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第70話 回収経路

第3章終了まであと少し

2台の運搬車が、管理棟の地下通路を進み始めた。


車輪は床に刻まれた金属線から外れない。

黒い箱の表面には、A―07とB―31の文字が浮かんでいる。


『回収経路を開始』


文字が消える。

代わりに、箱の前面を閉じていた金属板が左右へ開いた。


内部には座席が1つ。

背もたれと肘掛けには、身体を固定するための金属環が取り付けられている。


人間を運ぶための箱だった。


「止めますか?」


レオンが尋ねる。


ローガンは剣を構えたまま、運搬車の動きを見る。


「まだ壊すな。どこまで来るか確認する」

「保護室まで来たら?」

「その前に止める」


2台の運搬車が分かれた。


A―07の箱は通路の右側。

B―31は左側へ進む。


壁に分かれ道はない。

それでも床の金属線が途中から枝分かれし、それぞれ別の扉へ続いていた。


右はリゼットがいる保護室。

左はレオンの立つ場所。


運搬車は、2人の位置を把握している。


「番号だけで見つけているの?」


リゼットが掌へ炎を集める。


「学生証との接続は切れている」


クラリスが答えた。


「学院の在籍記録からも消えている。それでも反応するなら、別の方法で識別している」

「魔力の特徴かもしれない」


ミナが運搬車を見つめる。


「箱から細い線が伸びてる。Aはリゼット。Bはレオン」

「森の装置と同じか?」

「似てる。でも、もっと深い」


ミナはレオンの胸元へ視線を向けた。


「身体じゃない。もっと内側を見てる」


運搬車が速度を上げる。


B―31の箱から、細い金属帯が飛び出した。

レオンの腕へ巻きつこうとする。


ローガンの剣が金属帯を切り落とした。


切断された先端が床へ落ちる。

すぐに箱の内部から、2本目と3本目が伸びた。


「確認は終わりだ。止めるぞ!」


ローガンがB―31の運搬車へ踏み込む。

剣を車輪へ振り下ろした。


刃が金属へ当たる直前、運搬車が横へずれる。

車輪は線の上を通ったまま、床板ごと位置を変えていた。


ローガンの剣が床へ食い込む。


A―07の箱も動く。

リゼットへ向けて、3本の金属帯を伸ばした。


リゼットは後退せず、右手の炎を細く絞った。

金属帯の継ぎ目だけを焼く。


赤くなった部分へ、クラリスの風が当たる。

急激に冷やされた金属がひび割れた。


リゼットが身体をひねる。

金属帯が途中から折れ、壁へぶつかった。


「次が来るわ!」


新たな金属帯が箱から伸びる。


レオンはゼロスレッドを2本伸ばした。

1本を天井の梁へ。

もう1本を、A―07の運搬車へ巻きつける。


糸を引く。

運搬車の前輪が僅かに浮いた。


リゼットが横へ避ける。

金属帯は空を切り、保護室の扉へ突き刺さった。


B―31の箱がレオンへ近づく。


ローガンが前へ入る。

箱の側面から伸びた帯を剣で受けた。


金属帯は切れない。

刃へ巻きつき、ローガンの剣を箱の中へ引こうとする。


ローガンは剣から手を離した。


「レオン、車輪ではなく線を止めろ!」

「分かりました」


運搬車を壊しても、同じ設備が別の場所から来る可能性がある。

動力を送る床の線を止めなければならない。


レオンは床へ糸を伸ばした。

金属線は床板の表面だけではない。


その下から、さらに深い場所へつながっている。


「ミナ、線が集まる場所は?」

「この下じゃない」


ミナが廊下の奥を指す。


「管理棟の入口側。ガルドたちがいる方」

「連絡する」


クラリスが通信魔導具を取った。


「ローガン先生、待機室です!」


ユリアの声が返ってくる。


「床が光ってる。壁際にある古い箱へ集まってるわ」

「触るな。位置だけ確認しろ」

「もうガルドが持ち上げてる!」


通信魔導具の向こうから、金属が床を擦る音が聞こえた。


「重いぞ、これ!」

「勝手に触るなと言われただろ!」


セイルの声が続く。


「でも、持ち上げたら運搬車が遅くなった!」

「そのまま動かすな!」


ローガンが叫ぶ。


B―31の運搬車が止まりかける。

車輪が金属線の上で空回りした。


ガルドが持ち上げた箱が、運搬車へ動力を送る設備らしい。


だが、完全には止まらない。

A―07の箱は床から別の線を伸ばし、再び動き始めた。


「下にもう1本ある」


ミナが言う。


「今まで見えなかった」

「ガルドたちの場所とは別か?」

「つながってる。でも、そっちを止めたから、もっと深い線へ変わった」


運搬車は、使える経路を切り替えている。


1つを止めれば、別の線を使う。

現在の学院設備ではなく、建物の下に残された古い仕組み全体から動力を受けていた。


「全部の線を追っていたら間に合わない」


リゼットが言う。


A―07の箱が目の前まで迫る。

左右から伸びた金属帯が、リゼットの腕と脚を狙う。


リゼットは炎を広げようとする。


「円筒を壊すなと言われたときとは違う」


クラリスが杖を向けた。


「今は止めることを優先して!」


リゼットの炎が金属帯を包む。

帯の表面が赤く変わった。


クラリスの風が、熱を箱の外側へ押し戻す。

内部の座席を焼かず、伸びてくる金属帯だけを溶かしていく。


A―07の箱が動きを止めた。


B―31はまだ進んでいる。


ローガンは剣を失っている。

レオンは箱から伸びる金属帯を避けながら、床へ糸を伸ばし続けた。


線を1本ずつ止めるのではない。


運搬車と床をつないでいる場所。

経路を切り替えるたび、必ず通る部分を探す。


車輪。

金属線。

床下の動力。


すべて別々に動いているように見える。


だが、運搬車が進路を変える直前には、箱の底から床へ魔力が流れていた。


「箱の下だ」


レオンは運搬車の底へ3本の糸を伸ばした。


1本目は前輪の内側。

2本目は後輪の間。

3本目は、中央にある小さな接続板。


金属帯がレオンの肩へ伸びる。


避ければ、接続板から糸が外れる。


「レオン!」


リゼットが声を上げた。


レオンは動かなかった。


代わりに、横から大盾が飛び込んできた。

金属帯が盾へ巻きつく。


「間に合ったぞ!」


ガルドが盾を両手で支えていた。


管理棟入口から、セイルとユリアも走ってくる。


「待機場所から動くなと言ったはずだ!」


ローガンが怒鳴る。


「異常を知らせるのが目的だって言っただろ!」

「知らせたあとは待機しろ!」

「箱を持ってきた!」


セイルとユリアが、動力設備と思われる古い金属箱を引きずっていた。


ガルドが持ち上げていた間に、床から外したらしい。

内部から複数の線が伸び、火花を散らしている。


「床の線を追ったら、ここへ続いてた」


セイルが言う。


「壊してはいないわ」


ユリアが金属箱の下部を凍らせている。


「接続していた金属だけを縮めて外したの」

「リゼットと似た方法か」

「私が教えたわけではないわよ」


レオンは3本の糸を引いた。


運搬車の底にある接続板が僅かに浮く。

その下から、黒い魔石が見えた。


通常の動力用魔石ではない。

表面に細い線が何重にも刻まれている。


「クラリス先生、中央です」

「離れて!」


クラリスが杖を振る。


風が運搬車の下へ入り込み、浮いた接続板を押し上げた。

黒い魔石が外へ飛び出す。


レオンはゼロスレッドを巻きつけ、床へ落ちる前に引き寄せた。


魔石が外れた瞬間、B―31の箱が停止した。

盾へ巻きついていた金属帯も力を失い、床へ落ちる。


廊下が静かになる。


2台の運搬車は、レオンとリゼットの数歩前で止まっていた。


ローガンは床に落とした剣を拾う。


「ガルド」

「はい」

「指示を無視したな」

「でも、止めたぞ」

「結果がよければ命令違反が消えるわけではない」

「レオンも前に同じこと言われてたな」


ガルドがレオンを見る。


「言われた」

「似た者同士ね」


ユリアがため息をつく。


「反省している顔ではないわ」

「助けられたことは事実です」


レオンが言った。


「それと、指示を守らなかったことは別だ」


ローガンはガルドたちを見る。


「お前たちの目的は、異常を知らせることだった。動力箱を見つけた時点で報告すればよかった」

「運んだ方が早いと思った」

「途中で別の装置が動いたらどうする?」

「そこまでは考えてなかった」

「次は考えろ」


ローガンはそれ以上叱らず、停止した運搬車へ向かった。


「全員、箱から離れろ。再起動する可能性がある」


クラリスが黒い魔石を封印布で包む。

ミナは、運搬車から伸びていた線を見続けていた。


「消えていく」

「地下への線か?」


レオンが尋ねる。


「うん。でも、1本だけ残ってる」


ミナは2台の運搬車ではなく、開いた箱の内部を指した。


A―07とB―31。

どちらにも、人間の身体を固定する金属環がある。


その奥に、薄い記録板が取り付けられていた。


クラリスが慎重に取り外す。


「今夜の命令が記録されているかもしれない」


記録板へ魔力を流す。


最初に表示されたのは、現在の回収命令だった。


対象A―07。

対象B―31。

在籍終了を確認。

回収経路を開始。


その下には、失敗を示す赤い文字が追加されている。


『対象固定――失敗』


「これで終わり?」


リゼットが尋ねる。


クラリスは記録板を操作した。


「現在の記録だけなら」


板の端に、小さな記号が並んでいる。

新しい記録の下に、古い情報が重ねて保存されていた。


完全には消されていない。

表面から読めなくされているだけだった。


「ミナ。見える?」


ミナが記録板へ顔を近づける。


「下に文字がある。でも、重なってる」

「どれくらい?」

「たくさん」


クラリスは表示する魔力を弱めた。

現在の記録が薄くなる。


その下から、別の文字が浮かび上がった。


『回収経路――完了』


日付は、レオンたちが入学するより前。

数年前ではない。


最も新しいものでも、10年以上前だった。


さらに下にも同じ記録がある。


『回収経路――完了』

『回収経路――完了』

『対象固定――完了』


対象を示す番号は削られている。

名前もない。


それでも、同じ運搬車が以前にも動いていたことは分かる。


「私たちが最初ではない」


リゼットが言った。


誰も否定できなかった。


レオンは黒い箱の内部を見る。


座席の金属環には、細かな傷が残っている。

運搬中の振動でできた傷ではない。


誰かが内側から外そうとした跡だった。


「この箱に、過去の対象が乗せられた」


レオンが言う。


「少なくとも、回収処理が完了した記録は複数ある」


クラリスは古い記録を読み進める。


回収後の搬送先は、すべて同じだった。


『第0区画』


第0研究室とは書かれていない。

場所を示す地図もない。


その後の処理結果も、記録板には残されていなかった。


「戻された記録は?」


リゼットが尋ねる。


クラリスは板を何度も切り替えた。


回収開始。

対象固定。

搬送完了。


その先にあるのは、空白だけだった。


学院への帰還。

在籍記録の復元。

授業への復帰。


それらを示す記録は1つもない。


「別の場所に保存されている可能性はある」


クラリスが言う。


断定はしない。

この記録板だけで、過去の対象がどうなったかまでは分からない。


ただし、学院から在籍を消され、黒い箱へ固定され、第0区画へ運ばれた者がいた。


それは確かだった。


ガルドが箱の座席を見る。


「そいつらは、助けてもらえなかったのか?」

「分からない」


レオンが答える。


「記録が残っていないだけかもしれない」

「残ってないなら、調べるしかないな」


ガルドは迷わず言った。


「今夜のように勝手に動くという意味ではないでしょうね」


ユリアが釘を刺す。


「分かってる。次は先に相談する」

「本当に?」

「たぶん」

「分かっていないわ」


ローガンは運搬車を見たまま、口を開く。


「今夜のことは、学院上層部へ報告する」

「隠されませんか?」


セイルが尋ねる。


「報告しなければ、こちらが規則を破った側にされる。記録は複数作り、別々に保管する」

「また消されたら?」

「紙にも残す。俺とクラリス先生だけでなく、実習を担当する複数の教員へ渡す」


学院の記録だけを信じない。

だが、学院の中にいる全員を敵とも決めつけない。


消されにくい形へ分けて残す。


レオンたちが紙の記録を持ち寄ったことで、在籍していた事実を証明できたのと同じだった。


夜が明ける頃、レオンとリゼットの在籍情報が一時的に復元された。


学院の管理記録を戻したのではない。

ローガンとクラリスが紙の記録を根拠に、緊急用の仮登録を作ったものだった。


学生証にも、再び青い光が灯る。


ただし、以前の記録とは扱いが違う。


レオン・アーヴェル。

Cクラス42位。


名前と順位の下に、新しい文字が追加されていた。


『在籍確認――暫定』


リゼットの学生証にも同じ表示がある。


元に戻ったわけではない。

学院の正式な記録では、今も2人は特別管理へ移行したままだった。


「授業には出られる」


ローガンが言う。


「寮と食堂も使える。ただし、夜間の結界更新時に再び弾かれる可能性がある。しばらくは毎日確認する」

「順位戦は?」

「仮登録では認められない」

「戻す方法を探します」


レオンが答えた。


「その前に休め。左手が震えている」

「動かせます」

「動かせることと、使っていいことは別だ」


ローガンはレオンの左手へ治療布を巻いた。


Cクラスへ上がってから、レオンは複数の動きを重ねることを覚えた。


戦いながら次を見る。

仲間へ任せながら、自分が届く場所を探す。


今夜も、それで回収車両を止めた。


だが、左手には以前より強い熱が残っている。


3本の糸を同時に使った。

運搬車の接続部を探し、別々の方向へ力を加えた。


一つ一つの動きは、これまでにも行っている。


それでも、同時に重ねたときだけ、身体の内側で何かが変わり始めていた。


痛みとは違う。


魔力が、以前より速く同じ経路を通ろうとしている。


レオンは左手を開いた。


指先から、細いゼロスレッドが1本だけ伸びる。

意識して出したものではない。


糸はすぐに消えた。


ローガンもクラリスも、その変化には気づいていない。


ミナだけが、レオンの左手を見ていた。


「今の糸、前より早かった」

「何が?」

「出るまでが」


レオンは左手を閉じた。


反復してきた動きが、身体の中で何かを変えようとしている。


だが、今はまだ確かめられない。


学院から消された在籍。

過去に回収された対象。

その者たちが運ばれた第0区画。


調べることが増えた。


回収車両は止めた。

それでも、第0研究室の筋書きそのものを壊せたわけではない。


今回失敗したと知れば、次は同じ方法を使わない。


観測の次に回収があった。


その次に何が用意されているのかは、まだ誰にも分からなかった。

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