第81話 二年生の基準
第4章の始まりです。
二年生になって最初に変わったのは、教室だった。
Cクラスの教室には、前方から順位順に机が並んでいる。ユリアは14番、レオンは18番、その少し後ろにセイルが座っていた。
ガルド、ミナ、ノアも同じ教室にいる。
一年間をかけて、それぞれ別の順位から上がってきた6人が、ようやく同じクラスへ揃った。
「なんか落ち着かねえな」
後方の席から、ガルドが声をかけてくる。
「前より遠いから?」
「そうじゃねえ。周りが全員、普通に強そうだ」
「今さら気づいたの?」
ミナが横から口を挟む。
ガルドが何か言い返そうとしたところで、教室の扉が開いた。
入ってきたのは、一年生の時にDクラスを受け持っていた担任だった。
くたびれた灰色の学院服も、気だるそうな歩き方も変わっていない。
「先生が今年の担任なんですね」
レオンが言うと、担任は厚い書類の束を教卓へ置いた。
「教員の担当は年度ごとに変わる。今年は俺がCクラスを受け持つ。それだけだ」
担任は教室全体を見回した。
「進級を祝う言葉は、昨日の式典で聞いただろう。去年から顔を知っている者もいるが、扱いを変えるつもりはない。順位が上がったからといって、急に賢くなったわけでも、死ににくくなったわけでもないからな」
教室の一部から小さな笑いが漏れた。
「一年生の評価は、授業、試験、順位戦が中心だった。しかし二年生からは違う。学院外で任務を遂行できるか。住民を守り、正確な情報を持ち帰り、班員を生存させられるか。それらも順位へ影響する」
配られた書類の表紙には、二年次実習要項と記されていた。
魔物討伐、街道警備、魔力濃度の測定、地方施設の点検。学院の外で行う実習が、年間予定の多くを占めている。
「敵を倒せば終わり、ではないということですか?」
前方の生徒が尋ねた。
「討伐対象を倒し、住民を巻き込み、報告書へ誤った内容を書けば不合格だ。逆に、剣を抜かずに任務を終えられるなら、それが最善の場合もある」
レオンは実習要項をめくった。
順位を上げるだけだった頃とは、勝利の条件が違う。
自分だけが正しく動いても、班の誰かが倒れれば任務は失敗する。
書類の最後に、別の報告書が綴じられていた。
王立魔法学院地下・旧施設事故について。
レオンの指が止まる。
報告書には、老朽化した未登録施設に残されていた違法研究設備が誤作動し、一部の生徒が巻き込まれたと書かれていた。
設備はすでに停止。危険区域は封鎖され、関係資料も回収された。外部への被害はなく、学院外の組織が関与した証拠も確認されなかった。
それだけだった。
第4支部。
古い搬送台。
消された整備権限。
過去の実験対象。
A―07とB―31。
レオンたちが実際に見たものは、どこにも書かれていない。
斜め後ろを見ると、ミナも同じページで手を止めていた。
視線が合う。
「書いてないね」
ミナが声を落とす。
「複製した記録には残ってる」
「学院が知らないのか、知ってて載せてないのか」
「どっちでも、同じようには動けない」
今ここで問い詰めても、答えが返ってくるとは限らない。
レオンは報告書を閉じた。
担任は次の紙を黒板へ貼った。
王都から北東へ延びる街道と、その先にある森林地帯の地図だった。
「最初の学院外実習候補地だ。現地から、魔物の生息状況と魔力濃度が学院の記録に一致しないという報告が届いている」
教室の空気が変わった。
「異常地域なのですか?」
「現時点で、学院の正式資料には異常なしと記録されている」
正式資料には、という言葉がレオンの耳へ残る。
「来週、実習参加者を選ぶ適性試験を行う。討伐能力だけでは選ばない。観察、救助、班行動、記録の正確さを評価する。詳細は後日伝える」
地図の森林には、小さな印が付けられていた。
第80話でクラリスから聞いた、古い道標が見つかった場所だ。
学院の地下に残されていた印と似ている。
ただし、同じものだとはまだ確認されていない。
授業が終わると、担任はレオンたち6人を第3訓練場へ連れていった。
左手には、まだ薄い固定具が巻かれている。日常生活に支障はないが、長時間ゼロスレッドを使えば痛みが戻った。
担任はレオンの左手を一度見てから言った。
「今日は左手を使うな」
「魔法の訓練なのに?」
「右手がある」
レオンは右手を開いた。
魔法は左手から使う。それは無属性だからではなく、最初に成功した魔力経路を左腕で反復し続けた結果だ。
左手でしか使えないのではない。
左手でしか、使ってこなかった。
「ゼロスレッド」
右の手のひらから、色のない魔力が漏れ出した。
糸と呼ぶには太すぎる。指先へ集める前に形が崩れ、短く千切れて消えた。
「左手より不器用だね」
ミナが魔力の流れを見ながら言う。
「手首まで多すぎる。指へ流す前に漏れてる」
レオンは今の失敗を思い返した。
左手では、肩から肘、手首、指先へ流す量を無意識に調整していた。右手でも同じように動かしたつもりだったが、感覚が違う。
流す順番は同じでも、必要な量まで同じとは限らない。
もう一度、右腕へ魔力を送る。
熟練加速が、理解した修正を身体へ馴染ませていく。
今度は人差し指から細い糸が伸びた。
しかし、1メートルほど進んだところで震え、切れた。
「できたじゃねえか」
ガルドが言う。
「切れた」
「最初から左手と同じものが出たら、それはそれで怖いだろ」
レオンは右肩を回した。
僅か2回で、普段とは違う場所に熱が溜まっている。
少し離れた木杭へ向かい、踏み込む。
足裏へ流した無属性魔力が、地面へ逃げるはずだった力を次の一歩へ変えた。
ゼロステップは、風で身体を押す魔法ではない。身体そのものを強くするわけでもない。
踏み込み、方向転換、着地で生まれる力を、無駄なく移動へつなげる魔法だ。
木杭の前で止まり、右手を突き出す。
3本目のゼロスレッドが伸びた。太さは不揃いだったが、今度は木杭まで届き、表面へ絡みつく。
成功した瞬間、右肩に鋭い痛みが走った。
糸が消える。
「そこまでだ」
担任が言った。
「まだ3回です」
「理解は進んだ。身体は3回分しか動いていない。今のお前は、覚える速度と耐えられる速度が一致していない」
レオンは右手を握った。
左手の負担を減らすために始めた訓練で、右腕まで壊せば意味がない。
「明日も同じことをする。今日の成功を増やすな。今日の失敗を減らせ」
学院の鐘が鳴った。
その直後、訓練場の入口からクラリスが歩いてくる。手には封をされた書類があった。
「学院外実習の予備調査班が決まりました」
クラリスはレオンたちを順に見る。
「あなたたち6人には、北東森林地帯の適性調査へ参加してもらいます。出発は7日後です」
「調査するのは、魔物ですか?」
ノアが尋ねる。
「魔物、魔力環境、街道、古い道標。現地に存在するものを、先入観なく記録してください」
クラリスは一度言葉を切った。
「学院の資料に合わせる必要はありません。あなたたちが実際に見たものを、持ち帰ってください」
二年生になったレオンたちへ、最初に求められたもの。
それは、より多くの敵を倒すことではなかった。
正しいと書かれたものを、自分たちの目で確かめることだった。
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