第82話 6人の役割
北東森林地帯への出発まで、残り6日。
レオンたち6人は、第3訓練場の中央に並んでいた。
目の前には、倒木や岩壁を模した障害物が置かれ、その奥に赤い布を巻いた木製人形が立っている。
「今日の課題は、あの人形を回収してここまで運ぶことだ」
担任は、レオンたちへ1枚ずつ記録用紙を渡した。
「制限時間は20分。人形は負傷した住民として扱う。周囲の地形、発見した危険、各自の行動も記録しろ」
「敵はいないんですか?」
ガルドが尋ねる。
「いるかもしれないし、いないかもしれない。事前に分かる任務ばかりだと思うな」
訓練場の中には、魔物を模した標的も置かれていた。動くもの、地面に伏せているもの、岩陰から半身だけを見せているものがある。
どれが動くかは知らされていない。
「役割を決める」
ユリアが地図を広げた。
「セイルは先行確認。ミナは魔力の流れを見る。ノアは足場と水分の変化。ガルドは人形の回収と防衛。私は進路を作る」
「レオンは?」
ノアが尋ねる。
「全員の情報を集めて、進路を決めてもらう」
レオンは頷いた。
戦闘なら、目の前の相手を見ればよかった。
今回は6人が別々に得た情報をつなぎ、限られた時間で判断しなければならない。
担任が片手を上げる。
「始めろ」
セイルが風をまとい、障害物の間を駆け抜けた。ユリアがその後を追い、足元へ薄く氷を広げる。
ミナとノアは左右へ分かれた。ガルドは中央を進み、レオンは全員が見える位置を保つ。
「右側、伏せてる標的に魔力が流れた!」
ミナの声が飛ぶ。
「動くぞ!」
ガルドが盾を構えた。
伏せていた獣型の標的が跳ね上がり、木製の牙を向ける。ガルドが正面から受け止め、ユリアの氷が標的の脚を固定した。
その間に、セイルが倒木の奥から声を上げる。
「人形を見つけた! ただし、左側の地面が沈んでる!」
「水が溜まってる。見た目より深いよ!」
ノアが地面へ触れながら続ける。
レオンは右手を開いた。
前日の訓練では、右手から伸ばしたゼロスレッドが木杭まで届いた。今日は糸を倒木へ固定し、距離と進路を確かめる。
右の人差し指から、色のない糸が伸びる。太さはまだ一定ではないが、前日より震えは少なかった。
糸が倒木へ触れる。
レオンは張り具合から距離を測ろうとした。
その瞬間、訓練場の左側で金属音が鳴った。
別の標的が起動していた。
木製の腕から放たれた球が、セイルの背中へ向かう。
「セイル、後ろ!」
レオンの声より早く、ガルドが盾を投げた。
球が盾へぶつかり、地面へ転がる。
「前だけ見るな!」
ガルドが叫ぶ。
「分かってる!」
レオンは答えたが、右手の糸はすでに切れていた。
右手の制御に意識を向けすぎて、周囲の変化を見落とした。
その後も判断が遅れた。
人形までの安全な進路を決めきれず、ユリアが作った氷の道も途中で途切れた。セイルが人形へ到達した時には、制限時間の半分を使っていた。
ガルドが人形を担ぎ、全員で開始地点へ戻った時、鐘が鳴った。
20分を超えていた。
担任は記録用紙を受け取らず、レオンを見る。
「右手の糸は昨日より良くなったな」
「でも、任務は失敗しました」
「お前は右手を使うことを目的にした。今日の目的は何だった?」
「人形を回収して、全員で戻ることです」
「なら、必要のない場面で新しい技術を試すな。使える魔法が増えても、選択を間違えれば役には立たない」
熟練加速は、理解した技術の習熟を早める。
右手のゼロスレッドも、昨日より確実に安定していた。
だが、どの場面で使うべきかまでは教えてくれない。
「もう1回お願いします」
レオンが言う。
担任は訓練場の装置を元の位置へ戻した。
「今度は15分だ」
「短くなってるじゃねえか」
ガルドが顔をしかめる。
「1度見た地形を使って、同じ時間をかけるつもりか?」
2回目が始まった。
レオンは右手の魔法を使わなかった。セイルの報告を聞き、ミナとノアが見つけた危険箇所を地図へ書き込む。
ユリアには足場の補強を頼み、ガルドには標的を倒すのではなく、人形までの道を守るよう伝えた。
「右の標的は動かさなくていい。前を通らなければ反応しない」
「分かった」
「セイルは人形の状態を確認。動かす前に怪我の場所を教えて」
「了解」
今度は情報が途切れなかった。
ガルドが人形を担ぎ、ユリアの作った足場を戻る。標的が起動すると、ノアの水がその足元を濡らし、ミナが魔力の流れから次の動きを伝えた。
レオンは全員の位置を確認しながら、最後尾を歩いた。
鐘が鳴る前に、6人は開始地点へ戻った。
「13分42秒」
担任が告げる。
ガルドが人形を下ろした。
「最初からこっちでよかったんじゃねえか?」
「最初に失敗したから、何が要らないか分かった」
レオンは右手を握る。
魔法を増やすことと、使う場面を増やすことは同じではない。
訓練後、6人が資料室で北東森林の地図を確認していると、リゼットが訪ねてきた。
彼女は細長い紙筒を机へ置き、中から古びた地図を取り出す。
「アルヴァ家に保管されていた、30年前の街道調査図よ。持ち出しはできないけれど、ここで見る許可は得てきたわ」
学院から渡された地図を隣へ広げる。
森の形、川、街道の位置はほとんど同じだった。
しかし、古い地図には森林の奥へ伸びる細い道が描かれ、その先に3つの小さな印が並んでいる。
現在の地図には、道も印もなかった。
「この印は?」
ミナが尋ねる。
「古い境界標を示す記号よ。少なくとも、この地図が作られた時には3基あった」
リゼットが学院の地図を指でなぞる。
「こちらでは、森林として塗り潰されているわ」
事前の報告で確認されていた古い道標は、1基だけだった。
残りの2基が失われたのか。それとも、まだ森の中に残っているのか。
レオンは2枚の地図を見比べた。
学院外実習で確認すべきものが、1つ増えた。
地図から消えた道が、どこへ続いていたのか。
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