30話
シンとセレネは、ついに目的地である火山都市イグニスへと足を踏み入れていた。旅の道中で護衛の依頼をこなし、依頼人であるギルから無事に護衛の報酬を受け取った二人は、また再開を誓ってギルと別れたのだった。
「ふう、何はともあれ、まずは火の巫女さんを探さないとですね」
街の雑踏に目を向けながら、シンは軽く肩を回して呟く。その隣で、セレネはしっかりと周囲に気を配りつつ、微かにうなずいた。
「ええ、そうね。聞くところによるとこの街の神殿にレナがいるはずよ。まずはそこへ向かいましょう」
二人は早速、そびえ立つ神殿を目指して石畳の道を歩き始めた。しかし、歩を進めるにつれて、街の空気がただならぬ緊張感を帯びていることに気づく。
「ねえ、聞いた? 最近またあの音がひどくなってるよ……」
「ああ、今日も火山の方から地響きがしてたし、このままじゃいつ噴火するか分かったもんじゃないな」
すれ違う街の住民たちが不安そうな顔でそんな噂話を囁き合っている。さらに、街の中心に近づくにつれて、ゴゴゴ、と重い地響きが足元から伝わってきた。
「……っ!」
遠くの火山から、ごうっという大きな音と激しい揺れが轟く。それは単なる自然現象の域を超え、どこか不気味な魔力の乱れを含んでいるように感じられた。シンは険しい表情で火山の方角を見据える。
「最近この街ではこんなことが頻繁に起きているんですかね」
「おそらく、大陸中で起きている魔物の活性化と何か関係があるはずだわ。急ぎましょう」
セレネの促しにうなずき、二人は急ぎ足で神殿へと向かった。
やがて、白亜の壁に囲まれた神殿の広大な中庭に差し掛かった時、どこからか言い争う大きな声が耳に飛び込んできた。
「早く火山の大神殿に行かないと手遅れになるって言ってるでしょ!」
「お聞きなさい、レナ様! 山から大量の魔物が下りてきているのですよ! 今は街の守りを固めるのが神官としての最優先事項です!」
声の方向に目を向けると、そこでは激しい剣幕で言い合う二人の姿があった。
一人は神官服を身に纏い、白い髭を蓄えた厳格そうな老神官。そしてもう一人は、鮮やかな赤い髪を高い位置でポニーテールにまとめ、巫女服をアレンジしたような動きやすそうな衣装に身を包んだ女性だった。彼女から発せられる熱気と勝ち気なオーラは、一目でただ者ではないことを物語っている。
「わっ、すごい剣幕ですね……。あの盛大に言い争ってる方がもしかして…?」
シンは圧倒されつつ隣のセレネに小声で話しかけると、セレネは呆れたような、しかしどこか懐かしむような複雑な表情を浮かべて小さく息をついた。
「ふふ、昔から少しも変わってないわね……。あそこにいるのが、火の巫女のレナよ」
セレネがそう呟いた瞬間だった。
言い争いの真っ只中にいた赤髪の女性――レナが、ふとこちらへ視線を向けた。彼女の鋭い琥珀色の瞳が二人を捉えたかと思うと、ぴくりと眉が動き、その表情が一瞬で驚愕の色に変わった。
「ん……? あの顔…いや、どこかで見た覚えがするけど……って、もしかして!?」
レナは老神官との言い争いも忘れて、弾かれたようにこちらへ走り出した。その勢いのまま、シンとセレネの目の前まで一気に詰め寄る。
「セレネ! 久しぶり! 本当にセレネなのね、私のこと覚えてる!?」
至近距離まで迫ってきたレナの圧倒的な熱量と勢いに、シンは思わずわずかに体を引いた。これまで出会った人物の中でシンにとって、これほど感情表現が豊かで爆発的な人物との出会いはあまりにも刺激が強すぎる。
「レナ、相変わらず元気そうね。驚かせるような声出しちゃって、相変わらず周りが見えてないみたいだけど」
セレネはやれやれといった様子で軽くため息をつきつつも、どこか嬉しそうに微笑んだ。
「だってもう何年も会ってなかったんだから仕方ないじゃない! それより、その隣にいる男の人は誰? もしかして彼氏とか……?」
レナの好奇心旺盛な視線が、ばっとシンに向けられる。急に話を振られたシンは、わずかに戸惑いながらも丁寧に頭を下げた。
「あ、僕はシンと言います。セレネさんの護衛で一緒に旅をしている者です。よろしくお願いします、レナ様」
ペコリと頭を下げるシンを、レナは上から下までジロジロと観察するように見つめた。その琥珀色の瞳に、強い興味の光が宿っているのが分かる。
「へえ、シンって言うんだ! セレネの護衛ねぇ……。ふーん、なんだか面白そうな人じゃない!」
レナはニコッと快活に笑い、初対面とは思えないほどの距離感でシンの肩をぽんと叩いた。その衝撃に、シンは内心で「うわ、すごい勢いだ……」と冷や汗を流す。
火山からの不気味な地響きが再び遠くで鳴り響く中、こうして火の巫女レナとの出会いを果たしたシンとセレネの旅は、さらなる大きな騒乱へと巻き込まれていくのだった。
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