1話
初めての執筆になります。
拙作ですが温かい目で見ていただけますと嬉しいです。
精霊たちが生い茂る木々の間を縫うように、風の巫女であるセレネは奔走していた。普段であれば穏やかな風のざわめきが聞こえるはずの精霊の森の奥深くで、突如として不自然な魔力の乱れを感知したからだ。
警戒を強めて、手にした杖をしっかりと握りしめながら気配の中心地へと向かう。
視界が開けたそこには異質な存在が転がっていた。
「……人間?」
思わずセレネの唇から声が漏れる。
人間が立ち入ることを禁じられているこの神聖な精霊の森の禁域に、一人の男が倒れていた。
仰向けに倒れて動かない様子だが、衣服のあちこちが擦り切れ、ただ事ではない雰囲気をまとっている。
セレネは慎重に足音を殺しながら近づいた。人間からは敵意や殺気は感じられない。
だが、無断で侵入したという事実と未知の存在に対する警戒から、彼女は杖を男に向けたまま、冷徹なトーンで声を張り上げた。
「聞こえますか?あなたは禁域に侵入した。おとなしく拘束に応じなさい」
その声に反応するように、倒れていた男がゆっくりと上半身を起こした。
彼はぼんやりとした足取りで視線をさまよわせ、頭を押さえながらあたりを見回す。
「ここは……どこだ? 自分はいったい……」
「質問に答えるのは、村の牢に入ってからよ」
有無を言わせず、セレネが風の魔力を纏わせた杖を軽く突き出すと、緑色の魔力の光が帯状に変化し、男の両手を素早く縛り上げた。男は抵抗することなく、ただ困惑した表情のままセレネを見上げる。
その瞳に悪意や打算の色は一切なく、どこか抜けているような無防備さがあった。
――悪意のある人間ではない。
男の様子を間近で観察し、セレネは直感的にそう判断した。
しかし、規則と使命を重んじる巫女として、処罰なしに見過ごすわけにはいかない。
彼女はため息を小さく吐き出すと、拘束した男を連れてエルフの村へと歩き出した。
村の地下にある、簡素ながらも頑丈な造りの牢に男(シンと名乗った)は一時的に入れられた。外の世界から遮断された空間の中で、シンは冷たい石の床に腰を下ろし、自分の手のひらをじっと見つめている。
名前やごく断片的な感覚以外の記憶が綺麗に抜け落ちていることを自覚しつつも、過度に動揺する様子はない。
彼の性格はどこまでも温厚で、置かれた状況を淡々と受け入れていた。
そして、セレネは長老たちに事の次第を伝えると、驚きや恐怖・怒りと様々な感情が噴出した。
処遇についての話し合いは、意見が割れたまま平行線をたどり、人間をどう扱うべきか結論が出ない中、とりあえず最低限の食事を届けるように言われたセレネは木製のトレイに簡素な食事を乗せて地下牢に向かった。
「――入るわよ」
静寂を破るように牢の扉が開き、木製のトレイを持ったセレネが姿を現した。彼女は複雑な表情を浮かべながら、鉄格子の手前に置かれた小さな机にそれを置く。
「これは食事よ。……長老たちの話では、あなたの処遇はまだ決まっていないわ」
「お手数をおかけしてすみません。この状況でもお腹が空くようでして…」
シンは静かに立ち上がると、鉄格子の向こうにいるセレネに向けて苦笑いをする。その穏やかすぎる態度に、セレネは少しだけ拍子抜けしたような、気まずいような心地になる。
警戒すべき不法侵入者のはずなのに、目の前の男からはトゲが一切感じられない。
「……そんな風に落ち着いていられるなんて、変な人ね」
「記憶が曖昧で驚くべきことばかりですが、こうして気にかけて食事を届けてくれるのがありがたいです。だから、不安はありませんよ。ありがとうございます、セレネさん」
自分の名前をまっすぐに呼ばれ、セレネは心臓が少しだけ跳ねるのを覚えた。慌てて表情を引き締め、ふいっと顔をそむける。
「べ、別にあなたの心配をしているわけじゃないわ。村の規則だから運んでいるだけよ。って言うか、どうして 私の名前を知っているのよ。まだ名乗っていないわよ?」
「ここに向かう途中で村の方が『セレネ様』と呼んでいたので、てっきりそうなのかと思っておりました。間違っていたら申し訳ありません。」
「間違っていないわ。私の名前はセレネ、風の巫女よ。
一応よろしく。……あと、残さず食べなさいね。」
それだけ言い残すと、セレネは早足で地下牢の階段を駆け上がっていった。一人残されたシンは、温かいスープの入った木製の器を静かに手に取り、落ち着いた瞳でその背中を見送った。
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