34話
第34話
聖域であるはずの大神殿に足を踏み入れた瞬間、肌を刺すような濃密な殺気と、獣特有の生臭い熱気が一行の呼吸を奪った。
崩れかけた大広間の中心に君臨していたのは、漆黒の毛並みを纏い、全身から禍々しい闘気を発散させる巨大な獣型の魔物だった。その周囲を囲むように、無数の取り巻きの魔物たちが低い唸り声を上げながら、赤い瞳をぎらつかせて待ち構えている。
「あいつが、奥の部屋を守る主ってわけね……厄介な位置取りだわ」
レナが険しい表情で呟き、手にした杖の柄を強く握りしめる。巨大な魔獣は、まるで絶対不可侵の結界の番人のようにその場から微動だにせず、ただ冷徹に侵入者を見据えていた。
「これじゃあ、私たちだけで法具のある奥の部屋へ抜けるのは無理ね。まずはあの群れをどうにかして、隙を作るしかないわ」
セレネが杖を構えながら冷静に分析すると、護衛の騎士たちも一斉に武器を抜いて臨戦態勢に入る。
「分かりました、我々が足止めをします。レナ様とセレネ様は後ろから魔法で援護をお願いします。」
「任せて! 」
「分かったわ、シンは取り巻きの動きを警戒!全体を見て治癒を優先して!」
「分かりました!」
短い指示の後、護衛騎士たちが一斉に踏み込み、鋭い剣閃で前方に展開する魔物たちを次々と切り伏せてながら背後では、侍女たちが素早く詠唱を紡ぎ、騎士たちの足取りを軽くする補助魔法や、防御を高める光の膜を次々と展開していった。
シンは周囲を駆け、敵の奇襲を妨害するように巨大な槌を振り下ろし叩き潰す。
「『凍てつく風よ、敵の足を縛れ!』」
セレネが流麗な動作で杖を振るうと、冷気の奔流が取り巻きの群れを襲い、その動きを鋭く鈍らせる。その隙を逃さず、レナが放った高火力の炎の矢が群れの陣形を完全に崩壊させた。
そこにタイミングを合わせたかのように騎士たちが踏み込み、それぞれの獲物で一気に手負いの魔物にとどめを刺す。
シンは側面や背後からの奇襲に備え巫女や侍女たちの周囲に目を光らせる。
しかし、自分の配下が次々と倒されていく光景を目の当たりにしても、中心に陣取る巨大な魔獣は慌てる様子を見せなかった。むしろ、邪魔な手駒が片付いたとでも言うように、低く地響きのような咆哮を上げ、自ら巨体を動かして前へと踏み出してきたのである。
「っ、主が動き出したわ! みんな、陣形を崩さないで!」
レナが叫ぶと同時に、巨大な魔獣が凄まじい速度で地面を蹴った。その巨体からは信じられないほどの敏捷性で、鋭く研ぎ澄まされた長い爪を振り下ろす。
「ぐっ……!」
前線を支えていた護衛騎士のひとりが、魔獣の強烈な爪撃を何とか盾で受け止めたものの、その圧倒的な質量と衝撃に耐え切れず、大きく弾き飛ばされて床に叩きつけられた。鎧の隙間から鮮血が飛び散り、騎士は動かなくなる。
さらに魔獣の口元が赤黒く光り、高熱の炎のブレスが広場全体を焼き尽くすように吐き出された。熱風が吹き荒れ、別の騎士も深手を負ってその場に崩れ落ちる。
「くそ、一気に戦線が崩れた……!」
前線の崩壊を見たシンは、側面から奇襲してきた魔物に槌を打ち付け絶命させ、即座に魔力を練り上げた。詠唱の暇すらない極限の状況の中、シンは球状に凝縮した膨大な治癒の魔力を走りながら前線へと力強く投げつけた。
「頼む、間に合ってくれ……!」
シンが放った光の球は、負傷した騎士たちの元へと正確に転がり込み、次の瞬間、眩い光を放って弾けた。
「なっ……これは……?」
深い傷を負い、意識が遠のきかけていた騎士たちは、全身を包み込む温かな光の波動に驚愕の声を上げた。先ほどまで激痛を訴えていた傷口が、驚異的なスピードでみるみるうちに塞がり、疲労感が取れ気力が一瞬にして身体の底から湧き上がってくる。
「傷が……嘘のように消えていく……?」
「これほどの回復魔法を、あんな離れた距離から、しかも一瞬で……!」
騎士たちは己の体が十分に回復したことに目を見張り、信じられないものを見るような目で遠くにいるシンを見た。
「敵の攻撃が来ます!戦線の維持を!」
シンの力強い声にハッと我に返った騎士たちは、再び武器をしっかりと握り締め、力強く立ち上がった。彼らの瞳には、先ほどまでの不信感や戸惑いは完全に消え失せ、代わりに絶対的な信頼と闘志が宿っていた。
「セレネ、一気に畳み掛けるわよ!」
「ええ、分かっているわ! この一撃にありったけの魔力を込める!」
レナとセレネが息を合わせ、さらなる強大な魔法の詠唱を開始する。
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