてくる。
「くっ、タフね……! でも、そう簡単には通さないわ!」
セレネがさらに魔力を高めようとした瞬間、ゴーレムがその巨大な爪を振るい、周囲の瓦礫を凄まじい勢いで弾き飛ばした。飛来する無数の石の弾丸が、暴風雨のようにセレネへと襲い掛かる。
「危ないです! 《バリア・ウォール》!」
その軌道に割り込んだ侍女が、両手を前に突き出して展開した障壁で弾丸を受け止める。激しい衝撃に侍女の体がわずかに後ろへ押し戻されるが、必死の形相で耐え抜いた。
「ありがとうございます、助かったわ!」
「いえ、私もここで足を引っ張るわけにはいきませんから……!」
魔法の応酬が広場を埋め尽くし、爆風と砂塵が視界を狂わせる。激しい戦いの渦中、二人が防衛線を必死に守り抜いているその背後で、シンはただ一人、ひび割れた宝玉と向き合っていた。
(この構造……あの時、火山の神殿で見た法具と根本的な作りは同じだ。修復そのものは難しくない……!)
シンの脳裏に、かつてイグニスの火山で起きた出来事が鮮やかにフラッシュバックする。あの時も、目の前で壊れゆく神具を前に、自分の治癒魔法が物質の理を無理やり繋ぎ止める力を持つことに気づいた。
だが、問題はそこではない。あの時も、法具を直した直後に自分の全魔力を根こそぎ奪われ、意識を失って倒れこんだのだ。今回も同じだけの莫大な魔力を消費すれば、修復が終わった瞬間に身体の自由が利かなくなるのは明白だった。
(もし完全に動けなくなったら、セレネや侍女を危険に晒してしまうかもしれない。……だが、ここで僕が引けば、ヴェールダンの街も、あの人たちもすべてが砂塵に消える)
選択の余地など初めからなかった。シンは一縷の望みをそこに託し、覚悟を決めて宝玉に両手をかざした。
「頼む……持ってくれよ、僕の身体!」
シンが魔力を注ぎ込んだ瞬間、ズズズ……と、宝玉の内部からまるで底知れぬ吸血鬼のように、途方もない量の魔力が引き抜かれていく。全身の血が逆流するようなめまいと、頭蓋骨を内側から叩かれるような激しい倦怠感がシンの意識を容赦なく蝕んでいった。
視界が白く霞み、立っていることすらおぼつかないほどの拒絶反応が肉体を襲う。それでも、シンは歯をくいしばり、崩れかけた意識を無理やり引き戻した。
背後では、セレネが息を弾ませながら獅子の猛攻を防いでいる。
「はあっ……! 《ウインド・バリア》!」
「セレネ様、後ろから瓦礫が――っ!」
「大丈夫、見えているわ……っ!」
必死に戦うセレネの姿が、霞む視界の向こうで揺らめく。
(僕が……ここで倒れるわけにはいかない。あいつに、あんな顔はさせない……っ!)
シンはさらに魔力の出力を跳ね上げ、自らの生命力を削るようにして治癒魔法の光を宝玉の奥底まで叩き込んだ。
その瞬間、シンの両手から溢れ出した眩い緑の魔力が、ひび割れた宝玉を完全に包み込んだ。パキパキという細かい亀裂の修復音が広場に響き渡り、濁りきっていた暗い青色はみるみるうちに霧散していく。
次の瞬間、宝玉はかつての清冽で神々しい蒼の輝きを鮮烈に取り戻した。
「――今だ……っ!」
朦朧とする意識の限界の中で、シンは震える足で一歩を踏み出し、修復されたばかりの宝玉を中央の祭壇へと力強く置いた。
ゴウンッ――! と、広場の底から地を揺るがすような深い音が響き渡る。
これまでヴェールダンを脅かしていた凄まじい地鳴りと不気味な揺れが、その音を合図にするかのようにピタリと収まった。
「え……? 揺れが、止まった……?」
戦いながらその異変に気づいたセレネが、目を見開いて祭壇のほうを振り返る。
その中央で、暴威を振るっていたはずの獅子のゴーレムが、まるで砂の城が崩れるかのように、その巨体を自ら維持できなくなっていた。
「ガァ……オ……」
赤い光を灯していた眼窩の輝きがすっと消え失せ、獅子の姿は形を失い、ただの砂の山へと変わり果てて崩れ落ちていく。
広場に完全な静寂が戻った。
「やった……のか……?」
呟いた直後、限界を超えた魔力の反動と疲労が津波のようにシンの全身を襲い、膝から崩れ落ちるように、彼はその場に静かに倒れ込んだ。
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