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第75話 筋書きの外側

偽の合同実技が行われると記されていた日の朝。


学院の掲示板には、CクラスとSクラスの合同実技を知らせる紙が貼られていた。


場所は第4複合実技場。

開始は午後。

内容は分離対応訓練。


第4支路で見つけた紙と、すべて同じだった。


違うのは、参加者の数だけ。


掲示された名簿には、レオンとリゼット以外の名前がなかった。


「俺たちの名前が消えてるぞ」


ガルドが紙へ顔を近づける。


前日に地下で見た名簿には、ガルド、ミナ、ノア、セイル、ユリアも記載されていた。


現在の掲示には、対象Aと対象Bだけ。


第0研究室は、随伴者7名を分離の原因として記録した。

その直後に、参加者を2人だけへ変更している。


「先生の名前もない」


ユリアが掲示の下部を見る。


通常の実技であれば、担当教師が記される。

だが、クラリスとローガンだけでなく、Sクラスの教師名も空白だった。


「これを誰が貼った?」


セイルが周囲を見回す。


掲示板を管理する事務員へ確認したが、紙を貼った者は分からなかった。


朝の見回りでは何もなかった。

授業開始前に確認したときには、すでに貼られていたという。


申請者も、承認者もいない。


それでも、学院の印だけは本物だった。


「参加するの?」


ミナが尋ねる。


「表向きは参加する」


レオンが答えた。


「表向き?」


ガルドが眉を寄せる。


「第0研究室は、俺とリゼットを2人だけで実技場へ入れたい」

「入ったふりをするのか?」

「違う」


レオンは掲示された時間を見る。


「2人で入る。ただし、用意された訓練はしない」

「危険すぎるわ」


ユリアが言う。


「中止すれば、相手は別の方法を選ぶ。今回は場所も時刻も分かっている」

「だからって、2人だけで行く必要はないだろ」

「2人だけではない」


廊下の奥から、ローガンが歩いてきた。

その隣にはクラリスがいる。


「学院の記録上は、2人だけだ」


ローガンが掲示を見上げる。


「だが、俺たちは正式な調査許可を持っている。実技場の外側と地下通路を確認する」

「俺たちは?」


ガルドが尋ねる。


「お前たちは通常授業だ」

「また待機かよ!」

「今回は、待機ではない」


クラリスが5枚の授業札を取り出した。


CクラスとDクラスで行われる午後の集団実技。

ガルド、セイル、ユリア、ミナ、ノアは、それぞれ異なる班へ割り振られていた。


場所も別々だった。


「分離しようとしてるじゃないか」


ガルドが声を低くする。


「ええ。だから、予定どおり授業を受けてもらう」


クラリスは5人を見る。


「ただし、異常が起きた場合に備え、それぞれの実技場から第4複合実技場へ向かう経路を確認してある」

「俺たちを離して、どうするか確かめるの?」


ユリアが尋ねる。


「第0研究室が本当に7人を失敗の原因と見ているなら、レオンとリゼットだけを襲うとは限らない」


今まで、第0研究室は学院の予定を利用していた。


教師の名前を偽造する。

設備の整備申請を作る。

生徒の在籍記録を消す。


そして今回は、5人を別々の授業へ配置している。


レオンとリゼットを孤立させるだけでなく、仲間が互いに助けられない状況を作ろうとしていた。


「全員が第4実技場へ集まれば、また同じ結果になる」


セイルが言った。


「なら、最初から集まらない方がいい」

「どういうことだ?」


ガルドが尋ねる。


「第0研究室は、俺たちがレオンのところへ行くと思っている」

「行くぞ」

「だから、それ以外をする」


セイルは自分の授業札を見る。


「俺たちの場所にも何か用意されているなら、そっちを止める」

「レオンたちを助けなくていいのか?」

「助けに行くことだけが、助ける方法じゃない」


ガルドはすぐには納得しなかった。


だが、第4支路で正面の門を開いたのは、全員が同じ場所へ集まったからではない。


それぞれが別の役割を果たし、その力を中央へつないだからだった。


「異常を見つけたら、合図はどうする?」


ノアが尋ねる。


携帯できる通信魔導具は使わない。


代わりに、各実技場の教師へ緊急用の赤い信号札が渡された。

札を割れば、学院中央の警鐘が鳴り、割られた場所を示す色の煙が上がる。


学院外実習で使った信号具と同じ系統のものだった。


「警鐘が1回なら異常発生。2回続けば、第4複合実技場へ移動」


クラリスが説明する。


「ただし、自分の場所を放置しては駄目。まず目の前の異常を止めること」

「レオンたちのところへ行かなくてもいい?」


ミナがレオンを見る。


「ああ」


レオンは答えた。


「自分の場所を見てくれ」


第0研究室は、仲間たちを分離すればレオンとリゼットを孤立させられると考えている。


だが、離れていても、それぞれが判断することはできる。


誰かの指示を待たず、自分の場所で用意された筋書きを崩す。


Cクラスで繰り返してきたことだった。


午後。


レオンとリゼットは、第4複合実技場の前に立っていた。


入口に教師はいない。

ほかの参加生徒もいなかった。


扉の横には、合同実技の開始を示す学院印が浮かんでいる。


「本当に入るのね」


リゼットが剣の柄へ触れる。


「ああ」

「あなた、今日は短剣を何本持ってるの?」

「2本」

「壊すつもり?」

「壊す必要があれば」

「正直でよろしい」


リゼットは扉へ手を当てた。


学院印が2人の魔力を確認する。


『対象A―07』

『対象B―31』


通常の授業表示ではなかった。


扉が左右へ開く。


内部には、訓練人形も移動標的もない。

広い実技区域の中央に、2つの台座だけが置かれていた。


右側は赤。

左側は無色。


AとB。


第4支路で見た指定位置と同じだった。


2人が入ると、背後の扉が閉じる。


『分離対応訓練を開始』


床から壁がせり上がった。


実技場の中央を分けるように、厚い石壁が作られていく。

レオンとリゼットの間を遮断するつもりだった。


「最初から予想どおりね」


リゼットが赤い台座へ近づく。


「乗るのか?」

「乗るふりよ」


リゼットは台座の手前で足を止めた。


レオンも無色の台座へ向かう。

だが、指定位置には入らない。


中央の石壁が完全に閉じる前に、レオンはゼロスレッドを1本伸ばした。


リゼットの剣の鞘へ巻きつける。


石壁が2人の間へ降りる。

糸は壁の下にある僅かな隙間を通り、つながったまま残った。


互いの姿は見えない。


声も届かなくなった。


それでも、糸を通して相手の動きは分かる。


リゼットが鞘を1回引く。


準備完了。


床に文字が浮かぶ。


『対象A――指定位置へ』

『対象B――指定位置へ』


レオンは動かない。


反対側でも、リゼットは台座に乗っていない。


『位置不一致』


実技場の左右で、複数の扉が開く音がした。


レオンの側には、短剣を持った4体の訓練人形。

リゼットの側には、耐火装甲に覆われた4体の人形が現れる。


『抵抗対象を排除し、指定位置へ移動せよ』


訓練ではない。


人形は、レオンを台座へ追い込むために動き始めた。


1体目が正面から短剣を振る。

レオンは右へ避け、腕へ糸を巻きつけた。


引こうとした瞬間、2体目が糸を踏む。


見えている。


以前の模倣人形と同じように、ゼロスレッドへの対策が組み込まれている。


レオンは糸を消した。


3体目が背後へ回る。

4体目は台座の反対側に立ち、逃げ道を限定する。


倒すための配置ではない。


避ける場所を減らし、無色の台座へ追い込む配置だった。


レオンは短剣を抜く。


1体目の刃を受け流す。

反撃せず、その脇を抜けようとする。


2体目が進路を塞いだ。


短剣が左右から迫る。


レオンは床へ糸を伸ばした。

訓練人形ではなく、自分の足元に固定する。


身体を後ろへ引き、2本の刃の間から抜けた。


糸を切る対策はされている。

だが、レオン自身を動かす糸までは踏めない。


反対側から、石壁を通して熱が伝わってきた。


リゼットも戦っている。


鞘につながった糸が、2回短く引かれる。


予定どおり。


レオンは糸を1回引き返した。


まだ動ける。


石壁には声を遮る術式がある。

だが、ゼロスレッドそのものは完全に止められていない。


第0研究室は、2人を分ければ連携できないと考えた。


互いが見えず、声も届かない。

それでも、事前に合図を決めることはできる。


レオンの側で、訓練人形の動きが変わった。


4体が攻撃を止める。

代わりに、台座を中心として円形に並んだ。


『対象Bの抵抗を確認』

『強制固定へ移行』


床から細い金属環が伸びる。


レオンの足首を狙う。

跳び越えれば、訓練人形が待っている。


同時に、無色の台座から魔力が広がった。


左手が熱を持つ。


ゼロスレッドを出そうとするより早く、指先から糸が伸びかけた。


レオンは握り込む。


速さに任せない。


狙う場所を決める前に出せば、また用意された反応を取られる。


金属環が迫る。


レオンは、4体の訓練人形を見た。


すべてがゼロスレッドの動きを警戒している。

糸が伸びれば踏み、切り、進路を塞ぐ。


なら、糸を見せる必要はない。


レオンは短剣を床へ落とした。


訓練人形の視線が、短剣へ一瞬向く。


その間に前へ出る。


金属環が足首へ巻きつく直前、レオンは輪の内側へ足を入れ、自分から踏みつけた。


閉じる前の金属環を床へ固定する。


1体目の訓練人形が近づく。


レオンは短剣を拾わず、人形の腕を両手で押した。

力では勝てない。


それでも、振り下ろす方向を少し変えることはできる。


人形の短剣が、足元の金属環へ当たった。


金属環に亀裂が入る。


レオンは人形の腕を離し、横へ転がった。


2体目の刃が、先ほどまでレオンがいた場所を突く。

亀裂の入った金属環へ、さらに衝撃が重なる。


環が割れた。


第0研究室が用意した訓練人形に、第0研究室の固定具を壊させる。


『想定外の干渉』


床に文字が浮かぶ。


レオンは落とした短剣を拾う。


石壁の反対側で、強い炎が上がった。


リゼット側の状況は見えない。

だが、糸が3回引かれる。


相手の装置を利用した。

成功したという合図だった。


レオンも3回引き返した。


そのとき、学院中央から警鐘が鳴った。


1回。


どこかで異常が起きた。


続けて、少し離れた方角から2つ目の鐘の音。

別の信号札が割られたのではない。


学院の西側と南側。

異なる場所で、ほぼ同時に警鐘が鳴っている。


ガルドたちの実技場でも、第0研究室の仕組みが動いた。


だが、2回続けて鳴らす集合合図ではない。


それぞれが自分の場所で異常を発見し、報告した音だった。


レオンは目の前の人形を見る。


仲間たちは、こちらへ向かっていない。


だからこそ、向こうで用意された仕組みを止めている。


『随伴者の集合を確認できません』


床の表示が変わる。


『分離工程――成功』


第0研究室は、仲間が集まらないことを成功と判断した。


続いて、別の文字が浮かぶ。


『対象A・対象Bの固定を継続』


4体の訓練人形が、再びレオンへ向かう。


だが、先ほどとは動きが違った。


1体目が糸を警戒する。

2体目が短剣を封じる。

3体目が台座への進路を作り、4体目が退路を塞ぐ。


これまでのレオンの反応だけを見た配置。


レオンは短剣を構えない。


1体目へ向かって走る。

訓練人形が足元を見る。


ゼロスレッドを探している。


糸は出さない。


直前で身体を沈め、訓練人形の脇を抜ける。

2体目が短剣を狙って腕を伸ばした。


レオンは短剣を手放す。


刃が床を滑る。


また武器を捨てた。

先ほどと同じ行動に見える。


3体目が、短剣へ視線を向けない。


すでに対策している。


レオンはその反応を見た。


短剣を囮にしない。

今度は、手放した短剣そのものへゼロスレッドを巻きつける。


糸は、考えた瞬間に伸びた。


だが、勝手には動かさない。


床を滑る短剣の柄へ、正確に巻きつく。


引く。


短剣がレオンの手元へ戻るのではない。

3体目の足元を横切り、4体目の踵へぶつかった。


4体目の姿勢が崩れる。


開いた退路へ、レオンは走った。


1本の糸。

1本の短剣。


同じ行動を繰り返しながら、目的だけを変える。


訓練人形は糸を切る準備をしていた。

だが、短剣が足元へ向かうことまでは予測していない。


レオンは台座から距離を取った。


『対象Bの誘導に失敗』


表示が赤く変わる。


石壁の反対側から、強い衝撃が伝わった。


リゼットの側でも、台座の固定具が壊れたらしい。


2人をつなぐ糸が、1回強く引かれる。


次へ進む合図。


レオンは糸を2回返した。


まだ待て。


第0研究室が、次に何をするかを見る。


床の術式が書き換わる。


『個別固定――失敗』

『分離状態を維持』

『外部干渉を排除』


実技場の外側から、風が壁へぶつかった。


クラリスだ。


続いて、金属を打つ音がする。

ローガンが入口を開こうとしている。


だが、扉は動かない。


『管理者の介入を確認』

『教師2名を排除対象へ追加』


「遅い」


レオンは小さく言った。


第0研究室は、目の前にいる者の反応を見てから条件を変える。


教師が介入すれば、教師を排除する。

仲間が集まれば、仲間を分ける。


常に起きたことへ対策する。


それなら、まだ起きていないことには対応できない。


レオンは石壁の下を通る糸を引いた。


1回。

続けて1回。


待てという合図ではない。


事前に決めた最後の手順。


リゼットからも、同じ回数が返る。


2人は同時に動いた。


レオンは無色の台座へ向かう。

リゼットも赤い台座へ向かっている。


床の術式が強く光る。


『対象位置――接近』

『固定工程を再開』


訓練人形が攻撃を止めた。


対象が自ら台座へ向かうなら、妨害する必要はない。

第0研究室は、用意していた動きへ戻る。


レオンは台座の直前で足を止めなかった。


そのまま踏み込む。


『対象B――固定位置へ到達』


反対側でも表示が浮かんだ。


『対象A――固定位置へ到達』


台座から金属環が伸びる。

足首。

手首。

腰。


2人を固定するための術式が起動した。


レオンは動かない。


金属環が身体へ触れる。


『固定開始』


その瞬間、レオンはゼロスレッドを床へ伸ばした。


狙うのは、固定具ではない。

台座から中央の石壁へ続く魔力の線。


第4支路で見つけた構造と同じだった。


AとBの魔力を別々に集め、中央で比較する。


2つの台座が同時に起動した今だけ、その線が完全につながる。


レオンは糸を巻きつける。


引かない。


反対側から、リゼットの炎が石壁の下へ流れ込んだ。


炎は壁を壊さない。

A側の魔力線だけを熱する。


レオンはB側の線へ糸を固定した。


2つの異なる魔力が、中央へ集まる。


本来なら比較される。


どちらが強いか。

どちらが早いか。

どちらが予定した結果へ近いか。


レオンは、B側の線をAへつないだ。


リゼットも、炎の流れをB側へ広げる。


2つの魔力を競わせない。


互いの線を交差させる。


『比較対象の混線を確認』


固定具が強く締まる。


レオンの左手に痛みが走る。

それでも糸を離さない。


『対象Aの数値を取得できません』

『対象Bの数値を取得できません』


第0研究室の術式は、2人を分けて記録するよう作られている。


リゼットの炎にレオンの魔力が混ざる。

レオンの糸にもリゼットの火属性が流れ込む。


Aだけの結果ではない。

Bだけの結果でもない。


『比較試験――不成立』


石壁が震えた。


『固定工程を中止』


身体を拘束していた金属環が緩む。


レオンはすぐに台座から降りた。

反対側でも、リゼットが離れる気配がある。


中央の石壁へ亀裂が入った。


2人を分けていた術式が、比較対象を識別できずに停止している。


レオンとリゼットは、壁の両側から同じ場所へ力を加えた。


レオンはゼロスレッドで亀裂を引く。

リゼットは炎で内部の金属を熱する。


壁が中央から割れた。


崩れた石の向こうに、リゼットの姿が見える。


「遅かったわね」


リゼットが剣を肩へ置く。


「待てと言った」

「待ったわよ。少しだけ」

「どれくらい?」

「あなたが同じことを考えるまで」


左右にいた訓練人形が、2人へ向き直る。


8体。


だが、中央の壁がなくなったことで配置が崩れている。

A側とB側の人形は、互いの動きを考慮していない。


リゼットが正面へ細い炎を走らせる。

耐火装甲の人形は避けない。


炎に耐えるよう作られているからだ。


その背後にいたB側の人形へ、熱が届く。


B側の人形は火属性への対策を持っていない。

動きが止まった。


レオンはゼロスレッドをA側の人形へ伸ばす。


A側はリゼットの炎だけを想定している。

糸を踏まず、切ろうともしなかった。


腕を引く。

A側の人形の剣が、隣にいるB側の人形へ当たる。


「別々に対策したから、混ざると動けない」


リゼットが言う。


「ああ」


2人は並んで前へ出た。


レオンが人形の進路を変える。

リゼットが開いた場所だけを焼く。


炎を避けた人形の足元へ糸を張る。

糸を切ろうとした人形の腕へ、リゼットが熱を集中させる。


8体の訓練人形は、すぐには倒れない。


それでも、用意された役割を失っていた。


Aを追い込む人形。

Bを追い込む人形。


対象が隣り合った時点で、どちらも正しく動けない。


最後の2体が同時に迫る。


レオンは糸を出そうと考えた。


その瞬間には、すでに2本のゼロスレッドが伸びていた。


1本目は右側の人形の腕。

2本目は左側の人形の足。


狙いどおり。


以前のように、意識より先に間違った場所へ向かっていない。


繰り返してきた動きを、身体が正確に選んでいた。


レオンは2本を同時に引く。


右側の剣が外れる。

左側の人形が姿勢を崩す。


リゼットの炎が、その間を通った。


2体の胸にある停止札が同時に焼き切れる。


訓練人形が止まった。


実技場の床から、すべての文字が消える。


短い沈黙。


その後、中央に1つだけ新しい表示が浮かんだ。


『実験手順を継続できません』


続いて、赤い線が文字を横切る。


『対象A・対象Bの分離――失敗』

『随伴者7名の排除――失敗』

『教師2名の介入阻止――失敗』


学院の各所から、警鐘が鳴った。


1つ。

2つ。

3つ。


ガルドたちがいる実技場からも、異常停止を知らせる合図が上がっている。


誰もレオンのもとへ集まらなかった。


それぞれが自分の場所で、第0研究室の設備を止めた。


『原因を特定できません』


表示が揺れる。


今まで、第0研究室は失敗の理由を必ず記録していた。


随伴者。

教師。

ゼロスレッド。

炎。


だが今回は、1つの原因へまとめられない。


レオンとリゼットだけではない。

離れた場所にいる仲間たちも、教師も、それぞれ異なる判断で動いた。


誰か1人を対策しても、同じ結果にはならない。


『再試験の条件を設定できません』


最後の文字が浮かんだ。


『筋書き――破棄』


実技場を閉ざしていた扉が開く。


クラリスとローガンが入ってきた。


ローガンは止まった8体の訓練人形と、崩れた中央壁を見る。


「壊したな」

「必要な部分だけです」


レオンが答える。


「壁が半分なくなっている」

「分離するための壁だった」

「報告書には、そう書いておく」


クラリスは床に残る術式を確認した。


「第0研究室側からの流れが切れている。少なくとも、この設備を使った実験は続けられないわ」

「終わったの?」


リゼットが尋ねる。


「この計画はね」


第0研究室そのものがなくなったわけではない。

第0区画の場所も、過去に回収された者の行方も分かっていない。


それでも、観測から始まり、回収へ移った一連の計画は崩れた。


用意された反応を返さず、用意された道を選ばなかった。


第0研究室は、次の手順を作れなくなった。


しばらくして、別々の実技場へ配置されていた5人が到着した。


ガルドの盾には、新しい傷が増えている。

セイルの制服は袖が裂け、ユリアの杖には霜が残っていた。


ノアは右腕を濡らし、ミナは少し疲れた表情をしている。


「遅いぞ!」


ガルドが実技場へ入るなり叫んだ。


「来なくていいと言った」

「終わってから来たんだ!」

「向こうはどうだった?」


ガルドは胸を張った。


「俺の実技場では、床が割れて全員を別々の区画へ落とそうとした。盾を挟んで止めた」

「俺のところには、進む方向を限定する風の壁が出た」


セイルが続ける。


「逆向きの風を何度も当てて、流れを乱した」

「私の場所では、特定の生徒だけを閉じ込める氷の檻が出たわ。ノアの水を流して術式の位置を見つけ、必要な場所だけ凍らせて割った」


ユリアが説明する。


「僕の実技場とユリアの実技場は、床下でつながっていた」


ノアが言う。


「水を通したら、向こうの術式も見つかった」

「私は、線を見て先生に場所を伝えた」


ミナが最後に答えた。


同じ異常ではない。


第0研究室は、7人を別々の方法で止めようとした。


それでも、誰も第4複合実技場へ向かわなかった。


自分の場所で考え、そこにある仕組みを止めた。


「俺たちがいなくても大丈夫だったか?」


ガルドが尋ねる。


「ああ」

「俺たちも、レオンがいなくても止めたぞ」

「分かってる」

「なら、次も任せろ」

「次があればな」


レオンは5人を見る。


仲間は、自分を助けるためだけにいるわけではない。


自分が指示するまで待つ者でもない。


それぞれが失敗し、考え、次の行動を選ぶ。


第0研究室が理解できなかったのは、そこだった。


対象A。

対象B。

随伴者7名。


番号と役割へ分けても、人間は決められたとおりには動かない。


翌日。


偽の合同実技に関する掲示は、学院からすべて消えていた。


レオンとリゼットの在籍記録も、正式な状態へ戻っている。

仮登録の文字は消え、順位戦への参加権限も復元された。


誰が戻したのかは記録されていなかった。


第2保守室の古い権限も、学院の設備管理から切り離された。

少なくとも、同じ番号で申請を通すことはできない。


クラリスは、回収した記録を複数の教員へ分けて保管した。


過去の対象。

第0区画。

超古代の搬送経路。


残された謎は多い。


だが、第0研究室の調査は、すぐには進められなくなった。

地下の古式設備が一斉に停止し、第4支路の奥にあった門も開かなくなったからだ。


学院側も、年度末を前に地下区域を封鎖すると決めた。


「これで、しばらく普通の授業へ戻れる」


ローガンがCクラスで告げた。


「しばらく、って言ったか?」


ガルドが小声で尋ねる。


「言ったわね」


ユリアが答える。


ローガンは教卓へ1枚の紙を置いた。


「年度末試験の日程が決まった」


教室の空気が変わる。


筆記試験。

個人実技。

集団戦。


1年間の成績を決める3つの試験が、冬の終わりに行われる。


「順位も変わりますか?」


生徒の1人が尋ねる。


「試験結果は、現在の順位と次年度のクラス編成に反映される」

「落ちればDクラスへ戻る?」

「可能性はある」


ガルドの顔から笑みが消えた。


レオンは試験日程を見る。


第0研究室の計画は止めた。

しかし、学院生活が止まるわけではない。


Cクラス42位。

まだ、上には多くの生徒がいる。


左手を開く。


ゼロスレッドを出そうと考える。


以前なら、魔力を集め、指先から形にするまで僅かな間があった。


今は違う。


考えたときには、糸が伸びている。


しかも、狙った場所へ。


速くなったのは魔法だけではない。


失敗を思い出し、修正した動きを選ぶまでの時間そのものが短くなっていた。


レオンは、すぐに糸を消した。


まだ、名前を付けられる変化ではない。


制御できるとも限らない。


ただ、繰り返してきたすべてが、身体の内側で次の形へ近づいていた。


年度末試験まで、あと3週間。

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