13話
冷たい汗が背中を伝う感覚とともに、シンは悪夢の底から現実へと引き戻された。
漆黒の闇の中に広がる無機質な白い部屋。壁一面に並んだ複数のモニターには、理解不能な謎の文字列や無数の数字が冷たい光を放ちながら流れている。
そして、シンであろう者の身体には何本もの太い検査用のコードやチューブが無数に繋がれていた。自分は人間ではなく、ただの管理対象なのだと突きつけられるような光景。
さらに、どこからかその男を呼ぶ声が響くが、それは名前ではなく、冷徹な響きを持つ「コード番号」だった。その事実に言い知れない違和感と拒絶感が胸の内を駆け巡る。
動揺シンをよそに男の傍らに、いつの間にか白衣を纏った男が立っていた。白衣の男は無言のまま、手にしていた注射器をシンの剥き出しの腕へと迷いなく突き刺し、得体の知れない謎の薬品を一気に流し込む。
「ぐっ……あぁぁぁ――っ!」
その瞬間、血管を焼き尽くされるような地獄の痛みが全身を駆け巡り、男は喉が裂けそうになるほどの絶叫を上げた。しかし、目の前にいる白衣の男は苦しむ男を哀れむどころか、冷徹なまでの眼差しで淡々とその生体反応を手元の端末に記録し続けている。
痛みで自我が崩壊していく狂気の中、男の視界はまるで血を浴びたかのように真っ赤な光景へと染め上げられていき――。
「――っ、はぁ、はぁ……!」
荒い息継ぎとともに跳ね起きるように目を覚ましたシンは、冷や汗でびっしょりと濡れた額を押さえ、激しく波打つ心臓を鎮めるように必死に呼吸を繰り返した。
ここはいつもの見慣れたエルフの村の地下牢の天井だ。先ほどまでの悪夢の名残がまだ生々しく全身に残っており、指先が微かに震えている。
「気がついたのね、シン」
すぐ傍らから、聞き覚えのある落ち着いた、しかしどこか強い心配の色を帯びた声がかけられた。顔を向けると、そこにはローブをまとったセレネが立っていた。
彼女の顔には、夜中に叩き起こされたことに対する不満の色よりも、目の前で苦しんでいた男を案じる切実な色が濃く浮かんでいる。
「……セレネさん? どうしてここに……?」
シンがかすれた声で尋ねると、セレネは小さく息をつきながら牢の格子越しに話しかけた。
「どうしてって、当然でしょう。夜中だというのに、あなたが突然ものすごい悲鳴を上げて呻き叫び出したものだから、外で見張りをしていた衛兵が慌てて私を呼びに来たのよ。あまりにも尋常ではない様子だったから、何度も名前を呼んで起こそうとしたけれど、なかなか意識が戻らなくて……本当に、心配させないでよ」
その言葉を聞いたシンは、自分がまた厄介事を持ち込んでしまったことに気づき、申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません、セレネさん。変な夢を見て、大声を出してご迷惑をおかけしました……自分でも、そんなにひどく取り乱すとは思いませんでした。」
シンが自嘲気味に苦笑すると、セレネは複雑な表情のまま彼をじっと見つめた。先ほどまでの怯えたような、しかしどこか深い絶望を含んだシンの寝言や叫び声は、ただの悪夢で片付けられるようなものではなかったからだ。
「……さっき、うなされているときに何かを必死に拒絶していたわね。それに、とても夢とは思えないほど苦しそうだったけれど……一体、何を見たの?」
セレネの問いかけに、シンは自分の腕に視線を落とし、微かに目を伏せた。記憶のほとんどを失っている自分にとって、あの夢が記憶の一部であるのか、それとも悪夢の一種なのか、何を意味するのかなど分かるはずもない。
「……夢の中の出来事ですから、きっとあてになりませんよ。自分が元いた世界のことなのか、それとも頭の片隅に残るただの幻覚なのか……僕にもよく分からないんです」
はぐらかすような、けれどどこか切なさを纏ったシンの言い方に、セレネは首を横に振った。
「たとえ夢だとしても、あなたの記憶の手がかりになるかもしれないわ。それに……」
セレネは言葉を一度区切り、まっすぐにシンの瞳を見据えた。
「一人でそんなふうに苦しみを抱え込んでいる姿を、私は見過ごせないのよ。だから、話せる範囲でいいから教えてちょうだい」
その真摯な眼差しと、自分を気遣ってくれる彼女の優しさに触れ、シンはわずかに目を見張った。他人行儀だった二人の間にあった壁が、少しずつ、しかし確実に溶けていくような気がして、シンは困ったように、けれどどこか柔らかく微笑んだ。
「……ありがとうございます、セレネさん。そう言ってもらえるなら、少しずつ思い出せることから話しますね」
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