↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
25/86

25話

エルフの村を発ち、二人が並んで旅を歩み始めてからすでに数日が経過していた。最初はお互いに遠慮があった道中も、日を重ねるごとに心地よいペースが生まれ、今では野営の準備や移動の連携も驚くほどスムーズに行えるようになっていた。

襲いくる魔物を退け、同じ食卓を囲み、星空の下で言葉を交わすうちに、二人の間には確かな信頼関係が築かれていた。

その日の夜も、周囲を囲む森のざわめきとパチパチと爆ぜる焚き火の音が心地よい空間を作り出していた。簡単な夕食を済ませたあと、シンは手元の小枝で灰をいじりながら、ふと気になっていたことを口にする。


「セレネさん、ちょっとお聞きしてもいいですか?」


向かい側に座り、布で杖の手入れをしていたセレネは、ふと顔を上げて穏やかな笑みを向けた。


「どうしたの、シン。改まって」

「いえ、旅を続けていく中で、自分の魔法の使い道や応用力をもっと高めたいと思いまして。何か、魔力を上手に扱うための練習方法や特訓のコツみたいなものはありますか?」


シン自身の持つ治癒魔法は、この世界においてその存在自体が極めて希少だった。そのため、セレネ自身も治癒魔法そのものに特化した専門的な訓練方法までは持ち合わせていなかった。しかし、彼女は杖を静かに膝の上に置き、自身の経験を踏まえて丁寧に応じる。


「治癒魔法そのものの専門的な内容は私にも分からないけれど……一般的な魔力操作の精度を上げたり、体内の魔力量そのものの底上げをしたりするための基礎訓練ならいくつかあるわ。知りたい?」

「はい、ぜひ教えてください」


セレネは指を一本ずつ折りながら、具体的な特訓方法を一つずつ挙げて説明し始めた。


「一つ目はね、魔力を一定量、同じペースで途切れさせずに放出し続ける訓練よ。魔力の出力にムラをなくすための基本的な感覚を養うの。二つ目は、魔力を特定の形にして――例えば水魔法なら小さな水球にして、それを一定時間、形を崩さずに維持し続けること。集中力と魔力のコントロールが試されるわ。そして三つ目は、魔力を自分の身体の内部へ意識的に移動させて、隅々まで巡らせる訓練よ。この三つ目ができれば、いざという時の身体強化や魔法の起動速度が格段に上がるはずよ」

「なるほど……出力の維持と、形を保つこと、そして体内の魔力循環ですね」


シンは深くうなずき、その場でさっそく試してみることにした。

まずは一つ目と二つ目の訓練として、手のひらにわずかな魔力を集中させる。シンは元来の手先の器用さと優れた直感を活かし、魔力を一定のペースで均一に放出しつつ、それを球状に固めてピタリと空中に安定させてみせた。


「あら、すごいわね、シン。初めてなのに、魔力の出力も形の維持も一発で安定しているわ。普通はこれだけでも数日かかるものなんだけど……本当に器用なのね」


セレネが少し驚いたような顔で感心すると、シンは少し照れくさそうに頭をかいた。


「こういう細かい作業はわりと得意みたいです。でも、問題は三つ目のほうですね」


シンは一度大きく息を吸い込み、手のひらの光を消すと、今度は意識を自分の内側へと深く集中させた。体内の中心からわずかな魔力を引き出し、それを自分の意思の力だけで血管や神経の経路に沿って巡らせようと試みる。

だが、これが想像以上に難しかった。魔力を動かそうと意識した瞬間に、体内の別の場所へと魔力が勝手に散らばってしまい、思い描いた通りに綺麗に流れていかない。何度集中し直しても、途中でせき止められたように魔力が滞ってしまい、うまく全身を循環させることができなかった。


「うーん……やっぱり、身体の内側を動かすのは勝手が違いますね。なかなか思い通りにいかないです」


苦戦している僕の様子を見て、セレネは優しく微笑みながら首を横に振った。


「そんなに簡単にできたら苦労しないわよ。三つ目の体内の魔力循環は、自分の魔力の性質としっかり向き合わないと上手くいかないものなの。焦る必要なんてまったくないわ。コツコツと地道に練習を続ければ、いつの間にか必ずできるようになるし、そうなればいざという時に魔法を使う時の大きな助けにもなるからね」


セレネの励ましの言葉に、僕は小さくうなずいた。


「そうですね。地道にやってみます」


焚き火の火がパチパチと音を立てて揺らぐ中、セレネは少しだけ言いづらそうに視線を泳がせ、それから真っ直ぐにシンを見つめた。


「あのね、シン。訓練の話とは少し変わるのだけれど……一つ、あなたにお願いというか、提案があるの」

「お願いですか? 自分にできることなら何でも言ってください」

「そんな大げさなことじゃないわ。ただ……私たち、こうして一緒に旅をするようになって、毎日色々な話を交わしているでしょう? それなのに、いつまでも他人行儀な敬語で話されると、なんだか少し距離を感じてしまうのよね。だから……その、これからはもっと普通に話してほしいの。私に対して敬語を使わなくていいわ」


セレネのその言葉に、少しだけ目を見張った。彼女が自分のことを対等な仲間として見据え、もっと距離を縮めたいと感じてくれていることが伝わってきたからだ。


「――分かりました。じゃあ、これからはそうさせてもらいますね」


シンはふっと笑みを浮かべ、あえてこれまでの丁寧な口調を崩して砕けたトーンに変えてみせた。


「それじゃあ、セレネ…さ…セレネ。」

「ええ!」

「これからはそう呼ばせてもらうし、言葉もできるだけ普段通りにしますね。」


一瞬ジト目になった様子に慌てて言い直す。その様子に、セレネは嬉しそうにふっと頬を緩ませた。


「うん、そのほうがなんだか落ち着くわ。ありがとう、シン」

「どういたしまして。慣れないうちや公の場では敬語を使うことがありますよ。…さてと、じゃあ今のうちにさっきの体内の魔力循環のコツをもう少し掴めるように特訓しますね。」

「ふふ、頑張ってね。私はそろそろテントに入って休ませてもらうわ。見張りはお願いね」

「任せてください。おやすみなさい、セレネ」

「おやすみ、シン」


セレネはどこか満足そうな、柔らかく嬉しそうな笑みを浮かべながら、自分のテントへと身を潜めていった。

テントの布地が閉まる音が小さく響いたあと、周囲には再び夜の静けさが戻ってくる。シンは一人残された焚き火のそばに腰掛けたまま、夜の闇に目を凝らした。


「……さて、もう一度だ」


シンは静かに息を整え、自分の身体の内側を流れる魔力へと再び意識を集中させる。周囲に気を配りながら、見張りの任務を確実にこなしつつ、いつか必ずこの魔力循環を自分のものにするために、シンは黙々と特訓を続けていくのだった。

読んでいただきありがとうございます!

この作品が「面白い」「続きが気になる」と思った方はぜひ評価をいただけますと執筆の励みになりますので、ぜひよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。