22話
明るい太陽の光が草木の葉を揺らす平原の小道を、二人の足音がリズミカルに刻んでいく。
エルフの村を後にしてから数日、シンとセレネは火の巫女の住まう業火の街イグニスへ向けて、順調に歩みを進めていた。心地よい風が吹き抜ける中、シンはふと前方を歩くセレネに視線を向け、気になっていた疑問を口にする。
「そういえば、セレネさん。これから向かう街にいるという火の巫女様は、いったいどのような方なんですか? まだ他の巫女様についてほとんど何も知らないので、少し予備知識を持っておきたくて」
シンの問いかけに、セレネは少しだけ歩調を緩め、困ったような、あるいは懐かしむような複雑な表情を浮かべながら記憶の糸をたぐり寄せた。
「火の巫女のレナのことね……。うーん、そうね、実は私も彼女とは数えるほどしか直接お話をしたことがないのよ」
「え?そうなんですか。同じ大陸の巫女同士なのに、あまり交流がないものなんですね」
「ええ。大陸は広いし、それぞれが役目があるから、普段はなかなか顔を合わせる機会がないのよ。それに、彼女が以前一度だけ、わざわざ私たちのエルフの村に私を訪ねてきたことがあったのだけれど……」
セレネはそこまで言うと、遠い目をしながら小さく苦笑した。
「その時の彼女の印象は、とにかく活発でじっとしていられないほどエネルギッシュな性格だったわね。私の部屋にずかずか入ってきては、色々な話を持ちかけてきて……。でも、火の魔法の扱いにかけては天下一品で、その実力は本物よ。勢いがありすぎて、少し圧倒されてしまったのを覚えているわ」
「なるほど……活発でエネルギッシュですか…。セレネさんとは、また対照的なタイプみたいですね」
「そうね。私とは違って、いつも太陽のように燃え盛っているような人だったわ。今度会うときも、きっと変わらず元気な姿を見せてくれるはずよ」
セレネがクスリと上品に微笑みながらそう語った時、周囲の空気がわずかにピリリと張り詰めた。
草木が不自然にざわめき、生い茂る木立の影から、異様な気配を纏った影が飛び出してくる。それは、大陸中の魔物の活性化によって狂暴化した、野性的な牙を持つ中型の魔獣だった。赤く血走った目をこちらに向け、低く威嚇するようなうなり声を上げながら、一直線に二人のめがけて突進してくる。
「――っ、来ましたね」
瞬間、シンの纏う雰囲気が一変した。
先ほどまでの穏やかな様子から、冷静かつ卓越した身体能力を持つ男へと一瞬で切り替わる。シンは地を蹴り、迷うことなくセレネの前に躍り出た。
彼の手に握られた長柄の槍が、青空の下で鈍く光る。突進してくる魔獣の巨体に臆することなく、彼はその強靭な脚力を活かして一気に踏み込み、魔獣の足の関節めがけて鋭い一撃を叩き込んだ。
「ガァッ!?」
不意を突かれた魔獣が大きく体勢を崩し、たまらず地面を削りながら前のめりに倒れかける。だが、活性化した魔獣の狂気はそこで止まらない。凄まじい勢いで上体を起こし、鋭い爪をこちらへと振り下ろしてきた。
「おっと!」
シンはその攻撃を紙一重でかわしつつ、今度は懐へと深く飛び込んで槍の柄で魔獣の顎を強く突き上げる。ガツンと重い衝撃が手に伝わり、魔獣の動きが完全に止まった。
「今です、セレネさん!」
「任せて!」
シンが魔獣の動きを完璧に封じ込め、セレネの魔法が綺麗に直撃するよう射線を大きく開けた瞬間、後ろに控えていたセレネが長杖を構えた。彼女の周囲の空気が急速に渦巻き、澄んだ声が響き渡る。
「我が手に集う風の精霊よ、その鋭利な刃となりて敵を穿て――『風刃の矢』!」
セレネが放った高密度の風の魔法が、美しい軌を描いて魔獣の急所へと正確に直撃した。鮮烈な閃光が走り、魔獣は激しい衝撃に耐えきれず、そのまま地面に崩れ落ちて二度と動かなくなった。
周囲の静けさが戻ると、シンは持っていた槍を収め、それまでの険しい表情をふっと和らげてセレネに向き直った。
「お見事でした、セレネさん。完璧なタイミングの魔法でしたね」
セレネは長杖を下ろし、軽く息を整えながら、感心したような瞳でシンを見つめた。
「ありがとう、シン。それよりも……驚いたわ。あなたがこれほどまで私の動きや距離感を見ているなんて思っていなかったもの」
「ええ、まあ。こうして一緒に旅をする以上、お互いの動きを把握しておくのは当然ですから。それに、セレネさんの魔法の邪魔にならないようにするのは、前衛としての基本ですしね」
シンが当然と言わんかのように答えると、セレネは少しだけ嬉しそうに柔らかく微笑んだ。
「なんだか頼もしい言葉ね。でも、あなたのその機敏な動きと判断力のおかげで、私も安心して魔法に集中できたわ。ありがとう、シン」
「どういたしまして。さて、いつまでもここで立ち止まっているわけにはいきませんし、気を取り直してイグニスへの道を急ぎましょうか」
「ええ、そうね。出発しましょう」
二人は倒れた魔獣の気配を背に再び並んで歩き出し、未知なる街へと続く道を歩み続けていった。
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