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28話

木製のテーブルに並べられた温かな料理から立ち上る湯気と、旅人たちの話し声が入り混じる空間で、シンとセレネは向かい合って夕食をとっていた。昼間の過酷な移動の疲れを美味しい食事と冷たい飲み物が癒やしてくれ、二人を包む空気は穏やかで満たされたものになっていた。


「このスープ、やっぱり美味しいですね。旅の途中でこういう手の込んだものが食べられるのは本当にありがたいです」


シンがスプーンを動かしながら柔らかく微笑むと、セレネも満足そうにカップを傾けた。


「そうね。毎日野営で簡単な食事ばかりだったから、こうしてきちんと作られた料理を宿で食べられるだけでも生き返る心地がするわ。明日からはまたあの暑さの中を歩くことになるんだし、今夜はしっかり栄養をとっておかないとね」


他愛のない会話を交わしながら、二人はそれぞれ目の前の皿に集中しようとした。その時、テーブルのすぐ傍らにふっと一つの影が落ちた。

顔を上げると、そこにはラフな旅装束をまとった大人の男が立っていた。手には自分の分の木製プレートとカップを持ったまま、少し申し訳なさそうな、しかし人当たりの良さそうな笑みを浮かべている。


「あの、お二人とも失礼します。もしよろしければ、こちらの席に相席させていただいてもよろしいでしょうか?」


男の言葉に、シンは周囲を見回した。宿場の食堂は夜のピークタイムということもあってどこも満席状態であり、空いている席を探すのは到底無理な状況だった。相席をしなければこの広い食堂で立ち往生するしかないのは明白だった。

シンは一瞬だけ視線を横に向け、向かいに座るセレネに無言の確認を送った。セレネはテーブルの状況を一瞥すると、わずかに首を縦に小さく頷いてみせる。どうぞ、と受け入れる意思表示だった。


「はい、どうぞ。他の席もいっぱいですし、気にせず座ってください」


シンが空いているスペースを促すと、男はホッとしたように表情を和らげ、深く頭を下げた。


「ありがとうございます! 本当に助かりました。つい先ほど到着したのですが、どの席もいっぱいで困っていたんですよ」


そう言って腰を下ろした男は、手際よく自分の荷物を足元に寄せると、改めて二人に向き直った。


「失礼しました。私はこうして大陸を転々としながら行商をしております、ギルと申します」


身なりこそラフな旅装束だったが、その物腰は非常に丁寧で、商売人らしい人当たりの良さが滲み出ていていた。ギルと名乗った男は、テーブルの上に自身の持っていた料理と食器を置いて、それから好奇心を隠さない瞳でシンとセレネを交互に見つめる。


「お二人も、これからどちらかへ向かわれる途中なのでしょうか?」


ギルの問いかけに、シンは料理から手を離してまっすぐ向き合った。


「ええ、私たちはこれからイグニスへ向かう予定です」


シンが答えると、ギルは「おや」と声を弾ませ、身を乗り出すようにテーブルへ上半身を近づけた。


「イグニスですか! それは奇遇だ、私も次の商売の目的地はまさにイグニスなんですよ。もともとイグニスが故郷なんですけど…いやぁ、この先の街道は最近魔物の数が増えていて、数人で商売道具の詰まった馬車を動かすのはなかなか骨が折れるものでしてね……」


ギルはそこで一度言葉を区切り、じっとシンの体躯や、セレネが纏うただならぬ雰囲気を観察するように見定めた。旅を重ねてきた人間特有の、相手の実力を見極めるような鋭い眼差しがそこにはあったが、すぐに納得したように大きくうなずく。

「一目見て分かりました。お二人は間違いなく腕の立つ冒険者ではないですか? 隠しきれない雰囲気が漂っていますからね」


突然の褒め言葉にシンが少し面食らっていると、ギルは急に真剣な、しかしどこか縋るような表情に切り替えて両手を合わせた。


「実はですね、厚かましいお願いなのですが、私たちと一緒にイグニスまで同行し、護衛をしていただけないでしょうか?うちにも護衛はいるのですが、これからの道中は魔物の動きがかなり活発と聞きまして… もちろん、タダとは言いません。何もなければ私の馬車に乗って移動していただいても構いませんし、それに見合っただけの護衛料はしっかりとお支払いします」


思いがけない商売人からの依頼に、シンは少し驚いて隣のセレネを見た。セレネは腕を軽く組み、目の前のギルを冷静に観察しながら思案する素振りを見せる。


「イグニスまでの街道で魔物が増えているのは、私たちも実際に肌で感じているところよ。どうせ同じ目的地に向かって歩くわけだし、馬車に乗せてもらえるなら足の負担も減るわね。シン、どう思う?」


セレネが意見を求めてくると、シンは小さくうなずいて返をした。


「そうですね。自分たちにとっても悪い話ではないですし、特に断る理由もないと思います。移動が楽になる分、体力の温存にもなりますしね」


シンの賛同を得たセレネは、ふっと柔らかく微笑むとギルに向き直った。


「分かりました。その護衛依頼引き受けましょう。微力ながらお手伝いするわ」

「本当ですか! いやぁ、助かります! まさに渡りに船とはこのことだ。これで安心して商売道具を運べますよ」


ギルは顔をパッと輝かせ、心からの安堵を口にした。危機感の増したこの先の道中で、これほど頼もしい同行者が得られたことに大いに満足している様子だった。


「それじゃあ、こちらからも一つだけ頼みたいことがあるのですが……よろしいでしょうか?」


セレネはグラスに口をつけて一息つくと、真面目なトーンでギルに問いかけた。


「えぇ、何でしょうか?」

「私たちはしばらくの間、自分たちの村を離れていたから、大陸各地の最近の情勢や細かい変化についてあまり詳しくないの。だから、道中で商売をしているあなたから見て、最近の魔物の動きや各地の様子について、知っていることを色々教えてほしいのよ。もちろん、情報料も込みで考えてくれていいわ」


セレネのその頼みに、ギルは快く頷いてみせた。


「なるほど、情報収集ですね。お安い御用ですよ。私はこうして各地を巡っている商売人ですからね、街道のウワサ話やどこの街がどんな状態になっているかといった話なら、いくらでも仕入れています。道中、退屈しない程度に色々と教えてあげましょう」

「ありがとうございます。助かります」

「決まりですね! それでは、明日からは旅の仲間として、どうぞよろしくお願いします」


ギルは自分のカップを掲げ、シンとセレネのグラスに軽く合わせるように掲げた。食堂の温かな光の下で、思いがけない出会いから生まれた新たな協力関係がしっかりと結ばれたのだった。

読んでいただきありがとうございます!

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