第84話 野営地の下
出発当日の朝、学院の東門には2台の幌馬車が並んでいた。
荷台には食料、水樽、天幕、魔力測定器、応急処置用の道具が積まれている。今回の実習に参加するのは、レオン、ユリア、セイル、ガルド、ミナ、ノアの6人と担任だった。
「自分の荷物を、もう一度確認しろ」
担任は地図を片手に、6人の荷物を順番に見ていく。
「学院の外では、忘れたから取りに戻るというわけにはいかない。ただし、持てない量を持っていくのも同じくらい愚かだ」
ガルドの袋から、盾の補修に使う金属板が3枚出てきた。
「予備です」
「1枚でいい」
「全部壊れたら?」
「まず、盾が壊れたら撤退しろ。予備は撤退時に使え。」
次にセイルの荷物から、大量の乾燥肉が見つかった。
ガルドが横から覗き込む。
「お前、森に住むつもりか?」
「食料が足りなくなるよりいいだろ」
「班の食料は荷台にある。個人で持つのは1日分までだ」
担任に言われ、セイルは不満そうに乾燥肉を戻した。
レオンの袋には、短剣、筆記具、予備の記録用紙、補修用の糸、左手の固定具が入っている。
担任は固定具を持ち上げた。
「左手の状態は?」
「普段は問題ありません。長く魔法を使うと、少し痛みが残ります」
「痛みが出た時点で報告しろ。動かなくなるまで黙っているな」
「分かりました」
全員の確認が終わると、幌馬車は東門を出た。
王都の石畳を抜け、北東へ続く街道を進む。高い城壁と学院の塔は徐々に小さくなり、丘を越えたところで見えなくなった。
街道の両側には畑が広がり、その先に低い林が続いている。
学院の地図では平らな道として描かれていたが、実際には轍が深く、雨水で削られた場所も多い。
「右側の路肩、少し崩れてる」
ミナが馬車から身を乗り出さないよう注意しながら、記録用紙へ書き込む。
「荷車なら通れるけど、雨が降ったら危ないかも」
ノアが空を見上げた。
「今日は大丈夫そう。でも、森の近くは雲が残ってる」
レオンは地図へ位置を記した。
地図と現地が違うからといって、すぐに地図が誤っているとは限らない。作成後に地形が変わった可能性もある。
違いを見つける。
理由は、確認してから考える。
それが今回の実習で求められていることだった。
昼を過ぎた頃、街道の先に北東森林が見え始めた。
王都周辺の林よりも木々が高く、奥へ進むほど枝葉が重なっている。遠くから見ただけでは、内部の様子はほとんど分からない。
幌馬車は森の手前で止まった。
ここから先は徒歩で進む。
「隊列を決める」
ユリアが地図を開く。
「先頭はセイル。次に私とノア。中央にミナとレオン。ガルドは後方をお願い」
「先生は?」
ガルドが尋ねる。
「最後尾だ。お前たちが見落としたものを見る」
担任は答えた。
森へ入ると、地面の感触が変わった。
落ち葉の下には湿った土があり、場所によっては足が沈む。古い轍のような窪みが断続的に残っていたが、道と呼べるほど明確ではない。
「昔の道かもしれない」
セイルが足元を確認する。
「木が生えた後にできた獣道にも見えるわ」
ユリアは周囲の木々へ視線を向けた。
「今は決めなくていい。位置だけ残そう」
レオンは記録用紙へ書き込んだ。
右手から短いゼロスレッドを伸ばし、木の幹までの距離を測る。強く引かなければ、糸は安定していた。
訓練場より風があり、枝や草が触れるたびに僅かに震える。
学院の中では存在しなかった条件が、1つずつ増えていく。
夕方になる前に、一行は指定された野営地へ到着した。
周囲より木が少ない、円形の空き地だった。近くには細い川が流れ、過去にも学院の実習で使われたらしく、焚き火の跡が残っている。
「周囲を確認してから天幕を張る」
担任の指示で、6人は役割ごとに分かれた。
セイルとユリアが周辺を見回り、ノアが水場を調べる。ミナは空き地の魔力を確認し、レオンは現在の地図と書き写してきた古い地図を重ねた。
川の位置。
北側の尾根。
森の外へ続く街道。
基準となる場所を合わせると、野営地は古い地図に描かれた2基目の境界標とほぼ重なっていた。
「やっぱり、この辺りだ」
レオンの声に、ガルドが近づいてくる。
「でも、石なんて見当たらねえぞ」
空き地にあるのは草と土だけだった。
倒れた石柱も、砕けた破片も見つからない。
「地図の位置が少しずれていた可能性もあるわ」
ユリアが戻りながら言った。
「先に天幕を張ろう。暗くなってからでは遅いもの」
ガルドが荷物を下ろし、天幕の杭を地面へ打ち込む。
2本目までは問題なく入った。
3本目を打った瞬間、木槌の音が硬く変わった。
ガルドはもう一度振り下ろす。
杭は同じ深さで止まった。
「岩に当たった」
場所を少しずらして打つ。
そこでも、杭は同じ位置から先へ進まなかった。
ノアが土へ触れる。
「自然の岩なら、こんなに真っすぐ続かないと思う」
「掘り起こすな」
担任が制止した。
「表面だけ確認しろ。それ以上は触るな」
ガルドが盾の縁で土を浅く除け、ノアが少量の水で固まった泥を流す。
やがて、草の下から平らな石の面が現れた。
石の縁は人工的な直線を描き、中央には浅い溝が刻まれている。
事前報告に記されていた古い道標と、よく似た形だった。
ミナがしゃがみ込み、石の表面を見つめる。
「今は、魔力が流れてない」
レオンは右手からゼロスレッドを伸ばした。
露出した石の端へ沿わせ、幅を測る。糸は土の下へ続く縁に触れたが、その先までは分からなかった。
「下に、まだ続いてる」
「位置と形だけ記録しろ。天幕は別の場所へ移す」
担任は周囲へ目印を置いた。
「日没が近い。詳しい確認は、明るくなってからだ」
レオンたちは露出した部分をそのまま残し、少し離れた場所へ天幕を張った。
焚き火の準備が終わる頃には、森の奥へ太陽が沈み始めている。
古い境界標は、なくなったわけではなかった。
長い時間の中で土に覆われたのか、誰かが意図して埋めたのかは、まだ分からない。
ただ1つ確かなのは、学院が何年も使用してきた野営地の下に、それが残っていたことだった。
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