40話
喧騒と熱気が心地よい活気へと変わったイグニスの街で、私たちはついつい時間が経つのも忘れて穏やかな数日間を過ごしていた。
「だから、これはどうしても受け取ってほしいのよ!」
神殿の一室で、レナとギルから突き出されたずっしりと重い革袋を見て、シンは思わず苦笑いを浮かべながら両手を横に振った。
「いや、僕たちはただやるべきことをやっただけですから、こんなにたくさんの謝礼金はさすがに受け取れませんよ」
「なに水臭いこと言ってるんですか、シンさん!レナ様から聞きましたよ。 あなたが命がけで法具を直し、強大な魔物を抑えてくれたからこそ、私たち商人は大儲けできたし、街も無事だったんです。これを受け取ってもらわないと、私たちが顔向けできません!」
ギルがにっこり笑いながらシンの胸元に革袋を押し付け、レナも腕を組んで力強くうなずく。
「そうよ、シン。遠慮しないでしっかり受け取りなさい。それに、これから砂漠のオアシス『ヴェールダン』までの長い旅路が控えているんだから、資金はいくらあっても困らないでしょ?」
二人の圧倒的な熱量に押され、シンは「……わかりました。ありがたく使わせてもらいます」と渋々ながらも納得し、十分すぎるほどの潤沢な資金を手に入れたのだった。
十分な資金を懐に収めたある日の昼下がり、シンとセレネの二人は賑やかなイグニスの市場へと繰り出していた。
「ねえシン、この武具屋の並び、なかなかに面白いものが揃っているわよ」
セレネが銀髪を揺らしながら、並んだ露店の数々に目を輝かせる。火山での激しい戦闘ですり減ったシンの防具や武具を新調するためだ。シンは以前の戦いでボロボロになった籠手や装備を新しいものに買い替え、さらに長旅を見据えて保存のきく上質な食材や、旅の道中で役立つ消耗品を次々と買い揃えていく。セレネもまた、魔道具の露店で自身の魔法を補助する興味深い素材や、新しい術式の触媒になりそうな小物をいくつか楽しそうに選んで購入していた。
買い物を終えたあと、シンは一人で街の訓練場へと足を向けていた。そこで待っていたのは、かつてはシンに対して不信感を抱いていたあの護衛騎士だった。
「おや、シン殿。今日はどうされたのですか」
「あの……以前の戦いを見ていて思ったんです。自分は今まで自分の戦い方しかしていなくて、護衛としての立ち回りが全然できていなかった。だから、あなたに教えてほしいんです。護衛対象を背中に守りながら戦うための立ち回りや、様々な武器の効率的な扱い方を……実戦形式で」
シンの真剣な申し出に、護衛騎士は最初こそ戸惑ったように複雑な表情を浮かべた。あの激闘の最中、シンが見せた圧倒的な治癒魔法や、身を挺してレナを守り抜いた姿を思い出しているのだろう。やがて、騎士は深く息をつくと、引き締まった笑みを浮かべた。
「……ふっ、いいでしょう。命を救われた恩もありますし、何よりその真摯な姿勢は嫌いじゃない。手加減はしませんよ、シン殿!」
その日から、炎天下の訓練場で厳しい指導が始まった。敵の攻撃を盾でいなし、護衛対象の死角を完全にカバーするための足さばき、そして重い槌の遠心力を殺さずに次の一撃へつなげる技術。騎士の容赦ない実戦形式の指導に、シンは何度も地面に転がりながらも、その技術を貪欲に吸収していこうと必死に食らいついていった。
さらに、シンは自らの根幹である治癒魔法のさらなる応用と高みを目指し、レナにも直接教えを乞うていた。
「私の魔法はね、火の温度や対象範囲の調整、そして魔力濃度の細かな微調整に特化しているの。ただ大きく撃つだけじゃなくて、どこにどれだけの魔力を集中させるかが肝心なのよ」
レナが実演しながら見せる緻密な魔力操作の理屈を、シンは自身の治癒魔法に応用できないかと、夜を徹して試行錯誤を繰り返した。
数日間の地道な特訓の成果は、驚くべき形で実を結んだ。
まず、魔力濃度を極限まで高めることで、瞬間的な回復能力を飛躍的に跳ね上げることに成功した。さらに、あの戦闘で見せた「治癒魔法の魔力を球状にまとめて遠くの味方に投げる」という我流の技術を洗練させ、ボール状の魔力が長時間その場で対象を継続回復し続ける持続時間を大幅に延ばすことに成功したのだ。
それだけにとどまらなかった。今度は逆に魔力濃度を極限まで薄め、広範囲に薄く広く魔力を散布するという離れ業も習得してみせた。これによって、広範囲の仲間を同時に微小回復させるだけでなく、散布した魔力に触れた動植物や魔物の微細な動きや気配を、自分の感覚として正確に察知するという索敵の応用方法まで会得してしまったのである。
一連の特訓の成果を試すシンの姿を目の当たりにしたセレネは、信じられないものを見るような目で、思わず言葉を失っていた。
「ちょっと待って……え? どういうことなの、それ? 普通、治癒魔法ってここまで変幻自在に使えるものじゃないでしょう……? 魔法の常識がめちゃくちゃだわ、本当に信じられない……」
セレネが若干呆れを含んだ、しかしどこかあきれ返ったような感心の声を漏らすのを聞きながら、シンは少し照れくさそうに頭をかいた。
「いえ、レナさんの魔力調整の教えのおかげですよ。おかげで、次の旅でもみんなの力になれそうです」
こうして万全の準備を整え、新たな技術を手に入れたシンとセレネは、数日間の充実したイグニスでの滞在を終える。
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