27話
肌を焦がすような熱を帯びた風が吹き抜けるたび、確実に目的地へ近づいていることを嫌でも実感させられた。
火の巫女のいる業火の街イグニスを目指す旅を続けて数日。歩みを進めるごとに周囲の景色は赤茶けた岩肌へと変わり、空気そのものがじっとりと重い熱を孕んでいく。ただでさえ体力を奪われる過酷な道のりだったが、それ以上にシンたちを悩ませていたのは、この地域一帯に生息する魔物たちの厄介な生態だった。
火山に近づいた影響なのだろう、この辺りの魔物はどれも頑丈な外殻に身を包んでいるか、あるいは全身に激しい炎を纏っている個体ばかりだった。普通の武器では刃が通しにくく、生半可な攻撃では逆にこちらが返り討ちに遭ってしまう。そのため、ここ最近の戦闘における戦術は自然とパターン化していた。
シンが前衛に立ち、剣や槍を巧みに操って敵の猛攻を受け止め、強烈な足止めを行う。その隙を突いて、後方に控えるセレネが精霊魔法の強力な一撃を叩き込み、一気に決着をつける。連携も次第に洗練されていき、お互いの信頼関係があればこその効率的な動きだった。
だが、当のシン本人にとっては、決して手放しで喜べる状況ではなかった。
「うーん……やっぱり、今のままじゃ足止めしかできてないですね」
街道の端で小休止を取る最中、シンは自分の剣の刃こぼれを確認しながら、小さく唸った。硬い外殻を持つ魔物を相手にしたとき、自分は前で抑え込むことしかできず、トドメを刺すのはいつもセレネの魔法に頼りきりになっている。自分の攻撃力不足を痛感し、シンは険しい顔つきで腕を組んだ。
「何を言っているのよ、シン。今のあなたの足止めがなければ、私の魔法だってあんなに綺麗に当てられないわ。十分に助かっているんだから、そんなに思い詰める必要なんてないでしょ」
セレネは水筒の水を一口飲んで喉を潤すと、心配そうな眼差しをシンに向けた。旅を重ねる中で、少しずつ相手の感情の機微にも敏感に気づくようになっていた。
「でも、もっと前衛としての攻撃力を上げたいんです。少しでもダメージを与えれば相手への牽制にもなりますし、このままじゃ、いざという時に足手まといになりかねませんし……。何か、自分の持つ力で戦闘で決定打を出せるような応用ができないものか考えているんですが」
「うーん、決定打ねぇ……」
セレネは、どこか複雑な笑みを浮かべた。シンの持つ力というと、手先の器用さや治癒魔法、時折垣間見せる未知の知識。
そしてすでに、シンは治癒魔法の形状を変えたり投擲したりと奇抜な発展を見せていることはすでに知っている。だからこそ、次に彼が口にする「閃き」が、また常識の斜め上をいくのではないかと、彼女は直感で察知していた。
「まあ、考えるのは自由だけど、あまり無茶な方向に行かないでよね」
セレネのそんな苦言を軽く受け流しつつ、二人はさらに足を動かし続けた。そして日も傾きかけた頃、ようやく荒涼とした街道沿いに開けた宿場町の姿が見えてきた。
火山周辺の熱気から逃れるようにして宿場町へと滑り込んだ二人は、さっそく宿の手続きを済ませ、それぞれの部屋で旅の埃と汗を洗い流した。久しぶりにまともな屋根の下で過ごせる安堵感からか、ロビーに降りてきたセレネの表情はどこか晴れやかだった。
宿の併設された食堂は、旅商人や他の冒険者たちで賑わいを見せており、香ばしい肉の匂いと人々のざわめきが満ちている。二人は隅のテーブル席に腰を下ろし、情報収集も兼ねて温かい料理と冷たい飲み物を注文した。
「ふう……久しぶりにまともなベッドで寝られると思うと、それだけで生き返る心地がするわね」
セレネは席に着くなり、ほっとしたように息を吐き出し、運ばれてきたグラスに口をつけた。張り詰めていた緊張が、心地よい空間の中で少しずつほどけていくのを感じている。
「そうですね。このスープもなかなか美味そうです」
シンはテーブルの上の料理に手をつけつつも、脳内では昼間の戦闘のまだぐるぐる渦巻いていた。彼はコップを置くと、真剣な眼差しを正面のセレネに向けた。
「あのですね、今日の戦いを経て、炎をまとったあの厄介な敵への新しい戦い方を思いついたんです」
「……また何か変なことを考えたの? あなたがその顔をするときって、大体ろくなことじゃないんだけど」
セレネはスープのスプーンをピタリと止め、疑わしげな視線をシンに向ける。
「そんなことないですよ。真面目に考えているんです。例えばですね、治癒魔法を自分の腕や足を覆うようにして纏ってみるのはどうでしょう? 敵の炎でやけどを負ったり、硬い甲殻に手が負傷してもその場で瞬時に治しながら殴り続ければ、相手への牽制や攻撃も両立できるはずなんです。肉体の強化との併用ができれば、一石二鳥だと思うんですよね」
シンの真面目な提案を聞いた瞬間、セレネは開いた口が塞がらなかった。
「ちょっと待って、シン……それって、傷つく前提で、その場で治しつつ戦うってこと? そんなの自傷行為みたいなものじゃない! 絶対にやめて!」
セレネは慌てて身を乗り出し、シンの両肩を軽く掴む勢いで反対の意を示した。あまりの真剣な拒絶ぶりに、シンは少し気まずそうに目を泳がせる。
「うーん……やっぱり、我ながら少し無理がありますかね。また考え直しか……」
頭を抱えて小さくうなずくシンを見て、セレネはやれやれといったふうに小さく息を吐いた。彼のその柔軟すぎる発想力には毎度驚かされるが、時に方向性が危険すぎるのが玉に瑕だった。
「考えること自体は嬉しいけど、もう少し自分の体を大切にしなさいよ。それに、焦らなくてもちゃんと道は見えてくるわよ」
セレネは呆れながらも、どこか優しげな笑みを浮かべてシンのカップに飲み物を注ぎ足した。
「それと、宿の主人から聞いたんだけど、あと2日くらい歩けば目的地のイグニスにつくらしいわ。まだまだ道中で魔物の出現もあるだろうし、明日も朝からたくさん歩くことになるんだから、今日くらいはゆっくり休みましょう」
「分かりました。今夜は大人しく寝ることにします」
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