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24話

夜の冷気がまだそこかしこに残る早朝の平原で、シンは手際よく昨夜の焚き火の始末を終えると、持参した簡素な食材を使って朝食のスープと焼きパンを準備した。

温かいスープを二人で静かに飲み干し、身体の芯から温まったところで、テントなどの野営道具を撤収する。

セレネは左手の薬指にはめた空間拡張の魔道具に視線を落とす。彼女がそっと意識を集中させると、昨夜取り出したばかりの大型テントや調理器具、寝具といった野宿用の道具が、微かな光の粒子に包まれて指輪のなかに綺麗に吸い込まれていった。


「よし、片付けはこれで完璧ね。それじゃあ、イグニスに向けて今日も出発しましょうか」

「はい、そうですね。自分も準備はできていますよ。…ところでちょっとした疑問なのですが、テントなどいちいち組み立てが手間なものはそのまま収納した方が次に出すときに楽なのではないでしょうか?」

「あー…、言われるとそうよね。ただ、この魔道具、あんまり多くのものを収納できないから、できるだけ道具をコンパクトにまとめた方が、たくさんものを入れられるのよ。それで長老からもこまめに整理をするように言われて。」

「そういうことなのですね。」

「そうね、それにあんまり楽をしすぎると、いざって言うときに当たり前が不便に感じてしまうから、魔道具を活用しつつある程度は自分たちでするようにしないと…」


そう言って、二人は軽くなった荷物を背負い、火の巫女の住まう業火の街へ向けて街道の歩みを再開させた。

周囲にはまだ人気のない荒野の小道がどこまでも続き、風が草木を揺らす音だけが心地よく響いている。しばらく並んで歩いていたシンは、ふと斜め前を歩くセレネに視線を向け、穏やかな声色で声をかけた。


「セレネさん、昨晩はしっかりお休みになれましたか? 外での野営は初めてでしたでしょうし、お身体の調子に変わりはありませんか?」


セレネは足を少しだけ緩め、振り返りながら柔らかく微笑んだ。


「ありがとう、シン。心配してくれたおかげで、ぐっすり眠れたわよ。テントの中も快適だったし、身体の不調なんて全くないわ」

「それは良かったです。初めての野営だとどうしても緊張して疲れが溜まりやすいですからね」


その言葉を聞いた瞬間、セレネはわずかに歩幅を狭め、気になっていた疑問を口にすることにした。


「あのね、シン。昨日の夜の見張りのことなんだけれど……気になっていたことがあるのよ」

「見張りですか? 何か不手際でもありましたか?」

「ううん、そうじゃないわ。昨夜、私の見張りの時間が、あなたの担当していた時間よりもずっと短かったでしょう? あれは、どうしてなの?」


セレネのまっすぐな問いかけに、シンは少しだけ目を丸くし、それからいつも通りの落ち着いた笑みを浮かべた。


「ああ、そういうことですか。それは単純に、セレネさんにしっかり睡眠をとってほしかったからです。旅の初日ですし、無理をする必要はないと思いまして」


その答えを聞いたセレネの表情に、わずかに真剣な色と複雑な感情が混ざり合う。彼女は少しだけ視線を逸らし、しかし自分の想いを伝えるようにしっかりと前を向いた。


「シン、気持ちはとても嬉しいけれど、私はこれくらいの野営の任務で特別扱いをされるほど、体が弱いわけではないの。エルフの村にいた頃だって、巫女の勤めとして夜通し森の中を駆け回ったり、寝ずの番を任されることは何度もあったんだから。そんな風に変に気遣われる必要はないというか……その、もう少し対等に扱ってくれてもいいのよ」


少しだけ恥ずかしそうにしながらも、セレネは自分がか弱い存在ではないのだとまっすぐに伝えた。

シンは、セレネがそんな風に自分の内面を打ち明けながら真っ直ぐ伝えてくれたことに少しだけ驚きつつも、いつもの温和な笑みを崩さずにしっかりと彼女の言葉を受け止める。


「なるほど、そういうことでしたか。セレネさんがエルフの村でどれほど責任感を持って、過酷な務めを果たされてきたのかは、これまでの話やあなたの様子を見ていれば十分に伝わっていますよ。夜通し動き回るのが日常だったというのも、すごいことだと思います」


シンは言葉を少し区切り、遠くの地平線に広がる景色へ視線を向けながら丁寧に続けた。


「昨日も少し話しましたが、まだ旅の初日ですし、これからどんな不測の事態が起きるか分かりません。だからこそ、最初のうちは少しずつ身体を慣らしていく方が、長期的な視点では絶対にお互いのためになると思ったんです。セレネさんがどれだけタフだとしても、お互いに長く旅を続けるための調整期間だと思っていただければと」


シンのその言葉を聞いた瞬間、セレネはわずかに足を止め、真剣な瞳で彼の横顔を再び見つめた。彼女の胸のうちは、エルフの村でずっと一人で重責を背負い続けてきた自負と、目の前にある温かな気遣いとの間で小さく揺れ動いていた。


「私の身体を慣らすため……ね」

「ええ。それに、自分はこうして体を動かすのが苦にならない性質ですし、セレネさんに何かあってからでは遅いですからね。もちろん、過剰に甘やかしているつもりはありませんし、セレネさんの実力も信頼していますよ」


シンの飾らない、しかし真摯な言葉に、セレネは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。村では常に「風の巫女」という立場と重責を一人で背負い続け、誰も自分をこうして対等な一人の人間として気遣ってくれる者などいなかった。だからこそ、シンのその優しさが心地よく、同時に少しだけくすぐったかった。

セレネは小さく息をつくと、先ほどまでの少し尖ったトーンを和らげ、いつもの上品な微笑みを浮かべた。


「……もう、本当にあなたは仕方のない人ね。そこまで言われたら、私のほうも何も言えなくなってしまうわ」

「ふふ、すみません。でも、分かっていただけたなら良かったです」

「ええ、よく分かったわ。それじゃあ、これからの旅でもお互いに無理はしないこと。それが今日の約束ね、シン」

「はい、分かりました。お互いに無理はせず、安全第一で行きましょう」


二人は小さく頷き合うと、再び並んで街道を進み始めた。最初に出会った頃の他人行儀な距離感は村での生活を通して少しずつ消え去り、旅の仲間としての信頼しあう形が、確実に形作られていくのを感じながら、二人は業火の街イグニスへと続く長い道を歩み続けていった。

読んでいただきありがとうございます!

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