第67話 半年目の記録
第6実技場で観測装置が発見された翌日。
レオンとリゼットは、管理棟の記録保管室へ呼ばれた。
部屋の壁には、学院内で行われた整備記録が年代ごとに並べられている。
現在の記録は薄い金属板へ保存されているが、20年以上前のものは紙の帳簿だった。
クラリスは、机の上へ3枚の作業確認札を置いた。
管理森林で使用する転送保管箱の整備。
Sクラスの耐熱訓練人形の部品交換。
第6実技場の移動標的の点検。
どの作業にも、現在は使われていない整備番号が記されている。
「第2保守室が廃止されたのは20年前です」
リゼットが帳簿を見る。
「それなのに、どうして今の設備を整備できるの?」
「現在の設備管理記録に、第2保守室の権限が残っていたからよ」
クラリスが金属板の一部を示した。
学院の設備は、使用する授業や担当教師に合わせて整備申請が作られる。
申請が承認されると、必要な部品と作業場所が整備担当者へ伝えられる仕組みだった。
第2保守室は廃止されている。
所属する職員もいない。
それでも、その権限だけが設備管理の仕組みから削除されずに残っていた。
「誰かが、廃止された権限を使っている?」
レオンが尋ねる。
「そう考えるのが自然ね。ただし、使った人物の記録がない」
クラリスは、第6実技場の作業申請を指でなぞった。
申請者はディートリヒ・ローガン。
承認時刻は前日の夕方。
作業者の欄には、第2保守室を示す古い番号。
申請者の名前と印は偽造されている。
だが、誰が申請を作ったかを示す記録は残っていなかった。
「名前を消したんですか?」
「最初から記録されていない可能性もあるわ」
クラリスは別の金属板を取り出した。
通常、整備申請には3つの記録が残る。
誰が申請したか。
誰が承認したか。
誰が作業を行ったか。
今回残っていたのは、申請者として使われた教師の名前と、廃止された整備番号だけだった。
承認者の欄は空白。
それでも申請は正式なものとして処理されている。
「承認されていないのに、承認済みになっている」
リゼットが言う。
「学院の仕組みそのものがおかしいの?」
「仕組みを知っている者が、必要な部分だけを通したと考えている」
クラリスは古い帳簿を開いた。
第2保守室が使われていた時代の作業記録。
整備した設備と、使用した部品が日付順に書かれている。
しかし、担当者の名前が記されているはずの欄は、すべて黒い線で塗り潰されていた。
「これは誰が消したんですか?」
レオンが尋ねる。
「分からない。20年前に第2保守室が廃止された際、関係資料の一部も処分されている」
「処分を決めた記録は?」
「残っていないわ」
リゼットが帳簿をめくる。
どのページにも、設備の名前は残っている。
実技場。
地下倉庫。
魔導具保管室。
作業内容も読むことができた。
魔石の交換。
魔力経路の調整。
記録装置の点検。
だが、誰が作業したのかだけが消されている。
「これでは、古い番号から人を追えないわね」
「だから、番号を使った者を待つ」
クラリスは、作業申請を受け取る金属板へ小さな封印具を取り付けた。
「第2保守室の番号で新しい申請が作られれば、通常の設備担当へ送られる前に、こちらにも同じ内容が届くようにした」
「相手に気づかれませんか?」
「元の申請には触れない。複製を1枚作るだけよ」
レオンは封印具を見る。
第0研究室が次の観測を行わなければ、何も届かない。
別の番号を使われれば、この方法では追えない。
それでも、これまでと同じ仕組みを使うなら、次は相手より先に作業場所を知ることができる。
「待つしかない?」
リゼットが尋ねる。
「待っている間にも、調べられるものは調べる。ただし、あなたたちは授業を続けて」
クラリスが2人を見る。
「急に行動を変えれば、こちらが気づいたと教えることになる」
「次に装置が置かれるまで、観測される側を続けるんですね」
レオンが言う。
「観測させるのとは違う。見つけた時点で止めるわ」
記録保管室を出ると、リゼットは足を止めた。
「20年前の記録まで消されているのに、次も同じ番号を使うと思う?」
「使う理由があるなら」
「理由?」
「今まで見つからなかった」
廃止された番号でも、学院の設備は正式な申請として受け入れた。
教師の名前を使えば、整備担当者も疑わない。
第0研究室にとっては、変える必要のない方法だった。
「見つかったと分かれば、変えるでしょうね」
「だから、まだ分かっていないと思わせる」
「私たちが何も気づいていないように?」
「ああ」
リゼットは不満そうに息を吐いた。
「それが一番難しいわ」
それから5週間、第2保守室の番号を使った申請は作られなかった。
学院生活は、その間も進んでいく。
レオンはCクラスの順位戦へ3度挑んだ。
2度勝ち、1度負けた。
勝った試合では、相手の攻撃が終わる前に次の位置へ糸を伸ばした。
第62話の授業で学んだ、今の行動が終わる前に次を始める動きだった。
負けた試合では、最初に見せられた攻撃へ対応しすぎた。
相手は同じ構えから違う魔法を放ち、レオンが糸を固定した場所を避けた。
一度見た動きを使うとは限らない。
前の失敗を直しても、相手も同じ場所にはいない。
レオンの順位は42位になった。
ユリアは43位。
セイルは44位まで上がっている。
ガルドは55位だった。
「俺だけ遠くないか?」
順位表の前で、ガルドが言う。
「最初が60位だった」
レオンが答える。
「分かってる。でも、お前らが並んでると置いていかれた感じがする」
「5つ上がっているでしょう」
「ユリアは4つ、お前は4つ、レオンも4つだろ。俺は5つだぞ」
「なら、ガルドが一番上がっている」
セイルが順位表を見る。
「そう言われると悪くないな」
「順位は一番下だけどな」
「最後に余計なことを言うな!」
ガルドの声が廊下へ響く。
以前なら、Cクラスの生徒たちが振り返った。
今は何人かが笑うだけで、そのまま通り過ぎていく。
昇格してきた7人は、もう教室の異物ではなくなり始めていた。
授業でも、昇格者だけが失敗することは減った。
複数の標的。
途中で変わる目的。
味方との役割分担。
レオンたちは、最初からすべてをこなせるわけではない。
それでも、失敗したあとに動きを変え、次の課題へ進めるようになっていた。
学院へ入学してから、半年目に入った。
その日の午後。
Cクラスでは、半年間の成績を確認する個別面談が行われていた。
教室の前方では、ローガンが生徒を1人ずつ呼んでいる。
実技、筆記、順位戦、集団行動。
半年間に記録された結果を確認し、次の半年で何を直すかを伝えるための面談だった。
レオンの順番は最後に近い。
「レオン・アーヴェル」
名前を呼ばれ、教卓の前へ進む。
ローガンは成績表を置いた。
「筆記は上位。実技はCクラスの中ほど。順位は42位」
「集団行動は?」
「最初よりは改善している。ただし、自分が動きながら全体を見ようとする癖が残っている」
「動かない方がいい?」
「必要なら動け。だが、お前が判断を引き受けすぎると、周りが判断する機会を失う」
「前にも言われました」
「直りきっていないから、また言っている」
ローガンは成績表の下部を指した。
「学院外実習については、信号具を使用した判断を評価する。魔物を捕らえようとした判断は、評価を保留した」
「証拠は残りました」
「お前たちも残った。今回はな」
レオンは成績表を受け取った。
半年間の結果として、特別に高い評価ではない。
最下位から始まったことを考えれば上がっているが、Cクラスにはまだ41人が上にいる。
「次の半年で、どこまで上がれると思いますか?」
「それを俺に聞くのか?」
「教師としての予測です」
「今と同じことだけを続ければ、30位前後で止まる」
「理由は?」
「お前の動きを見た生徒が、糸を使う前提で対策を始めているからだ」
ローガンは教室に残る生徒たちを見る。
「お前が相手を調べるように、相手もお前を調べる。Cクラスでは、それが普通だ」
「なら、対策される前提で変える」
「それができれば、予測より上へ行ける」
面談が終わり、レオンは席へ戻った。
成績表を鞄へ入れようとしたとき、教室の扉が開く。
クラリスが立っていた。
「ローガン先生。少しよろしいですか」
ローガンは残っていた面談を別の教員へ任せ、廊下へ出る。
クラリスはレオンにも来るよう目で示した。
管理棟の記録保管室では、リゼットが待っていた。
机の上には、1枚の新しい作業申請書が置かれている。
「第2保守室の番号が動いた」
クラリスが言った。
5週間、一度も反応しなかった封印具が、今日の正午に申請を複製していた。
申請者の欄には、ローガンの名前も、Sクラス教師の名前もない。
空白のままだった。
承認者も空白。
作業者は、廃止された第2保守室の番号。
それでも、申請状態には承認済みと記されている。
「どの設備ですか?」
レオンが尋ねる。
クラリスは申請書を裏返した。
作業場所は、第4複合実技場。
作業日は3日後。
作業内容には、設備の点検としか書かれていない。
その下に、小さな文字が2行だけ追加されていた。
対象A―07。
対象B―31。
リゼットが紙を見つめる。
「私とレオンを、同じ場所へ集めるつもり?」
「3日後、第4複合実技場でSクラスとCクラスの合同授業が予定されている」
クラリスが答えた。
「その予定は、いつ決まったんですか?」
「入学時から年間予定に入っている。半年目の生徒を対象にした、定期的な合同実技よ」
半年目。
作業申請が作られたのは、レオンたちの面談が始まった日だった。
対象Aと対象B。
別々の場所で観測されていた2人が、今度は同じ実技場へ集められる。
「授業を中止しますか?」
ローガンが尋ねる。
クラリスはすぐには答えなかった。
中止すれば、生徒の安全は確保できる。
だが、第0研究室が何を用意しているのかは分からないままになる。
予定どおり行えば、相手の目的へ近づける。
同時に、相手が望む場所へ入ることになる。
レオンは申請書を見る。
作業内容は、設備点検。
どの装置へ、何を取り付けるのかは書かれていない。
ただし、今回は相手より先に予定を知った。
「装置が置かれる前に確認できます」
レオンが言う。
「作業日は3日後ではない」
クラリスが申請書の端を指した。
正式な作業日は3日後。
だが、部品の搬入予定は今夜になっていた。
誰かが、日が沈んだあとに第4複合実技場へ入る。
観測が始まる前に、観測者へ近づける可能性があった。




