39話
白亜の天井を染める柔らかな朝の光の中で、シンは長い眠りからゆっくりと意識を浮上させていた。
「……あれ、ここは……?」
シンがかすれた声を漏らしながら上半身を起こすと、枕元で仮眠をとっていたのか、椅子に座ったままうつむいていたセレネが、その微動にすぐ気づいて顔を上げた。
「シン! 気づいたのね、よかった……!」
セレネの瞳には安堵の色が鮮やかに浮かんでおり、ホッと胸を撫で下ろしている。シンは頭にわずかな鈍痛を感じつつ、自分の両手を見つめ、それから周囲の景色を確認した。ここはイグニスの神殿の医務室だということがようやく理解できる。
「すみません、セレネ……。僕、どうしてベッドにいるんですか? 確か、大神殿で法具をじっと見つめていたところまでは覚えているんですが……そのあとの記憶がすっぽり抜けていて……」
シンが申し訳なさそうに眉を下げて尋ねると、セレネは優しく首を横に振った。
「無理もないわよ。あなた、法具の亀裂に手をかざして一瞬で直しちゃったんだから。その直後に糸が切れたみたいにバッタリ倒れちゃって、私たちがどれだけ驚いたか……」
セレネから語られる予想外のてんまつに、シンは目を丸くした。
「僕が……法具を直したんですか? まったく記憶にないですね……。すみません、みなさんに大変なご迷惑とご心配をおかけしました」
シンが深々と頭を下げて謝罪すると、セレネはふっと柔らかく微笑み、どこか誇らしげなトーンで言い返した。
「謝ることなんてないわ。むしろ、あなたのおかげで火山も街も完全に救われたんだから。胸を張りなさいよ、シン」
その言葉にシンが少し照れくさそうにはにかんだ、まさにそのタイミングだった。ガチャリと医務室の重い扉が勢いよく開き、レナと白い髭を蓄えた厳格な老神官、そして人当たりの良い笑みを浮かべた商人のギルの三人が一緒に部屋に入ってきた。
「あっ、シン! 目が覚めたのね!」
先頭を切って歩いてきたレナは、シンの顔を見るなりパッと表情を明るくさせ、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「シン、本当にありがとう! あなたのおかげで、あの壊れかけていた法具が完全に元通りになって、火山の活動もすっかり落ち着いたわ。改めて本当に助かったわ!」
レナのまっすぐな感謝の言葉に、老神官も深くうなずきながら帽子を脱いで頭を下げた。
「あのとき、私たちの無謀を止めて見事に事態を収めてくださったこと、神官団を代表して厚く御礼申し上げます。あなたこそ、この街の真の恩人ですぞ」
老神官の堅い謝辞のあとを継ぐように、ギルが穏やかな笑みを浮かべながら話しかけた。
「いやあ、シンさんには本当に驚かされました! おかげで、この防衛戦と陽動作戦で討伐した大量の魔物の素材をギルド経由で卸してもらえて、私たち商人も大儲けすることができそうです! いやはや、あの時声をかけて護衛依頼をお願いして本当に良かったです。」
そう言って、シンに1つの薬瓶を渡す。
「それは失われた魔力の回復を助ける薬です。良かったらぜひ受け取ってください。それと、また何か一儲けできるような面白い話があったら、いつでも私に声をかけてください! ぜひ協力させていただきます。」
次々に寄せられる感謝と賛辞の言葉に、シンは少し気恥ずかしそうに頬をポリポリとかきながら、二人の女性の方へと視線を戻した。
「みなさんにそこまで言っていただけると、無理をした甲斐があったというものです。……それで、セレネ。外の街の様子はどうなんですか? あのあと、異常な振動とかは……」
シンの真剣な問いかけに、セレネは椅子から立ち上がり、窓の外の穏やかな青空を指し示した。
「安心していいわよ。あれから地響きも一切起きていないし、魔物の異常出現もすっかりピタリと止まったわ。街の危険度は劇的に下がって、今はすっかり平穏を取り戻しているわよ」
その報告を聞いて、シンは心底安心したように長く息を吐き出し、ベッドの背もたれに体を預けた。
「そうですか……それを聞いて安心しました。本当に、何事もなくてよかった」
シンの肩の荷が下りたような様子を見て、セレネは優しく微笑みながら、これからの予定を切り出した。
「本当にお疲れ様、シン。しばらくはゆっくり体を休めて、そして体力が完全に戻ったら……次の場所へ出発しましょう」
「次の場所、ですか?」
シンの問いかけに、セレネはうなずき、窓の向こうの遠い東方を思い描くように静かな声で告げた。
「ええ。次は……土の巫女の住まう、砂漠の巨大オアシス『ヴェールダン』よ」
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