↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/128

第88話 引き返す理由

倒れた狼型魔物の周囲には、爪で削られた土と血が残っていた。

ノアがセイルの胸元へ布を当て、傷口を確認する。爪は学院服を裂いていたが、傷は浅い。出血もすでに弱まっていた。


「痛みは?」


「少しある。でも、腕も動くし、歩ける」


セイルが右腕を回す。

動きに不自然なところはなかったが、服の下には赤い線が3本残っている。


担任は傷口を確認したあと、レオンたちを見回した。


「これからどうする?」


「野営地へ戻るべきだと思います」


レオンは答えた。


ガルドが西側の森へ目を向ける。


「逃げた1体は追わなくていいのか?」


「追わない。負傷者が出たうえに、森の奥に何がいるのか分からない。道標の確認と魔力測定は終わってる」


「セイルは歩けるぞ」


「今はな。傷が深くなる可能性もある」


セイルが何か言おうとしたが、胸元の布を見て口を閉じた。


レオンは地図を開いた。

予定された調査範囲は、地上へ露出した道標までだった。西側の森へ進めば、任務の範囲を外れる。


「確認できたことを持ち帰る。森の奥へ入るなら、今回の記録を提出して、許可と装備を揃えてからだ」


担任はすぐには答えなかった。


「目的地へ到着し、測定も終わった。負傷者が1人。正体の分からない危険が西側にある可能性。続けて得られる情報より、増える危険の方が大きい。そういう判断か?」


「はい」


「なら戻る。撤退準備をしろ」


ガルドはまだ森の奥を気にしていたが、盾を背負い直した。

ユリアとミナは周囲の警戒を続け、ノアはセイルの傷を固定する。レオンは倒れた魔物の状態を記録した。


全長、肩までの高さ、牙と爪の長さ。

学院の資料と比較できるよう、右手から短いゼロスレッドを伸ばして測っていく。


以前からあった背中の傷は、爪や牙によるものに見えた。ただし、傷をつけた相手までは分からない。

腹部は痩せ、肋骨の形が浮いている。口の周囲に付着した血の多くは、追っていた牙猪のものだった。


「この魔物、ずっと食べてなかったのかな」


ノアが離れた位置から身体を見る。


「痩せてはいる。でも、いつから食べていないかまでは判断できない」


レオンは確認できた特徴だけを書いた。


担任が倒れた魔物の足元を指す。


「足跡も残せ」


土には、西から東へ続く足跡があった。

森の中を探るように曲がった形ではなく、ほぼ一直線に続いている。追跡していた牙猪の足跡も同じ方向だった。


セイルが周囲を見回す。


「最初から牙猪を追っていたなら、もっと足跡が乱れそうだけどな」


「途中で見つけたのかもしれないわ」


ユリアが答える。


「西から移動している途中で獲物を見つけ、そのまま追ってきた。今の足跡だけなら、その可能性もあるわね」


魔物が何かから逃げていたのか。

餌を求めて移動していただけなのか。

傷を負った原因と移動の理由は、まだ結びつけられない。


記録を終えた一行は、来た道を戻り始めた。

セイルは自分で歩いたが、先頭から中央へ移動する。代わりにユリアが前方を確認し、ガルドがすぐ後ろについた。


森の西側からは、何度か枝が擦れる音が聞こえた。

しかし、新たな魔物は現れなかった。


野営地へ戻った時には、日が傾き始めていた。

地中から見つかった境界標らしき石に変化はなく、周囲の目印も動いていない。


ミナが石の近くへ立ち、魔力の流れを確認する。


「朝と同じ。石からは何も出てない」


「今日はもう測らない」


担任が言った。


「天幕を片づける。日が沈む前に森を出るぞ」


「ここで、もう1泊する予定では?」


ノアが尋ねる。


「予定を変更する。セイルの傷を森の外で確認し直す。未知の危険がある可能性を把握したまま、同じ場所に留まる理由もない」


6人は天幕を畳み、荷物を分けた。

セイルには軽い荷物だけを持たせ、残りをガルドとレオンが引き受ける。


野営地を離れる前に、レオンは露出した石を振り返った。

魔力測定の数値は安定範囲内。

石そのものからも、異常な反応は確認されていない。


それでも、その周辺では学院の生息記録にない魔物が現れた可能性がある。

数字だけを見れば異常はない。

現地で起きた出来事まで含めれば、そうは言い切れなかった。


森の手前まで戻った頃には、空が赤く染まっていた。

残していた幌馬車へ荷物を積み、担任がセイルの傷をもう一度確認する。


「出血は止まっている。今夜は森の外で休み、明日の朝に学院へ戻る」


「任務は失敗ですか?」


ノアが尋ねた。


担任は記録用紙を受け取り、目を通した。


「指定された道標を確認し、魔力を測定し、地形と魔物を記録した。危険が増えた時点で撤退し、全員が戻った。何を失敗したと思っている?」


「予定していた日数より、早く戻ったので」


「予定どおり森に残り、負傷者を増やす方が失敗だ」


担任は記録用紙をレオンへ返した。


「ただし、撤退した理由を証明できなければ、怖くなって逃げただけと判断される。見たものを正確に書け」


焚き火を起こしたあと、レオンたちは学院から渡された魔物生息表を広げた。

北東森林で過去に確認された魔物が、危険度とともに並んでいる。


牙猪型の魔物は記載されていた。

遭遇数は少なく、通常は人間を避けるとある。


レオンは次の欄へ指を滑らせた。

しかし、今日戦った大型の狼型魔物に該当する記録は見つからない。


「別の種類として載ってるんじゃない?」


ミナが尋ねる。


「似た特徴の魔物も確認しよう」


全員で資料を調べたが、肩まで届く大型の狼型魔物も、2体以上で行動する近い種類も記載されていなかった。


生息表の末尾には、前回の調査結果が記されている。


大型狼型魔物――生息確認なし。


レオンは今日の記録用紙を、その横へ置いた。

学院の資料に書かれた魔力濃度は、現地で測った数値と一致していた。


魔物の記録は、一致していなかった。

良ければブックマークしていただけると泣いて喜びます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。