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第83話 重なる座標

北東森林地帯への出発まで、残り5日。

レオンたち6人は、学院の地図資料室に集まっていた。

机の中央には、リゼットが持ち込んだ30年前の街道調査図が広げられている。その隣に置かれているのは、学院が現在使用している王都周辺地図と魔力分布図だった。


「古い地図は今日中に返却する必要があるわ。必要な部分は、ここで書き写して」


リゼットは紙筒を机の端へ置いた。


「家の人には、何を調べているか話したのか?」


ガルドが尋ねる。


「学院外実習の参考資料が必要だとだけ伝えたわ。嘘ではないでしょう?」


「全部は言ってねえけどな」


「聞かれていないことまで説明する必要はないわ」


リゼットは平然と答えた。

担任が追加の資料を机へ置く。王都周辺で行われた過去10年分の魔力測定記録だった。


「現在の地図だけ見て、安全だと思い込むな。古い資料が正しいとも限らない。違いを見つけて、現地で何を確認するか決めろ」


レオンは3枚の地図を見比べた。

古い地図には森林の中へ続く細い道と、その先に並ぶ3基の境界標が描かれている。現在の地図では道も境界標も消え、森を示す記号だけが続いていた。

地図の縮尺も描き方も異なるため、見ただけでは正確な位置を重ねられない。


「川の曲がり方を基準にしよう」


ノアが古い地図を指さした。


「森は広がったり切られたりするけど、川なら大きくは動かないと思う」


「北側の尾根も使える」


ユリアが現在の地図へ目を移す。


「川と尾根を合わせれば、境界標のおおよその位置は出せるわ」


セイルが紙の端へ印を付け、ミナが2枚の地図を見比べる。

レオンは右手の人差し指からゼロスレッドを伸ばした。糸は机の四隅へ向かい、古い地図の端を押さえる。

太さは揃っていなかったが、紙を固定する程度なら切れずに維持できた。


「右手、もう使えるようになったの?」


ミナが糸を見る。


「押さえるだけなら」


「昨日は木杭に届かせるだけで肩を痛めてたよね」


「今日は引っ張ってない。必要な力が違う」


右肩に僅かな熱はあるが、痛みはない。

強く伸ばすのではなく、短い糸を一定の位置に維持する。目的を絞れば、右手でも安定させられた。


セイルが新しい紙を重ね、川と尾根の位置を書き写していく。

やがて、古い道と3基の境界標の位置が現在の地図へ移された。


「待って」


ミナが魔力分布図を引き寄せた。


「この丸、境界標の位置と重なってない?」


魔力分布図には、測定地点を示す小さな丸が並んでいる。

古い道に沿って書き写した3つの印と、そのうち2つがほぼ同じ位置にあった。


「偶然じゃないのか?」


ガルドが顔を近づける。


「3つ目も少しずれてるだけだ」


ノアが縮尺を確認しながら言う。


「川からの距離を合わせたら、全部同じ場所になると思う」


古い地図では境界標。

現在の魔力分布図では番号だけが付けられた測定地点。

名称は消えているが、位置そのものは残っていた。


レオンは測定記録を開いた。

地点ごとに季節、天候、魔力濃度が記されている。最も街道に近い地点は毎年測定されていたが、森の奥にある2地点は記録が少なかった。


「こっちは3年前から測定されてない」


レオンが指を置く。


「でも、現在の分布図では安定地域になってる」


ユリアが記録と地図を見比べる。


「最後の測定結果を、そのまま使っているのかもしれないわ」


「測っていない場所を、異常なしとして扱っているってこと?」


ミナが尋ねる。


「それだけでは決められない」


レオンは記録の続きを確認した。

測定できなかった理由として、街道の廃止、倒木による通行困難、魔物増加の3つが記されている。どれも不自然な理由ではない。


ただし、地図から道そのものが消えた理由は書かれていなかった。


「現地で確かめるのは、道標だけじゃない」


レオンは新しい紙へ項目を書き出した。


「古い道が残っているか。測定地点へ入れるか。現在も安定地域なのか。この3つを分けて確認する」


「任務の範囲を越えない?」


ノアが尋ねる。


担任が壁際から答えた。


「今回の任務は、指定された経路の安全確認と魔力測定だ。森の奥を勝手に探索すれば、任務違反になる」


「道が見つかっても、追わない方がいいですか?」


「安全を確認できない場所へ入るな。何か見つけた場合は、位置を記録して持ち帰れ。調べるのは許可を得てからだ」


レオンは頷いた。

知りたいことと、今やるべきことは同じではない。

地下施設では、目の前の手がかりを追うしかなかった。学院外では、自分たちの判断が班全員の生死に関わる。


資料の確認を終えると、担任が今回の行動経路を記した地図を広げた。

王都を出て北東の街道を進み、森林の手前で1泊する。翌朝から森へ入り、魔力測定を行いながら、報告された古い道標を確認する予定だった。


「野営地はここだ」


担任が森林内の空き地を指した。


「水場が近く、過去の実習でも使用されている。初日はここを拠点に周囲を確認する」


ノアが先ほど書き写した地図を隣へ並べた。

川と尾根の位置を合わせ、野営地へ印を付ける。


全員の視線が、同じ場所で止まった。


学院が指定した野営地は、古い地図に描かれた2基目の境界標と重なっていた。

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