37話
巨大な魔獣の消滅と同時に神殿を支配していた重圧が消え失せ、一同はどっとその場に崩れ落ちるほどの安堵を覚えた。
「やった……倒したのね」
レナが肩で息をしながら、隣に立つセレネと顔を見合わせて小さく微笑む。騎士たちも武器を収め、激しい疲労の中にようやく訪れた静寂を噛み締めていた。
「僕は負傷した人たちの手当てをしておきます。二人とも、法具をお願いできますか?」
シンはそう言うと、すぐさま負傷した騎士や侍女たちに向け、手際よく治癒魔法を施し始めた。柔らかな光が一人ひとりを包み込み、深刻な傷を癒していく様子を横目に、レナとセレネはうなずき合って法具のある秘密の部屋へと足を向ける。
しかし、二人がその重厚な扉を開けた瞬間、先ほどまでの戦闘とは比較にならないほどの激しい熱風が顔を叩いた。
「っ……! なにこれ、この熱気!」
レナが思わず顔をしかめ、袖で口元を覆う。部屋を満たすのは、肌を焦がすような高純度の魔力の奔流だった。二人は眩暈を覚えながらも、中央に鎮座する法具へと近づく。
「……法具に亀裂が入っているわ。ここから異常なほどの魔力が漏れ出しているのね」
セレネが指し示した法具の表面には、複雑な蜘蛛の巣状のヒビが入っていた。そこから噴き出す魔力が火山の活動を刺激し、異常な噴火や魔物の活性を引き起こしていたのだ。
「直さなきゃ……!」
レナは焦燥感に駆られ、自身の火の魔力を法具に流し込んだ。しかし、法具は拒絶するように輝きを放ち、魔力を受け付けない。
「だめ……修復できないわ。どうして?」
二人が顔を見合わせ、途方に暮れていたその時、扉が勢いよく開かれ、シンが駆け込んできた。
「レナさん、セレネ! 外の状況がひどいです。山頂からの噴煙が激しさを増し、火山灰が降り始めました。このままでは神殿や山道が埋もれるのも時間の問題です」
「シン、見て。原因はこれよ」
セレネが法具の亀裂を見せると、シンは一瞬眉をひそめたが、すぐに真剣な表情で答えた。
「……なるほど。なら、他のみんなにも事態を話し、解決策を考えるべきではないでしょうか? 急いでいる時こそ、大勢で知恵を出し合ったほうがいい案が浮かぶこともあります」
その言葉にレナは大きくうなずき、二人は法具を慎重に抱えて大広間へと戻った。待機していた騎士や侍女たちを前に事情を説明すると、広間は一瞬にして重苦しい沈黙に包まれた。誰もが状況を呑み込んではいたが、精霊の法具を前にして、誰も打開策を見出せずにいた。
その時だった。神殿の石造りの床が激しく突き上げられるような、ひときわ大きな振動が一行を襲った。広間が軋みを上げ、天井から石片が剥がれ落ちる。数名の侍女が悲鳴をあげる。
「なんだ!?」
騎士の一人が慌てて外の様子を確認しに行き、顔を真っ青にして駆け戻ってきた。
「大変です! 山頂から溶岩が流れてきています! このままだとここも数分で飲み込まれます!」
その報告を聞いた瞬間、広間は阿鼻叫喚の空気に包まれた。すぐに逃げなければ全員死ぬ。しかし、この法具を放置すれば、火山は荒れ狂い、ふもとの街までもが壊滅するだろう。逃げ道なき窮地で、レナは覚悟を決めたように騎士や侍女たちを見渡し、凛とした声で告げた。
「みんなは、今すぐここから逃げて。一刻も早く、ふもとまで下りるのよ」
「なっ……何を仰るのですか、レナ様!」
即座に騎士たちから猛烈な反対の声が上がる。だが、レナは首を横に振った。
「これは火の巫女である私の責任。法具を直せないまま街を滅ぼすわけにはいかないの。ここで最後まで足掻いてみる。だから、お願い、みんなだけでも無事に帰って!」
彼女の瞳には、一切の迷いがない決意が宿っていた。セレネは唇を噛み締め、何かを言おうとして口を開きかけたが、レナの鬼気迫る表情を見て何も言えず、ただ黙り込むことしかできなかった。神殿を飲み込まんとする熱き溶岩の奔流が、すぐそこまで迫っていた。
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