11話
不気味に群れをなした魔獣が村を脅かしてから一夜が明け、ようやく平穏を取り戻したエルフの村には、昨日の激戦の爪痕が痛々しく残されていた。
集会場では、白髪を蓄えた長老たちが険しい表情で机を囲み木製の杖を床に突いていた。
「これほどの規模の魔獣が里の近くまで現れるなど前代未聞じゃ。しかも、あのような凶暴な個体が群れをなすとはな」
「うむ。精霊の森の結界に何か異常が起こった証拠かもしれん。これが何か最悪の兆しでなければよいが……」
別の長老が眉間に深く皺を寄せ、重々しく溜息を吐く。卓を囲む者たちの間には、一様に言い知らぬ不安の色が広がっていた。
その議場の末席に控えていたセレネは、膝の上でしっかりと握りしめた拳にぐっと力を込めた。
(私の力が足りないから、あのような魔物を村の近くまで引き込んでしまった……。長老たちがこれほど懸念している今、私がもっとしっかりしなければ、この村の平穏を守り抜くことはできない…)
胸の奥で渦巻く責任感に突き動かされ、セレネは表情を引き締めて席を立った。彼女は自らの務めを果たすため、村の安全確認へと足早に向かうのだった。
同じ頃、村の広場では、破損した民家の撤去や修繕作業が進められていた。
村人が魔法で木材を大まかに切断し、それをシンが細かく形を整える。他にも土魔法を使って土台や外壁を作ったりと役割分担をしていた。
「ここをもう少し補強しますね。そちらの木材を切ってもらえますか?」
「あ、ああ。わかったよ、シン」
声をかけたのは、昨日まで人間の不審者であるシンをどこか警戒し、遠巻きに見ていた村人の男性だった。
しかし、昨日の魔物襲撃の際、シンが身を挺して子供を救い、機転を利かせて村を守った姿を目撃して以来、村人たちの彼に対する風当たりは劇的に柔らかくなっていた。
今ではこうして隣り合い、当たり前のように共同作業を行っている。
シンは手際よく工具を動かしながら、ふと額の汗を拭った。
「このあたりの木材の加工は終わりましたけど、ほかに手伝うところはありますか?」
「いや、こっちはもう大丈夫だ。それよりシン、少し休憩にしないか? お前もずっと動きっぱなしだったろ」
村人の男性が気さくに肩を叩いて笑う。シンは柔らかく微笑み、それじゃあ少し休ませてもらいます、と工具を置いた。
その時、広場の端からトコトコと小さな足音が近づいてきた。見れば、昨日の襲撃の際にシンが魔物から救い出したあの女の子と、その母親らしき女性の姿があった。
「あの……シン様、でよろしかったでしょうか?」
母親が少し緊張した面持ちで頭を下げ、その傍らで女の子が恥ずかしそうに両手で小さな花束を差し出す。
「昨日は、娘を命がけで助けていただき、本当にありがとうございました。私共、どうお礼を伝えていいか……これ、村の端に咲いていた花ですけれど、受け取っていただけますか」
シンは驚いたように目を丸くし、それから心からの温かい笑みを浮かべた。彼はかがみ込み、女の子の目線に合わせるようにして両手で花束を受け取る。
「ありがとうございます、こういうのはすごく嬉しいです。大切にしますね」
シンの優しい口調と飾らない人柄に、母親も女の子もほっとしたように表情を和らげた。女の子が「お兄ちゃん、ありがとう!」と元気に笑い、母親に手を引かれて駆けていく背中を、シンはしばらく目を細めて見送っていた。
その様子を少し離れた場所から見ていたセレネは、ふと足を止めた。 巫女としての重責に縛られ、村人たちともどこか距離を置いて孤立していた自分とは違い、シンは持ち前の誠実さと優しさで、短期間のうちに村の人々の心に自然と溶け込んでいく。その光景は、セレネの胸に小さくも確かな波紋を広げていた。
(あの人は、どんな状況でもまっすぐで……私とは、違うのね)
複雑な思いを抱きつつも、セレネは歩みを進め、作業を終えて道具を片付けていたシンのもとへと近づく。
「シン。作業は順調かしら?」
声をかけられたシンは、振り返っていつもの丁寧な物腰に戻る。
「あ、セレネさん。お疲れ様です。皆さんのおかげで作業は順調です。エルフの魔法ってすごいんですね!丸太があっという間にスパスパって切れちゃって…、それより村のほうの巡回はどうでしたか?」
「ええ、特段異常は見当たらなかったわ。……それにしても、すっかり村人たちとすっかり馴染んでいるのね」
セレネが少し呆れたような、しかしどこか柔らかいトーンで告げると、シンは困ったように頭をかいた。
「いえ、自分は大したことはしていませんよ。皆さん親切にしてくださるので助かっています。それに、セレネさんこそ無理をしていませんか? 昨日のこともありますし、あまり一人で抱え込みすぎないでくださいね」
その言葉は、他人行儀な響きを含みつつも、確かに相手を気遣う温かさを帯びていた。 セレネはわずかに目を伏せ、しかしすぐに顔を上げてまっすぐシンを見据えた。
「私は風の巫女よ。この村の平穏を守るのは私の務めだもの。……あなたに心配されなくても大丈夫よ」
ぶっきらぼうでありながらも拒絶の色はないその返しに、シンはくすりと笑う。二人の間に流れる空気は、出会った頃の張り詰めた緊張感とは違い、少しずつ距離が縮まっていることを静かに物語っていた。
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