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第72話 失敗を覚える学院

『固定完了――1』


古い紙片に残された文字だけでは、どちらが回収されたのかは分からなかった。


Cクラス31位の生徒。

名前を消されたSクラスの生徒。


2人が同じ日に在籍を失い、回収対象になった。

だが、黒い箱へ固定されたのは1人だけだった。


もう1人が逃げ切ったのか。

回収前に別の場所へ移されたのか。


その答えを示す記録は、地下保管室には残っていなかった。


調査はクラリスとローガンへ任され、レオンたちは通常の授業へ戻った。


学院に初雪が降ったのは、その2日後だった。


中庭の石畳が薄く白く染まり、吐いた息が空気の中へ残る。

第5実技場の窓にも白い霜が付着していた。


その日の課題は、4人での無言連携だった。


訓練中の会話は禁止。

声を使わず、6体の訓練人形から中央の標的を守る。


「森や地下では、声を出せない状況もある」


ローガンが実技区域の外へ立つ。


「誰かの指示を待つな。味方が何を見て、次にどう動くかを考えろ」


開始の合図が出る。


正面から2体。

左右から1体ずつ。

残る2体は、後方で攻撃の機会を待っている。


ガルドが盾を正面へ向けた。


以前なら、最初に見えた2体をまとめて止めようとしていた。

今回は盾を僅かに右へ傾ける。


正面右側を引き受けるという合図だった。


レオンは左へ動く。


同時に、ユリアが中央標的の足元へ細い氷を伸ばした。

標的を後方へ滑らせ、正面の訓練人形との距離を広げる。


セイルは右側へ走ると見せ、途中で方向を変えた。


ガルドの盾に隠れ、後方へ回る。

攻撃を待っていた訓練人形の腕へ、剣の腹を当てた。


1体目が止まる。


レオンは正面左の人形へゼロスレッドを伸ばした。

剣を持つ腕を引き、進路を外側へ変える。


左から来た別の人形が中央へ近づく。


糸を伸ばそうと考えた瞬間、左手からゼロスレッドが放たれた。


意識して魔力を流すより早い。


糸は人形の足へ巻きついた。

だが、レオンが狙っていたのは腕だった。


人形の足が止まり、上半身だけが前へ傾く。

倒れた人形の剣が、中央標的の台座をかすめた。


ユリアが氷板を作り、刃を受け流す。


標的への直撃は避けられた。


レオンは糸を消す。

速く出たが、正確ではなかった。


右側では、ガルドが訓練人形の攻撃を盾で受けている。

セイルは後方の2体を引きつけていた。


ユリアがレオンを見る。


声は出さない。

杖の先を中央標的へ向け、次に左側を示した。


自分が中央を守る。

左側を任せるという意味だった。


レオンはうなずく。


左から来る人形へ走る。

短剣を振る前に、次の人形へ糸を伸ばした。


今度は意識して、狙った腕へ巻きつける。


短剣が1体目の胸へ当たる。

同時に糸を引き、2体目の剣を外側へそらした。


ガルドが正面の人形を盾で押し返す。

後方から戻ったセイルが、その人形の背中へ剣を当てた。


残る1体が中央標的へ迫る。


ユリアは広い氷を作らなかった。

人形が踏み込む場所に、小さな氷の塊を1つだけ作る。


足が僅かに浮く。


その隙にガルドの盾が間へ入った。


終了の鐘が鳴る。


中央標的が受けた攻撃は0回。

制限時間も残っていた。


「今のは文句ないだろ?」


ガルドがローガンを見る。


「声を使わずに役割を変更できていた。基準には届いている」

「よし!」

「最後に標的から視線を外した」

「やっぱり付け足すのか!」


ローガンは記録板へ結果を書き込む。


「セイルは、ガルドの盾を視界の遮断にも利用した。ユリアは必要な場所だけを凍らせている。以前より魔力の消費も少ない」


ローガンの視線がレオンへ向く。


「最初の糸は何だ?」

「狙う前に出ました」

「無意識に?」

「完全な無意識ではありません。出そうと考えた直後です」

「狙いは外れていたな」

「ああ」


速くなった。

だが、技術が上がったとは言えない。


必要な場所へ届かなければ、早くても意味はない。


「速度が上がった分、制御が遅れている」


ローガンが言う。


「しばらく、数を増やす訓練は禁止する。1本を正確に出せ」

「3本使えます」

「使えることと、使うべきことは別だ」

「左手の負担もあるわ」


ユリアが杖を下ろす。


「さっき、指が震えていた」

「見てたのか?」

「無言連携の訓練でしょう。味方も見ているわ」


レオンは左手を開いた。


熱は残っている。

回収の夜ほど強くはない。


それでも、ゼロスレッドを出すまでの手順が短くなっていた。


繰り返した動きを、身体が先に始めようとしている。


授業が終わる頃、管理棟の事務員が実技場へ来た。


クラリスからの紙片をローガンへ渡す。

短い文章を読んだローガンは、レオンたち6人とリゼットへ残るよう指示した。


向かったのは、地下保管室ではなかった。


学院北棟の裏側。

現在は使われていない、古い資材倉庫だった。


クラリスが扉の前で待っている。


「18年前の修繕記録が見つかったわ」


倉庫の中には、交換された床石や扉の金具が保管されている。

どれも学院の現在の建物では使われていない古いものだった。


机の上には、薄い修繕帳簿が置かれている。


回収が行われた翌朝。

北棟地下の鎖門が壊れ、交換されたと記されていた。


「鎖門?」


ガルドが尋ねる。


「搬送経路を区切っていた扉よ」


クラリスは、倉庫の壁へ立てかけられた金属板を示した。


人の背丈より少し低い。

黒く変色しているが、表面には複雑な術式が残っている。


現在の学院で使われる扉とは形が違う。

蝶番も取っ手もない。


魔力経路の一部として、通路そのものを塞ぐための古代設備だった。


金属板の中央には、細かな傷が集まっていた。


同じ場所へ、何度も何度も刃を当てた跡。


大きな一撃で壊した傷ではない。

浅い溝が重なり、最後に内部まで達している。


「回収された人が壊したのか?」


ガルドが金属板へ顔を近づける。


「交換時刻を考えれば、その可能性がある」


ローガンが答える。


修繕帳簿には、鎖門の破損理由も書かれていた。


『内部からの反復衝撃により、閉鎖術式が断裂』


レオンは傷へ指を近づけた。


触れずに、溝の数を見る。


1つの傷に見える場所にも、細い跡が何本も重なっている。

同じ角度。

同じ位置。


最初の数回では、表面を削っただけだったはずだ。


それでも、止めなかった。


「何回くらいだ?」


セイルが尋ねる。


「正確には分からない」


レオンは傷の端を見る。


「少なくとも30回以上。同じ場所を狙っている」

「回収されたあと、箱の中から攻撃した?」


ユリアが言う。


「鎖門は搬送経路の途中にあった。箱から出たあとか、固定される前に逃げた可能性もある」


ノアは修繕帳簿を読み直す。


「でも、紙片には『固定完了――1』と書かれていた。固定されなかった1人が、この門を壊したとは限らない」

「固定された方が、途中で抜け出した可能性もあるのね」


リゼットが答える。


現時点で分かるのは、誰かが内部から門を壊したことだけだった。


その人物がCクラス31位なのか。

Sクラスの生徒なのか。


2人で協力したのかも分からない。


「鎖門はどこにあったんですか?」


ミナが尋ねる。


クラリスは古い学院図面を広げた。


現在の北棟地下は、資材倉庫と暖房用の魔石庫になっている。

図面上では、その下に通路は存在しない。


だが、18年前の修繕記録には場所が残っていた。


北棟地下。

第4支路。


回収記録にあった第0区画へ向かう途中だった。


「今も行ける?」


レオンが尋ねる。


「入口までは確認した。ただし、内部へ入るには学院長の許可が必要になる」

「許可を取るの?」


リゼットが聞く。


「正式に申請する」


クラリスが答えた。


「今回の記録はローガン先生を含む複数の教員も確認している。秘密に調べれば、こちらが不正に地下へ侵入したことにされる」

「許可されなかったら?」

「拒否された記録を残す。それも手掛かりになるわ」


第0研究室は、記録を消して動いてきた。


だからこそ、こちらは記録を分けて残す。

誰が申請し、誰が拒否したのかも紙に書く。


学院の仕組みをすべて敵と決めつけず、その中で隠せなくする方法だった。


修繕帳簿には、鎖門を交換したあとの記録もある。


新しい鎖門には、以前になかった補強が追加されていた。


反復する衝撃を同じ場所へ受けると、力を周囲へ分散する術式。

一度傷ついた場所だけを、自ら厚くする術式。


「この門を壊されたあと、対策したのか」


セイルが言う。


「あの回収箱も同じだった」


レオンは回収の夜を思い出す。


動力の流れを1つ止めると、別の経路へ切り替わった。

車輪に見えた部分を狙っても、床の魔力経路そのものが動いた。


過去に逃げられた方法を、そのまま残していない。


「第0研究室は、過去の失敗を記録している」


リゼットが言う。


「人を観測するだけではない。自分たちの回収が失敗した理由も調べ、次の方法を変えている」

「俺たちが回収を止めたことも、次に使われる」


ガルドの表情から、いつもの軽さが消える。


「次は、黒い箱じゃないかもしれない」

「在籍記録を消す方法も変える可能性があるわ」


ユリアが答える。


今回の回収は止めた。


それでも、第0研究室は失敗を終わりとは考えない。

何が原因だったかを記録し、次の方法を作る。


レオンと同じだった。


失敗する。

理由を探す。

やり方を変える。

もう一度試す。


違うのは、その目的だった。


レオンは自分を変えるために繰り返す。


第0研究室は、人を用意した結果へ押し込むために繰り返している。


「次に来るものを待っていたら、また対策される」


レオンが言う。


「なら、先に第4支路を調べる?」


リゼットが尋ねる。


「ああ。ただし、許可が下りてからだ」

「以前より慎重になったな」


ローガンが言う。


「勝手に入れば、調査を続けられなくなる」

「それだけか?」

「仲間も巻き込む」


ローガンは僅かにうなずいた。


クラリスが修繕帳簿を閉じる。


「地下への申請結果が出るまで、通常の授業を続けて。第0研究室が別の方法で動く可能性もある」

「どれくらいかかる?」


ガルドが尋ねる。


「早くても3日よ」

「その間は何もできないのか?」

「できることはある」


レオンは、何度も傷つけられた鎖門を見る。


第0研究室は、過去の失敗から対策を作った。


それなら、こちらも過去の失敗から学べる。


「壊された回数と、術式が切れた順番を調べる」

「同じ門を壊す練習をするの?」


ノアが尋ねる。


「違う。どこへ力を重ねれば、古代術式が変化するかを見る」

「次の門には対策されているぞ」

「同じ方法は使わない」


レオンは左手を開いた。


速くなったゼロスレッド。

まだ狙いが追いついていない1本。


必要なのは、同じ攻撃を繰り返すことではない。


相手が繰り返しへどう対応するかを見ながら、次の一手を変えることだった。


鎖門の傷の下に、小さな文字が刻まれていることにミナが気づいた。


交換作業の番号ではない。

古代の術式とも違う。


刃先で削るように、誰かが残した2文字だった。


『次は』


その先には傷が重なり、文字が続いていない。


次は、何をするつもりだったのか。

誰へ伝えようとしたのか。


答えは残っていない。


ただ、回収を逃れた者も、そこで終わるつもりはなかった。

良ければブックマークしていただけると泣いて喜びます。

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