第90話 消えた印
北東森林から戻って3日後。
レオンたちは資料室へ呼ばれた。
机にはクラリスが集めた古い調査記録と、複数年代の魔力分布図が並べられている。
「灰牙狼について確認が取れました」
クラリスが1冊の記録帳を開いた。
「北東森林で最後に正式確認されたのは、17年前です。それ以降の調査では確認されていません」
「昔はいたんですね」
ノアが記録へ顔を近づける。
「ええ。ただし、17年前の確認も1体だけです。定着していたのか、別地域から迷い込んだのかは判断できません」
つまり、今回の2体だけで生息域が変わったとは言えない。
それでも、公的な生息表には過去の確認例すら記されていなかった。
レオンは別の資料を見た。
年代の違う魔力分布図が3枚ある。
古い地図には、北東森林の測定地点の一部に小さな印が付けられていた。
「この三角は?」
「要再測定を示す印です」
クラリスが答える。
10年前の地図には3か所。
7年前には2か所。
現在使用されている地図には、1つもない。
「正常になったから消えたんじゃないの?」
ノアが言う。
「その可能性もある」
レオンは測定記録を開いた。
要再測定となった地点を順番に確認する。
再測定の結果はいずれも規定範囲内だった。
異常なし。
その判断自体に、不自然なところはない。
ミナが地図を指でなぞった。
「でも、この場所」
北東森林の野営地だった。
もう1か所は、1年生の学院外実習で予定外の魔物と遭遇した地域に近い。
「偶然かもしれないわ」
ユリアが言う。
「だから、他の地点も比べる必要があるわね」
レオンは過去の調査記録を探した。
要再測定となった3か所のうち、2か所には再調査報告が残っている。
しかし、残る1か所だけ、報告書の番号が飛んでいた。
前後の書類はある。
目録にも番号は残っている。
中身だけがない。
「貸し出し中ですか?」
セイルが尋ねる。
クラリスは保管記録を確認した。
「貸出履歴はありません」
「紛失?」
「その可能性もあります」
クラリスは、そこで結論を出さなかった。
レオンも同じだった。
紙が1つなくなっているだけなら、管理上のミスかもしれない。
だが、北東森林では古い道が地図から消えていた。
過去に確認された魔物は生息表から消えていた。
要再測定の印も、現在の地図から消えている。
消えているものが、少しずつ増えていた。
担任が資料を閉じた。
「疑うのは勝手だ。ただし、疑ったものを事実にするな」
「分かってます」
レオンは現在の魔力分布図を見た。
異常なし。
その言葉が、以前より少しだけ違って見えた。




