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31話

熱を帯びた神殿の広場に、緊迫した空気が音を立てて渦巻いていた。


再開を喜ぶのもつかの間、セレネは先ほどまで激しく言い合っていた赤い髪の巫女――レナに向かって、真剣なまなざしを向けながら尋ねた。


「レナ、さっきから気になっていたんだけど……あなたたち、いったい何をあんなに激しく言い合っていたのよ?」


セレネの問いかけに、レナはフンと力強く鼻を鳴らし、腕を組んだままやれやれと言った様子で大きく息をついた。


「聞いてよセレネ。今ね、この街の近くにある火山が、魔物の大量出没と一緒に不自然なほど活発になっているのよ。だから私、一刻も早く火山の中腹にある大神殿に行って、火の精霊に直接助力を乞うべきだって主張してたわけ。なのに、この堅物のおじい様は……」


レナがちらりと視線を向けた先で、白い髭を蓄えた厳格な老神官が、やれやれと首を大きく横に振っていた。


「レナ様、お言葉ですが、火山へ向かう道中があまりにも険しすぎるのです。おまけに今は魔物の数も尋常ではありません。そんな危険な状態のなか、神殿の最高責任者であるあなたが迂闊に登るなど、私としては絶対に認められません!」


老神官の言葉には、神官としての安全配慮や現実的な危機感が色濃く滲み出ていた。しかし、そのやり取りを静かに聞いていたシンとセレネは、お互いに顔を見合わせてから、揃って小さくうなずいた。


「僕も、神官様の意見にはおおむね同意です。無謀に飛び込むのは、さすがにリスクが高すぎます。」


シンが落ち着いたトーンでそう述べると、セレネもすかさず言葉を継いだ。


「そうね。シンの言う通り、無策で突っ込むのは危険だわ。でも、だからといってこのまま現状維持を続けても、じわじわと追い詰められていつかは手詰まりになるのは目に見えているわ。少しでもできることがあるなら、やっておいたほうが絶対にいいわよ」


二人の現実的かつ前向きな意見を聞き、レナはわずかに目を丸くしてから、興味深そうに身を乗り出した。


「ふうん、二人ともただ反対するわけじゃないんだ。じゃあ何か具体的な方法でもあるわけ? 聞かせてよ」


レナの問いかけに、セレネは言葉を選びながら提案を口にした。


「例えば…街の冒険者を雇うのはどうかしら?彼らに依頼を出して街の防衛を引き受けてもらうのと同時に、魔物の陽動をしてもらうのよ。幸い、冒険者たちなら戦うことにかけてはプロだし、倒した魔物の素材などは討伐した人がそのまま所有、ギルドで買取ができるようにすれば、モチベーションも十分に上がるはずだわ」


セレネの鮮やかな手際と現実的な作戦に、老神官は驚いたように眉をひそめたが、すぐに現実的な問題点を指摘した。


「それは確かに一つの手ですが……冒険者を大量に雇うとなれば、莫大な資金が必要になりますぞ。それに、今の街の財政でそこまでの余裕があるかどうか……能力や人員の確保も含めて、現実的とは思えませんがな」


金銭面と能力面の懸念を示す老神官に対し、今度はシンが静かに手を挙げて一歩前に出た。


「そこは、街の商人たちに直接事情を話して、一時的に融資をしてもらうように交渉してみませんか?もちろん、ただでお金を借りるわけにはいきませんから、討伐された魔物の素材を優先的に融通するといった条件を出せば、商人たちにとっても悪くない話のはずです。借りた費用は今後一定期間、街で商いをする際に減税を行い、少しずつ相殺をしていけば街の経済が一時的に不安定になるかもしれませんが、それ以上に商いが活発になれば経済効果も期待できるかもしれませんよ。」


その他シンの現実的な提案に、老神官はしばらく絶句したあと、深く感心したように息を漏らした。


「ほほう……ただの付き添いだと思っていたが、なかなかに頭が回るようですな。その条件ならば、商人たちも動くかもしれませんぞ」


議論が急速にまとまりを見せる中、レナは足元から伝わってくるかすかな地響きを感じ取り、真剣な表情を引き締めた。


「そうね、悠長に構えている時間なんてないわ。日に日に地響きも大きくなっているし、魔物の活性化も進んでいるんだから。早急に取り掛かるべきだわ! さっそく動き出しましょう!」


レナの力強い一言で方針が完全に決まると、一同はそれぞれの役割に向けて動き出した。


昼下がり、レナとセレネの二人は並んで街の冒険者ギルドへと足を運び、カウンターの受付に向かって直接掛け合った。


「急ぎの相談なんだけど、街の危機を救うための緊急依頼として、ギルド総出で協力を頼みたいのよ」


レナが勝ち気な笑みを浮かべてそう切り出し、隣でセレネが依頼の詳細な条件を付け加える。冒険者ギルドの受付職員は、突然の巫女二人からの頼みに驚きつつも、提示された条件と切迫した状況を察知し、すぐにギルドマスターへの取次ぎと冒険者たちへの通達を手配した。

一方で、シンと老神官は、街の中心部にある大通りへと向かい、有力な商人たちを次々と訪ね歩いていた。


「突然のお願いで恐縮ですが、火山の大神殿へ向かうための街の防衛資金として、一時的な融資をお願いできないでしょうか。もちろん、対価として今後の魔物素材の優先的な融通はお約束します」


シンが丁寧かつ真摯な態度で頭を下げると、最初、頑固そうな大商人の男性は胡散臭そうに門前払いをしようとしたが、


「あれ?シンさんじゃないですか?」

「ギル?お前、この男を知っているのか?」

「ええ、ここに来るときに護衛をお願いしたのです。シンさん、どうされたんですか?」

「えぇ、実は…」


話を聞いたギルは少し考え、大商人に向き直り話をする。


「親方、シンさんのお願いを聞いてはもらえないでしょうか?シンさんには恩がありまして。」

「…お前がそこまで言うのは珍しいな。よほど信頼できる人なんだな?」


腕を組んでしばらく考え込んだが、シンの誠実な眼差しと隣に控える老神官のうなずきを見て、フッと小さく笑った。


「そこまで言うなら、お前さんの顔を立てて一肌脱いでやろうじゃないか。ただし、約束の素材はきっちり回してもらうからな」

「ありがとうございます親方殿。ギルさん、お口添えありがとうございました。」


商人のギルが笑いながらシンの肩を叩く。彼は先ほど別れたばかりだったが、シンの誠実さを保証してその後も商人仲間をまとめてくれた。こうして、商人たちからの融資の取り付けと魔物素材の融通に関する交渉は、見事にスムーズへと着地したのだった。

そして、すべてが整ったその日の夜。シンとセレネ、そしてレナの三人は、火山の大神殿へ向かうための具体的な作戦計画を詰めるため、静かな部屋に集まっていた。


「計画はこうよ。2日後の朝、冒険者たちに火山のふもとで大規模な陽動を仕掛けてもらうわ。魔物たちを十分に城壁まで引き付けてから一斉に迎撃する。その隙を突いて、私たち3人と、レナの護衛や数名の侍女を引き連れて、一気に火山の大神殿まで移動するのよ」


レナが地図を指し示しながらハキハキと説明すると、シンはうなずき、横に座るセレネに目を向けた。


「決断してから計画を立てて、準備を整えるまでのスピードがとても速いですね……レナ様の行動力が凄まじいです」


シンの言葉に、セレネは少し呆れたような、しかしどこか誇らしげな複雑な表情を浮かべながら、ふふっと小さく笑った。


「本当にね。ここまで話がトントン拍子に進むとは思っていなかったわよ。レナのその圧倒的な行動力には、時々こっちが驚くくらいだもの」


セレネの言葉を聞いたレナは、得意げに胸を張りながら笑った。


「なによ、褒められても何も出ないわよ? でも、のんびり屋のセレネがここまでテキパキ動くようになったのは、隣にいるそのシンのおかげなんじゃないの?」


レナの茶化すような言葉に、セレネはわずかに頬を赤らめ、すかさずツッコミを入れた。


「ちょっとレナ、変なこと言わないでよ! 私だってやるときはやるんだから!」


二人の微笑ましいやり取りを間近で見ながら、シンは普段神殿で見る厳かな巫女の姿とはまた違う、レナの活発で賑やかな様子をしみじみと眺めていた。


「いや、本当に……巫女と言っても、人によってこうも雰囲気が違うものなんですね。」


シンの素直な感想に、レナは面白そうに目を細め、セレネは軽くため息をつきながらも嬉しそうな笑みを零すのだった。外では遠くから魔物の咆哮がかすかに響いていたが、部屋の中には確かな連帯感と、明日へ向かうための温かな空気がしっかりと満ちていた。

読んでいただきありがとうございます!

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