第93話 村の記憶
聞き取り調査は2日目に入った。
レオンたちは村の古い水路を確認していた。
学院の地図では、村の東側から小川を引き込み、畑を通って南へ流す構造になっている。
しかし、実際の水路は西側から村へ入っていた。
「地図が古いんじゃない?」
ノアが水路へ手を入れる。
「作り直したなら、それで説明できる」
近くで作業していた老人が首を傾げた。
「作り直してなんかいないぞ」
「昔からこちらですか?」
「俺が子どもの頃からな」
老人は西側の水路を指した。
「東にも昔は水が流れてたらしいが、俺が生まれるより前の話だ」
学院の地図が間違っている。
そう考えれば簡単だった。
だが、地図の作成日は12年前になっている。
レオンは老人へ確認した。
「12年前に、学院か役所の人が測量へ来ませんでしたか?」
「来たよ。白い杭を立てて、川や畑を測ってた」
「その時も水路は西側だった?」
「もちろんだ」
ノアが黙り込んだ。
学院を疑うことに、これまで誰より慎重だった。
レオンはすぐには声をかけず、地図へ現在の水路を書き込む。
村の中央へ戻ると、別の食い違いが見つかった。
広場の端に、新しい家が3軒並んでいる。
学院の資料では、その場所は「旧火災跡地」とされ、10年前の火災以降は空き地になっているはずだった。
「火事?」
住民の女性が首を傾げた。
「そんな大きな火事、私は知らないわ」
「10年ほど前です」
「ここで?」
近くにいた別の住民も知らなかった。
年齢から考えれば、当時すでに村にいた人たちだ。
ようやく、80歳を超える老人が口を開いた。
「大きな火事なら、もっと昔にあった」
「いつ頃ですか?」
「俺がまだ若かった頃だ。今の広場じゃない。村の北側だったはずだ」
場所も年代も合わない。
夕方。
ノアは宿泊用に借りた集会所で、学院の資料と聞き取り記録を何度も見比べていた。
「変だ」
レオンが隣へ座る。
「どこが?」
「全部」
ノアは地図を指した。
「水路だけなら測量ミスかもしれない。火災だけなら記録の書き間違いかもしれない。魔物だけなら生態が変わったのかもしれない。でも、全部が同じ地域で起きる?」
レオンは答えなかった。
代わりに、自分たちが確認した事実だけを並べる。
「今は、違いが複数ある。それだけだ」
「前なら、学院の資料の方が正しいと思ってた」
ノアは小さく息を吐いた。
「でも、ここに住んでる人たち全員が同じ間違いをしてるとも思えない」
「だから比べる」
レオンは新しい紙を1枚出した。
学院の記録。
現地の地形。
住民の記憶。
3つを別々の欄に分ける。
同じ出来事を、最初から1つの答えへまとめないために。
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