33話
火山の中腹に近づくにつれ、空気は毒気を帯びたように重く、硫黄の臭いが鼻をつくほどに強まっていた。
「くっ、またか!」
ガギィンという激しい衝撃音が響き、シンは鋭い爪を振り上げた巨大な魔物の腕を、槌で強引に弾き飛ばした。だが、続く攻撃を完全に防ぐことはできず、シンの腕には深い切り傷が刻まれ、護衛の騎士たちも鎧の隙間から鮮血を流している。
休む間もなく続く連戦に、一行の疲労はピークに達していた。立ち止まり、荒い息を吐く騎士たちの横で、シンは無言で自身の腕に手をかざす。すると、柔らかな光が溢れ出し、見る間に傷口を塞いでしまった。
「えっ……嘘でしょ?」
その様子を見ていたレナが、思わずといった表情でセレネの袖を掴んだ。
「セレネ、今の……シンの魔法って、もしかして……」
セレネは困ったような、それでもどこか誇らしげな微笑を浮かべてうなずいた。
「ええ、その通り。治癒魔法よ。それも、かなり特殊なね」
「特殊なんてレベルじゃないでしょ! あっという間に傷が消えて、しかも詠唱すらしていないじゃない。何回も使っているのに、息一つ乱れていないなんて……」
レナの目には、シンがただの護衛ではなく、常識を遥かに超越した存在として映っていた。そんなレナの取り乱しようを見て、セレネは小さく肩をすくめた。
「教会の聖女が見たら、卒倒するような光景でしょうね。私だって、初めて見たときは同じように驚いたわ」
「ちょっと、どこでこんなとんでもない人を見つけたのよ、セレネ! どこの名門から引き抜いてきたの?」
レナの勢いのある問いかけに、セレネは少しだけ視線を逸らし、シンの背中を見つめながら答えた。
「見つけたというか……拾ったというか…。成り行きみたいなものよ」
二人がそんな軽口を叩いている間も、シンは黙々と騎士たちの傷も癒していく。護衛の騎士たちは、その圧倒的な治癒能力を目の当たりにして呆然とするしかなかった。畏敬の念すら混じったその視線を受け流しながら、シンは短く告げる。
「よし、全員の治癒はできました。先を急ぎましょう。時間に余裕もありませんし…」
一行は再び警戒を強め、険しい岩場を駆け抜けた。そして、ついに彼らは目的地である大神殿へと辿り着いた。しかし、その光景は、彼らがかつて知る神聖な場所とは程遠いものだった。
「……信じられない。神聖な大神殿が、完全に魔物の巣窟と化しているなんて」
レナの悲痛な呟きが一行の間に響く。神殿の入り口付近には、徘徊する魔物が群れを成しており、中に入ることすらままならない状況だ。一行は神殿から少し離れた岩陰に隠れ、緊急の作戦会議を開くことにした。
「街の防衛が始まってからの時間と、火口から立ち昇るあの噴煙……時間がなさそうですね」
シンが深刻な表情で切り出すと、レナもうなずいて現状を整理した。
「ええ。大神殿の構造からして、大広間には一般祭事用の大きな祭壇があるわ。そこを通らないと奥には行けない。左右には休憩室や調理室、神官たちの居住区があるけれど、今はどこから敵が飛び出してきてもおかしくないわね」
レナの言葉にセレネが付け加える。
「問題は、事前に聞いていた祭壇の奥にある秘密の部屋よね。炎の精霊の分霊が収められている法具がある場所へ行くには、必ずあの祭壇を通らなければならないわ」
「そして、その祭壇の前には、一際巨大な魔物が陣取っていますね」
シンは大神殿の構造を脳内でイメージしながら会話に参加する。あの巨体の魔物を退けなければ、法具には到達できない。
「正面突破しかないわね。みんな協力してもらえる?」
レナの視線が全員に向けられる。シンは槌を強く握り直し、セレネは力強くうなずく。護衛の騎士たちも「任せてください」と拳で自分の胸を叩く。
「僕は正面から相手を引き付けます。二人はその間に祭壇へ。……準備はいいですか?」
シンがそう尋ねると、セレネはしっかりと頷き、レナもまた決意を込めた眼差しで杖を握りしめた。極限の緊張感の中、一行はついに大神殿へと足を踏み入れる覚悟を決めた。
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