21話
朝露をまとった草木が、淡い光を浴びてキラキラと輝く。エルフの村の巨大な木製の大門の前に、旅装束を整えた二人の姿があった。
セレネはいつも身に纏っている気品のある服装に身を包み、右手に使い慣れた長杖を握りしめ、腰のホルダーには切れ味鋭い短剣をしっかりと装着している。その凛とした佇まいは、まさに村を代表する風の巫女そのものだった。
一方のシンは、動きやすさを重視した実用的な衣服の上に軽装の防具を纏い、腰にはセレネと同じように短剣を差している。だが、それだけではなかった。彼の背中には、自ら手際よく調整した長柄の槍と、頑丈な素材で作られた木製の弓がしっかりと括り付けられている。
旅立つ話を聞いた衛兵たちが準備してくれたり、自分で細かな調整をした武具の数々だった。
なお、二人分のまとまった荷物や野営道具、当面の食料などはすべて、セレネが左手の薬指にはめた銀色の指輪の中に収納されている。
その原理や詳細な構造はシンにもよく分かっていない代物だが、代々の風の巫女に継承されている特殊な空間拡張魔道具であり、見た目以上の容量を誇る便利すぎる品だった。
門の周辺には、長老衆や数名の衛兵たちが集まり、二人の門出を見送るために待機していた。最長老が杖を地面につきながら、二人に真っ直ぐな視線を向けて声をかける。
「セレネ、お前なら大丈夫だ。広い世界を見て、多くのことを学びなさい」
「シン、私たちの風の巫女を頼んだぞ。どうか無事でな」
長老たちの言葉に、二人はしっかりと頷き返した。
村の人々から送られる万感の思いを背中に受け、シンとセレネはゆっくりと門をくぐり、村の外へと繋がる小道へと足を踏み出した。
村を包む精霊の森の浅い木立を抜け、どこか空気が変わる森の境界線まで差し掛かった時、セレネはふと足を止め、背後を振り返った。そこには、自分が守り続けてきたエルフの村へと続く見慣れた景色が広がっている。緑の葉が風に揺れ、懐かしい木々の香りが鼻腔をくすぐる。生まれ育った場所を離れるという現実が、静かに胸の奥を締め付けていた。
その背中を見つめながら、シンはそっと歩みを緩め、気遣うように声をかけた。
「……少し、寂しいですか?」
シンの落ち着いた声色に、セレネは小さく息をつき、隠さないように穏やかな笑みを浮かべながら首を横に振った。
「ううん、そうね……もちろん、生まれ育った場所を離れるのは少しだけ胸が締め付けられるような気もするわ。でもね、それ以上に、これから自分が知らない世界を見て回るんだというワクワクする気持ちの方が大きいのよ」
その言葉を聞いて、シンは柔らかく微笑んだ。
「それなら良かったです。不安ばかりより、楽しみな気持ちがあったほうが旅もきっと有意義になりますから」
セレネは満足そうに頷くと、引き締めた表情で前方を指し示した。
「そうね。……さて、ここから先は私たちの知っている安全な森の中だけじゃないわ。大陸中の魔物が活性化しているっていう問題もあるし、それに、人の往来が減った街道や開けた土地では、魔物だけじゃなく盗賊の存在も警戒しなくちゃいけないのよ」
「ええ、そうですね。人間の集落や街道の近くには、そういうはぐれ者や野盗の類が潜んでいることも多いですから。油断は禁物ですね」
シンは自身の槍の柄を軽く叩きながら、周囲の気配に目を光らせる。今はまだ旅の始まりの穏やかな空気感を保ったまま、冷静に周辺の状況を観察していた。
二人は境界線を完全に抜け、外の世界へと続く広い平原へと歩を進めながら、これからの行程についての確認を始めた。
「まずは、大陸の状況を正確に把握するために、各地にいる他の巫女たちに会いに行くのが確実でしょうね。彼女たちが今のこの異常事態について何か知っているかもしれないわ」
セレネが杖を軽く突きながら提案すると、シンは納得したようにうなずいた。
「ほかの巫女様たち、ですか。確かに、大陸全体の魔物の活性化という大きな原因を探るためには、各地域を司る者たちの協力や情報が不可欠ですね」
「ええ。交流のある行商人から購入した地図を見ると、他の街の大まかな位置も記されているわ。まずは、この森から南東へ数日進んだ先にある、火山帯の麓に栄える街を目指しましょう。あそこには『火の巫女』がいるはずよ」
セレネの言葉に、シンは自分の身の回りの道具や武器の位置をもう一度確かめながら、力強く返事をした。
「火の巫女の街、ですね。承知しました。それでは、まずはそこを最初の目的地として向かいましょう」
目的地が定まったことで、二人の足取りはさらに確かなものへと変わっていく。背後にある故郷の温かな日常を胸に秘めながら、風の巫女セレネとシンは、未知なる大陸へと続く険しくも眩しい道を歩み始めた。
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