43話
「……くっ、また視界が……!」
二人が砂漠の過酷な環境に足を踏み入れてから、はや二日が経過していた。ヴェールダンに近づくにつれ、大気は目に見えて濁っていく。本来見えるはずの街のシルエットは、今や巨大な砂の壁に遮られ、方角すらも定かではない。
セレネが杖を掲げ、淡い光を放つ風の結界を展開する。彼女の周囲数メートルだけは砂塵が入り込まない空間となっているが、その結界の外側はまさに地獄絵図だ。ゴーゴーと耳をつんざく風の咆哮と大量の砂が結界にぶつかる音が、少しずつ感覚を鈍らせる。
「シン、離れないで! 風の渦が強くなってるわ、このままだと……!」
「わかっています! セレネこそ、無理をしないでください。魔力が切れたら終わりですから」
僕たちは肩を並べ、少しずつ嵐の中を進む。しかし、砂漠の砂嵐はただ視界を奪うだけではない。太陽の位置すら見失わせ方向感覚を狂わせる。
「……ダメだ、方角がわからない。セレネ、一度この圏外へ退避しましょう。このまま闇雲に進むのは自殺行為です」
「でも! あと少しでヴェールダンに届くかもしれないのよ。テラたちが待っているかもしれないのに、ここで引き返すなんて……!」
セレネの歯噛みするような声が、風にかき消されそうになる。その瞳には、巫女としての使命感と、テラという仲間を案じる切実な想いが宿っていた。だが土地勘もなく、視界が悪い中で闇雲に進み倒れるわけにはいかない。
「戻りましょう。今の僕たちが万全の状態でなければ、結局はテラさんを助けることもできない。――っ?」
その時だった。風の合間、耳を澄ませなければ聞き逃してしまうほどの、か細い悲鳴が砂嵐の向こうから聞こえた気がした。
「……聞こえましたか?」
「ええ、人の声よ!」
二人は迷わず、声のした方向へと走った。砂に足を取られ、体力が削がれる。それでも、もし誰かが助けを求めていたら?そう思い走る。
そこには、砂に半ば埋もれるようにしてうずくまる、ローブを被った一団の姿があった。彼らの衣服は破れ、ところどころに赤い血が滲んでいる。
「これは…! すぐに手当てを!」
シンは駆け寄り、地面に膝をついた。一団は憔悴しきっており、意識も朦朧としている。シンは治癒魔法を使い一人ずつ手当てをする。細胞が活性化され、少しずつ傷が塞がっていく。
「……テラ様……オアシスの、遺跡へ……」
「しっかりしてください!」
一団の様子を見て、二人は確信した。このままここで救護を続けていては、僕たちまで遭難しかねない。
「セレネさん! 抱えられるだけ抱えて、一度砂嵐の圏外へ離脱します! 人命救助を最優先に!」
「……ええ、わかったわ! 撤退しましょう!」
セレネが即座に周囲に強風を発生させ、砂壁を押し広げる。シンたちは負傷者を背負い、死に物狂いで嵐の圏外へと駆け抜けた。
◇◇◇◇
幸運にも、嵐の境界線ギリギリの場所に古い廃墟が残されていた。砂に半分飲まれながらも、壁はまだしっかりとしている。
一団を安全な場所に横たえ、ようやく一息ついたとき、僕は問いかけた。
「成り行きで助けましたが……皆さんは一体?」
一団の中で、比較的体力の残っていた女性が、震える手でローブを脱いだ。
「……私は、土の巫女テラ様の侍女です。……そしてこちらは、テラ様の側近と護衛の冒険者……」
彼女はそう告げると、沈んだ表情でうつむく。
「なぜあの場所に?」というセレネの問いに対し、侍女は苦渋に満ちた表情で語り出した。
「一週間前、オアシスの水が急激に減り始めたのです。原因を探るため、テラ様のご指示で街を出たのですが……少し歩いたところで、突然、街全体を砂嵐が飲み込みました。私たちは巻き込まれ、方位を失い、魔物から逃げ惑ううちに力尽きて倒れていました……」
「テラは……テラは大丈夫なの!?」
セレネの悲痛な叫びに、侍女は小さく首を振った。
「テラ様は、街を守るために残っています。街には強固な結界がありますが……どれほど耐えられるか……」
沈黙が支配した。砂漠の都ヴェールダン。その命運をテラが握っている。
シンは廃墟の壁にもたれかかり、現状を整理した。
「現状の整理をしましょう。今のヴェールダンは砂嵐に閉ざされ、まともな突入は難しい。……侍女さん、皆さんが最初に向かおうとしていた場所は?」
「オアシスの水源と言われる、古い遺跡です。……私自身、詳しい場所は知りませんが」
セレネが、迷いのない瞳で僕を見た。
「遺跡へ行きましょう。水が供給されれば、状況は変わるかもしれない。……テラを助け出すためにできることをしないと」
その決断に、シンは深くうなずいた。
「そうですね。……では、巫女の側近と護衛の方は、一度宿場村へ戻って救援を要請してください。僕とセレネ、そして侍女さんで遺跡へ向かうのはどうでしょうか?」
「ええ」
「分かりました」
そして、側近と護衛の傷を癒して少し食料を分け、二人が宿場町に向かうのを見届けてから3人で遺跡に向かう。
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