12話
青空を引き裂くような甲高い咆哮が響いた瞬間、再び村の警鐘がなりエルフの村の平穏は暴力的に踏みにじられた。
木々のざわめきに紛れて突如として現れたのは、以前とは異なる漆黒の外殻を持つ凶暴な魔物の群れだった。
しかし、数日前の奇襲があり警戒をしていた村人たちや衛兵たちは、いつ襲われてもおかしくないという緊張感を維持していたため、訓練された足取りで素早く陣形を整え、洗練された動作で風や炎の魔法を次々と詠唱していく。前回の襲撃をしっかりと活かし、迅速な避難が行われ、混乱の色は微塵もなく、むしろ統率のとれた見事な迎撃態勢が構築されていた。
そんな整然とした戦場の隅で、シンは周囲の衛兵や若いエルフたちの立ち回りを邪魔しないよう、鋭い観察眼を働かせて周囲へと気を配っていた。彼は自ら前に出るのではなく、味方の死角を突こうとする魔物に対して、ナイフや槍を投擲し、敵の意識をそらすようにフォローに回る。
「――そこだ!」
その瞬間、シンの纏う空気がガラリと変わった。普段の穏やかで丁寧な物腰はどこかへ消え失せ、その身体が弾丸のように飛び出す。襲いかかってきた大型の魔物の死角へと鮮やかに潜り込み、無駄のない最小限の動きで相手のバランスを崩し、鋭い一撃を叩き込む。そして素早く離脱した瞬間、衛兵たちの魔法が集中する。
手にした即席の武器や周囲の環境を柔軟に利用したその戦闘スタイルは、魔物の体勢を崩し村人たちの攻撃の隙を作る。あまりにも的確すぎるシンの立ち回りで、周囲の村人たちが安全に遠距離から攻撃をすることができ、結果として村は最小限の被害で魔物の撃退を見事に成し遂げたのだった。
だが、連日の襲撃という異常事態は、いかに冷静さを取り戻しつつある村の内部であっても、決して無視できない確かな不安を生み出していた。
魔物の討伐直後、村の中心にある集会所では緊急の長老会議が招集されていた。その空気は、張り詰めた弦のように重く冷たい。
集会所の中心に立つ村の高齢のエルフが、手にしていた杖をガツンと激しく床に突きつけ、周囲を威圧するように声を荒らげた。
「あの人間が村に来てからだ! あやつが禍いを招いているとしか思えん!」
その剥き出しの敵意と激しい剣幕に、長老たちの間にも動揺の波が走る。シンを危険視し、これ以上の混乱を避けるために早急に村から排除すべきだという強硬な意見が飛び交う。
しかし、一方で、近頃の魔物の襲撃から村を守るためにシンがどれだけ尽力しているかを知る者たちからは、彼を擁護する声も上がっていた。
「待ってください。彼は常に村のために動いてくれています。それを見ずに彼のせいにするのは短絡的すぎます」
そう言って一歩前に出たのは、風の巫女であるセレネだった。彼女は毅然とした態度で周囲を見渡し、村人の多くがシンに対する見方を改め、彼の誠実な姿勢に信頼を寄せ始めていることを静かに進言する。
「彼が悪意を持ってこの村に災いをもたらしているわけではありません。これまでの彼の行動を見れば、それは明白なはずです」
そのセレネの言葉を聞いた瞬間、先ほど声を荒らげていた高齢のエルフは顔を真っ赤に怒らせて、さらに声を張り上げた。
「巫女ともあろう者があやつに誑かされたか! 村の守り手であるはずのあなたが、あのような異端の人間を庇うなど正気か!」
怒号が飛び交う会議室の中で、しかしセレネは微動だにせず、冷徹なまでの冷静さを保ったまま首を横に振った。
「私は誑かされてなどいません。私たちが下すべきなのは、偏見に基づいた感情論ではなく、彼がこの村に何をもたらし、どう行動してきたかという『功罪』を冷静に見極めた上での判断です」
セレネの揺るぎない正論に、先ほどまで気炎を上げていた長老も返す言葉を失い、会議室は重苦しい沈黙に包まれたのだった。
会議が散会となったあと、疲労の色を隠せない足取りで集会所をあとにしたセレネは、そのままシンのもとへと向かった。
村のはずれにある作業場で、シンは静かに壊れた道具の修繕を行っていた。ふと足音に気づいて顔を上げた彼は、近づいてきたセレネの顔を見るなり、その表情をわずかに曇らせる。
「セレネさん、お疲れ様です……って、なんだかすごく疲れた顔をしていませんか? よかったら、温かいお茶でも淹れますけど、どうしました?」
心配そうに声をかけてくるシンに対して、セレネは小さく息をつきながら、どこか呆れたような、しかし微かに安堵の色を含んだ複雑な表情で彼を見据えた。
「あなたのせいでこうなっているのよ。もう散々追求されてきたのだから…。まったく、私の最近の悩みの種はほぼあなたなのだからね」
セレネが投げかけたその言葉には、呆れながらも彼を信じ抜こうとする強い意志と、どこか距離が縮まった者同士の親密さがしっかりと滲んでいた。
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