45話
広間の中央には、かつて火山の大神殿で目にしたものと酷似した、古代の祭壇が重々しく鎮座している。その傍らに佇む影――黒いローブを纏った人物が、冷ややかな蒼い光を放つ水晶のような物体を手に取っていた。
「あ、それは……!」
侍女がその水晶を一目見るなり、驚いたような声を上げて駆け出す。シンとセレネは瞬時に警戒の色を強め、それぞれの武器を抜いてその後を追った。
「それは、テラ様から聞いていた大地の宝玉です! どうしてあなたがそれを……っ!」
侍女の切迫した問いかけに対し、黒ローブの人物は面倒くさそうに肩を竦め、ちらりと一行を一瞥した。
「あぁ、これか。何事かと思って見に来たら、まさか中身がすでに壊れていたとはな。これでは使い物にならない」
男は興味を失った瓦礫を捨てるかのように、その重要な宝玉を放り投げる。
「っ危ない……!」
侍女は反射的に両手でそれをキャッチしたが、手元に収まった水晶を見た瞬間、その顔色を血の気のないものへと変えた。水晶には蜘蛛の巣のような無数のひび割れが走り、本来の美しく澄んだ蒼色は見る影もなく、濁りきった暗い青色に変貌していた。
「あなた、一体何者なの?」
セレネが冷徹な視線を向けながら問い質すと、黒ローブの男はフッと微かに笑い、的はずれな呟きを漏らした。
「今代の風の巫女か……。ふん、若いのに大した魔力だ」
「今代の……? それっていったいどういう――」
セレネの言葉が最後まで紡がれることはなかった。その瞬間、足元から地表を揺るがすような凄まじい振動が轟いたからだ。
グラグラと石造りの床が大きく波打ち、天井から細かな砂塵がパラパラと降り注ぐ。動揺する3人を残し、黒ローブの男は冷たく言い放った。
「法具が力を失った今、この地に眠っていた遺物がいよいよ目覚めるだろう。あの街も、これで終わりだ」
男はそれ以上言葉を交わすこともなく、平然とした足取りで出口の扉へと歩き出す。シンとすれ違う瞬間、男はなぜかピタリと足を止め、シンの顔を凝視するように一瞬だけ動きを固くした。
「この力は……いや、まさにな」
独りごちるように低く呟くと、男は振り返ることもなく、暗がりの中へと歩み去っていった。
「待ちなさい!」
セレネがその背中を追おうと踏み出したが、シンがスッと腕を伸ばして彼女の肩を押さえた。
「追いかけるのは待ってください。今の発言から、あの男がこちらの味方でないことは確かですが……それよりも彼の言葉が引っかかります。」
法具がなければ、ヴェールダンが遺物によって更なる危機に晒される。男の残した言葉の意味を咀嚼しながら、シンは手元のひび割れた宝玉を見つめ、決意を固めた。
「僕が、この法具を直してみます」
「シン、まさか火山の時と同じように?でもそれってかなりシンに負担がかかるんじゃ―」
「でも、急がないとー」
セレネとシンがやり取りをしている最中に、ゴゴゴゴッ……! と、広間の一角の床が不自然に大きく盛り上がり、爆発的な砂煙とともに異形の巨体が姿を現した。
床の石材を砕いて這い出してきたのは、鋭い牙と屈強な体躯を持つ、巨大な獅子を模したゴーレムだった。その眼窩には、邪悪な魔力を宿した赤い光がギラギラと灯っている。
「――っ、来るぞ!」
シンが反射的に剣を抜き、法具を持ちながら前に出ようと一歩を踏み出した。しかし、その背中にセレネの強い声が投げかけられる。
「シンは法具の修復に集中して! この魔物は私が食い止めるわ!」
「私も、全力でサポートします!」
侍女もまた、恐怖を振り払うように杖を構えてセレネの横に並び立った。
一瞬の躊躇。だが、今ここで迷えば、街も、そして彼女たちも守れなくなってしまう。
「……わかりました。任せます!」
シンは即座に剣を収めると、祭壇まで一足飛びで戻り、宝玉を祭壇に置き、深く呼吸を整えた。前線でセレネの放つ氷魔法の冷気が激しい戦闘の始まりを告げる中、シンは両手を宝玉にかざし、その内部の壊れた魔力回路を繋ぎ直すために、自身の魔力を極限まで研ぎ澄ませて練り上げていく。
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