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38話

神殿の床が溶岩の熱で軋みを上げる中、シンはただ無言でレナが抱える法具を見つめていた。

張り詰めた空気の中、シンは自分の手のひらを見つめ、何かに導かれるようにレナの前へと歩み寄った。その瞳には、どこか遠くを見つめるような、しかし確かな意志を秘めた光が宿っている。


「……シン?」


レナが困惑した声を上げる間も、シンは法具にそっと右手をかざした。次の瞬間、彼の手のひらから溢れ出したのは、純白に輝く――それでいて、この場の狂気を鎮めるかのような穏やかな治癒の光だった。

光は法具を包み込むと、まるで傷ついた生き物を慈しむかのように、蜘蛛の巣状に広がっていた亀裂をゆっくりと癒していった。パキ、パキ、と心地よい音が鳴り、ひび割れが魔法のように消え去っていく。数秒後、法具はかつての神聖な輝きを取り戻し、傷一つない完璧な状態へと戻っていた。


「うそ……嘘でしょ? あれほど魔力を流してもダメだった法具が、一瞬で……?」


レナが呆然と声を漏らす。同時に、先ほどまで神殿を揺るがしていた異常な熱風が嘘のように凪いでいき、大気中に満ちていた邪悪な魔力も霧散した。


「おい、外を見ろ! 噴煙が……噴煙が弱まっているぞ!」


騎士の一人が駆け込み、興奮気味に報告する。それを聞いたレナは我に返り、「とにかく法具を元の場所へ!」と叫ぶと、祭壇の奥の部屋へと全速力で駆け込んだ。

セレネは、今の光景に圧倒されながらも、隣で立ち尽くすシンに目を向けた。


「すごいわね、シン! まさか法具まで治せるなんて、私、本当にびっくりしたわ! ……シン?」


セレネが声をかけ、シンの顔を覗き込んだその瞬間だった。シンの瞳から焦点が消え、糸が切れた人形のように、その体は床へと崩れ落ちた。


「シンッ!?」

「おい!大丈夫か?」


セレネが悲鳴にも似た声を上げる。近くにいた騎士も思わず駆け寄る。奥から戻ってきたレナも駆けつけ、シンの顔色を確認する。青ざめたまま動かないシンを見て、レナは騎士の一人に厳しい表情で指示を飛ばした。


「すぐにシンを背負って! 一刻も早くここを脱出するわよ!」


大神殿を飛び出し、下山を開始する一行。途中、流れてきた溶岩が道を塞いでいたが、セレネが迷わず杖を振るい、風と氷の魔法で強引に冷やし、道を切り開いた。法具が修復された影響か、溶岩の勢いは次第にゆっくりになっていき、空を覆っていた火山灰もほとんど降り止んでいる。

魔物の出現もなく、一同は驚くほどスムーズに山を下りきった。

麓まで戻ると、一行はそのままイグニスの神殿へと急行する。シンを無事に寝台へと横たえ、ようやく事態が収束したことを確認すると、レナは護衛騎士を引き連れ、街の防衛指揮を執っている冒険者たちの元へと向かった。

静かになった部屋で、セレネはシンの寝顔を見つめていた。


「急に倒れたのは魔力が枯渇したから?法具を直すなんて前代未聞よ…本当に、無茶ばかりするんだから……」


彼女はシンの傍らに椅子を引き寄せ、小さくため息をつくと、彼の額に落ちた髪を丁寧に払いのけた。シンの腕を伝って流れた魔力の余韻が、今も微かに残っている。セレネは、ただ彼が目を覚ますのを待ちながら、静かに神殿の夜を見守り続けた。

読んでいただきありがとうございます!

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