2話
初めての執筆になります。
拙作ですが温かい目で見ていただけますと嬉しいです。
朝の光が地下牢の小さな天窓から差し込み、冷たい石の床を明るくする。 前日の夜から空気が一段と張り詰めたその空間には、村の威厳を背負った数名の長老たちが顔を揃えていた。
厳格な面持ちで中央に座る筆頭長老が、冷ややかな視線と共に牢の中の男に投げかける。
「――改めて問う。外部の人間が到底足を踏み入れられぬ精霊の森の奥深くまで、お前はいったいどのような手口で結界をすり抜けて侵入したのか。答えよ」
空間の温度が一段と下がったような錯覚を覚えるほどの威圧感だった。しかし、鉄格子の内側に座るシンは怯える様子もなく、まっすぐに長老たちを見据えて静かに頭を下げた。
「お尋ねの件ですが、自分にも詳しいことは分かりません。森に張られているという結界についても意識したことはなく、気がついたときには、あの森に倒れていたのです。自分の名前を除いて、これまでの記憶はほとんど残っておりません」
シンの淡々とした受け答えに、別の長老が怒気を含んだ声で木製の机を激しく叩いた。
「ふざけた物言いだな。名前以外は何も覚えていないなどと言い訳がましく、怪しげな術で侵入した証拠を隠滅しているのだろう。あるいは、どこかの国のスパイか、森を狙う賊の斥候か」
「嘘をついてその場を逃れようとは考えておりません。ここにいる皆様に危害を加えるつもりも、今のところ毛頭ありません。自分が不審な人間であることは重々自覚しておりますので、どのような処分であっても受け入れる所存です」
その物腰柔らかく、どこか達観したような受け答えは、逆に長老たちの調子を狂わせた。怒鳴りつけても怯えず、かといって反発する気配もない。
得体の知れない飄々とした態度が、かえって尋問の場をさらにピリつかせる。
「これ以上のらりくらりと躱すようであれば、魔術による強制的な記憶の探り出しも視野に入れねばなりますまい」
筆頭長老が威圧的に杖を床へと突き立てたその瞬間、牢の脇にずっと控えていたセレネがスッと一歩前に出た。凛とした顔立ちには、一切の迷いが見られない。
「お待ちください、長老様」
「なんだ、セレネ。お前はこの男を庇うのか」
「庇うのではありません。事実を申し上げます」
セレネは冷徹な視線を長老たちに向けながら、一言一句ハッキリとした口調で告げた。
「昨夜から彼の様子を観察していましたが、彼の言葉に嘘の気配はありませんでした。それに、仮に危険な術の使い手であるならば、昨日の段階で抵抗していたはずです。無防備に私の拘束を受け入れた事実が、何よりの証拠です」
「しかしだな、風の巫女よ。正体不明の人間をこのまま放置することは村の安寧に関わる。お前がそこまで庇う理由は何なのだ」
長老の鋭い問いかけに対し、セレネは微動だにせず、真っ直ぐに視線を返した。
「本来であれば人間があの森に入ることはおろか、近づくことすらできません。それにも関わらずこの者がいた理由が分からない以上、いたずらに刺激し、処罰をするのは逆に危険かと思います。」
その言葉に数名のものが「確かに…」「こんなこと今までなかったから…」と同意する声が上がる。
「いずれにしても記憶を探り出せば、目的がはっきりする!こんな汚らわしい危険分子は早々に排除すべきではないか?」
「いや、記憶を取り戻したら襲い掛かってくる可能性もあるのでは?」
次々と意見が飛び交い、長老たちの中でも意見が割れてくる。
「彼に対する処遇の結論がこれほど割れているのであれば、すぐに処断を下すのは早計です。……私が彼の監視を引き受けます」
セレネのその宣言に、長老たちは一斉にどよめいた。筆頭長老が眉間に深い皺を寄せ、非難の色を帯びた声を絞り出す。
「お前が監視だと? 巫女であるお前が私的な警護にかかりきりになってどうする。精霊の森を維持し、村の安全を守る神聖な務めはどうするつもりだ」
「巫女の務めを疎かにするつもりはありません。日中の儀礼や結界の維持に関わる時間は村の衛兵に一時的な警護を頼み、それ以外の管理や監視の時間はすべて私が責任を持って行います」
「なぜ、そこまでこの男に入れ込むのだ。お前らしくもない」
疑わしげな目を向ける長老に対し、セレネはわずかに息を整え、冷静に首を横に振った。
「入れ込んでいるわけではありません。あの禁域で彼を発見し、この村へ連れ帰ったのは私です。招いた以上、その動向を見極めるのは私に課された責任だというだけのことです」
理路整然としたその主張に、長老たちは顔を見合わせ、やがて渋々といった面持ちで溜息を吐いた。
「……そこまで言うならば、様子見として数日間だけその処遇を任せよう。ただし、少しでも不穏な動きが見られたときは即座に処罰する。心しておけよ、セレネ」
「承知いたしました」
長老たちが次々と部屋から退出していくと、地下牢には再び静けさが戻った。セレネは鉄格子越しにシンへと視線を向け、小さく息をつく。
「……そういうことになったわ、シン。今日から私があなたの監視役を務めることになるわね。」
「お手数をおかけしてすみません、セレネ様。自分のためにそこまで骨を折っていただき、本当に感謝します」
「私のためじゃなく、村の秩序と自分の責任のためよ。それと……二人の時は様付けはやめてもらえる?最初みたいにさん付けでいいから。」
「お偉い様の前だったので丁寧な方が良いかと思いまして。それではセレネさん…でいいですか?」
「それでいいわ」
そっぽを向きながらもどこか照れくさそうなセレネの横顔を、シンは穏やかな瞳で見つめ返した。
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