44話
砂嵐の脅威を回避するように迂回しながら、シンとセレネ、そして案内役の侍女は、ヴェールダンの北に位置するという古代の遺跡を目指していた。乾いた熱風が肌を刺すが、街の状況も一刻と危険に晒されているため歩みを止めるわけにはいかない。
「遺跡については、申し訳ありません。巫女様の側近として仕えてはおりますが、このような事態のため大まかな位置しか聞くことができず、遺跡内の水源の場所までは把握できておりません。元々巫女と一部の人以外立ち入りすら禁じられていた場所でして……」
侍女が申し訳なさそうに俯く。彼女の表情には、テラに対する深い忠義と、今の事態を何も変えられない無力感が見え隠れしていた。
「気にしないで、状況が状況だもの。今はとにかく、水源の場所までたどり着くことが先決だわ」
セレネが優しく声をかけると、シンは軽く頷いて続けた。
「そうですよ。一緒に同行していただけるだけでも力強いです。古い遺跡となれば、この地に伝わる伝承など侍女様の知識が必要になるかもしれません。その時はよろしくお願いします。」
二人の言葉に少しだけ安堵した様子を見せた侍女を連れ、一行は砂漠を北上する。途中魔物の姿もあったが、避けられる戦闘は極力避けて移動を続ける。しばらく移動をした後、やがて砂に半ば埋もれかけた巨大な石造りの門が見えてきた。かつては威厳を放っていたであろうその入口は、無残にもその中央部が粉砕され、内部が露わになっていた。
「そんな……! この扉は封印されていたはずです。どうしてこんなことに……!」
侍女が顔を真っ青にして後ずさる。普段は固く閉ざされているはずの場所が、外敵によって強引にこじ開けられたような跡。ただ事ではない。
「嫌な予感がするわね。シン、気をつけて」
「ええ。セレネもいつ敵が出ても大丈夫なようにしておいてください。」
シンたちは武器を抜き、薄暗い遺跡の中へと足を踏み入れた。内部はところどころの壁が崩れ、天井からは砂が降り注いでいる。そして、予想通りというべきか、その闇の中で青白く光る瞳がいくつも蠢いていた。
グオォォォッ……と、低い唸り声とともに現れたのは、かつてこの遺跡を守っていたであろう兵士たちのなれの果て――アンデッド兵だ。
「こいつらはアンデッド?」
「ええ、古い遺跡にはこういう魔物が出ると聞いていたけど…正直かなり気持ち悪いわね」
「アンデッド…それなら」
シンは自分の手を翳し、淡い光を掌に練り上げた。
「それはまさか回復魔法ですか?」
「ええ、アンデッド相手ならこれが効くかも!」
シンが展開した治癒魔法の光を、愛用の剣に纏わせる。光を宿した刃が空を斬ると、近寄ってきたアンデッドの腐肉が触れたそばから白い煙を上げて崩れ去った。死して生命活動を停止しているため、屍肉は治癒魔法を受けても再生されずむしろ崩れ去る。知能の低さもあり単調な動きしか取れず、自身の身体を省みることもできない。
だが、数は多い。切り伏せても、奥から次々と新たな個体が現れる。
「っ、キリがないわね! 《ウィンド・カッター》!」
セレネの放った風の刃が、狭い通路のアンデッドを一掃し先に進む。しかし、先へ進もうとすれば、行く手を阻むのは魔物だけではなかった。
「ッ!罠だ、伏せろ!」
シンの警告と同時に、通路の壁から無数の毒矢が放たれる。セレネが瞬時に展開した障壁で防ぐが、その先でも物理的な罠が待ち構えていた。さらに悪いことに、それらの罠のいくつかは、強引に破壊された跡があるのだ。
「あちこち壊されているわ。誰かが力ずくで突破したのね……」
「おかげで通路が崩落していて、迂回を強いられる。……面倒なことになりましたね」
倒したアンデッドの死骸を乗り越え、作動し続ける罠を解除しながらの強行軍。肉体的な疲労よりも、精神的な焦りがじわじわと体力を削っていく。シンたちは幾度となく交戦を繰り返し、ようやく遺跡の地下二階へと降り立った。
地下二階に降りた瞬間、空気が一変した。地上階の騒がしさが嘘のように消え失せ、張り詰めた静寂が空間を満たしている。
「……魔物の気配が消えたわ」
「ええ。ここまでは、まだ侵入されていないようですね」
だが、シンたちが目指していた最奥の扉。その封印されているはずの扉が、半開きになったまま放置されていた。
中から漏れ出す微かな気配。それは、自然に開いたものではない。
「侵入者は、もう中にいる……」
シンたちは互いに目配せをし、武器を構え直した。侍女を背後に庇いながら、ゆっくりとしかし確実にその扉の向こう側へと踏み出した。
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