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第66話 予定を知る者

クラリスが用意したのは、2枚の授業予定表だった。


1枚には、8日後に行われるCクラスの実技予定が記されている。


第6実技場。

複数標的への対応訓練。

参加者の名簿には、レオン・アーヴェルの名前があった。


もう1枚は、同じ時刻に行われるSクラスの魔法測定。

場所は第3魔法測定室。

リゼット・アルヴァが参加する予定になっている。


「この予定を、学院の共通記録へ登録する」


クラリスが言った。


「実際には行わない予定ですか?」


レオンが尋ねる。


「授業自体は行う。ただし、場所を変更する」


Cクラスの実技は第5実技場。

Sクラスの測定は第2魔法測定室で行う。


変更を知るのは、クラリス、ローガン、Sクラスの担当教師だけ。

生徒へは当日の朝に伝えられる。


学院の予定表や、実技場の使用記録には変更を残さない。


「偽の場所へ、また観測用の魔導具が置かれるか確かめるのね」


リゼットが予定表を見る。


「置かれれば、相手は私たちを直接追っているわけではない」


クラリスはうなずいた。


「学院の記録から、行動を予測していることになる」

「置かれなかったら?」

「計画が知られているか、別の方法で居場所を把握されている。どちらにしても手掛かりになる」


ミナは机に置かれた予定表を見たまま、口を開いた。


「相手が、予定を変えさせることもある」

「どういう意味だ?」


レオンが尋ねる。


「授業の場所を変える理由を作る。設備を壊すとか、教師を呼び出すとか」

「その可能性も考えている」


クラリスは2枚の予定表を封筒へ入れた。


「8日間、普段どおりに行動して。予定を知っていることも、疑っていることも表へ出さないで」


調査室を出ると、リゼットがレオンの隣を歩いた。


「普段どおりと言われても、難しいわね」

「変える必要はない」

「あなたは、こういうときほど周りを見るでしょう」

「見るのは普段からだ」

「なら、普段どおりね」


リゼットは少しだけ笑った。


「次に何か見つけても、1人で確かめに行かないで」

「まだ何もしていない」

「これからしないように言っているの」

「分かった」

「返事が早いと不安になるわ」

「どう答えればいい?」

「行動で示して」


レオンは答えず、廊下の先を見る。


今回、観測されるのは自分たちではない。

自分たちがいると記録された場所だ。


相手が何を見ているのか。

それを確かめるための8日間が始まった。


翌日からも、Cクラスの授業は変わらなかった。


実技では4人1組になり、移動する標的を守りながら、別の標的を停止させる課題が行われた。


レオン、ガルド、セイル、ユリアは同じ班だった。


円形の実技区域には、青い標的が1体と赤い標的が3体置かれている。


青い標的を壊されれば失格。

赤い標的をすべて停止させれば課題終了。


壁際の攻撃人形は、青い標的へ向けて光弾を放つ。

赤い標的は床の溝に沿って動き、青い標的へ近づいていく。


「ガルドは青を守る。ユリアは右の2体を遅らせてくれ。セイルは左。俺は止めきれなかった方へ行く」


レオンが言う。


「俺は動かなくていいのか?」

「青が動かない」

「なら、向こうから来るのを待つか」

「光弾も来るわよ」


ユリアが杖を構えた。


開始の合図と同時に、赤い標的が動き出した。

壁際の攻撃人形から、青い標的へ光弾が放たれる。


ガルドが盾で防ぐ。

盾を下ろす前に、右から来る赤い標的へ身体を向けた。


ユリアが床へ薄い氷を伸ばす。

2体のうち、前を進んでいた標的だけが滑った。


後方の1体は速度を落とさない。

ユリアはすべてを止めようとせず、杖を次の標的へ向ける。


左側ではセイルが風を使い、赤い標的へ追いついていた。

剣を当てて停止させる。


1体目。


レオンはユリアが止めなかった標的へ糸を伸ばす。

引き寄せるのではなく、進行方向をわずかに変えた。


赤い標的が青い標的の横を通り過ぎる。

ガルドが盾の縁を当て、停止させた。


2体目。


残る1体は、氷の上で姿勢を戻している。


レオンが向かおうとした瞬間、ローガンの声が響いた。


「目的変更。赤い標的を壊すな。3体すべてを区域外へ出せ」


セイルが停止させた標的も再び動き始める。


「話が違うぞ!」


ガルドが叫ぶ。


「実戦中に、状況が説明どおりに続くとは限らない」


赤い標的が青い標的へ向かう。

今度は攻撃を当てて止められない。


レオンは1体へゼロスレッドを巻きつけ、床の外側へ進路を変えた。

セイルが横から風を当て、区域の線を越えさせる。


ユリアは2体目の前だけを凍らせた。

滑った標的をガルドが盾で受け止め、そのまま区域外まで押し出す。


最後の1体が青い標的へ迫る。


レオンが糸を伸ばす。

標的の速度が予想より速い。


引くだけでは間に合わない。


「セイル、右から押してくれ」

「間に合わない」

「俺が向きを変える」


レオンが糸を引き、標的の正面を右へ向ける。

セイルの風が側面へ当たった。


標的が斜めに進む。

区域の線へ近づくが、途中で床の溝に引かれて進路を戻そうとした。


ユリアが溝の一部を凍らせる。

ガルドが青い標的の前へ立ち、盾を構えた。


赤い標的が盾へぶつかる。


ガルドは受け止めたまま、前へ押し返す。

レオンとセイルが左右から進路を整える。


赤い標的が区域外へ出た。


「終了」


ローガンが装置を止める。


制限時間は残り3秒だった。


「目的が変わったあと、最初の動きが遅い」


ローガンは記録板へ数字を書く。


「でも、達成はしたぞ」


ガルドが言う。


「達成したことと、改善する場所がないことは別だ」

「前にも聞いたな、それ」

「直っていないから、同じことを言っている」


ローガンはレオンを見る。


「最初の指示では、自分を余った場所へ置いたな」

「3人が対応できない場所へ動くつもりでした」

「自分の役割を決めていないとも言える」

「どこへでも動けるようにした」

「全体を見る者が、最初に動けば指示を出す者がいなくなる」

「残った3人で判断できる」

「それを確認したか?」

「していません」

「なら、都合のいい予想だ」


レオンは3人を見る。


ガルドは青い標的を守った。

セイルは左の標的を止めた。

ユリアは2体の動きを分けた。


目的が変わったあとも、それぞれ自分で判断している。


最初からすべてをレオンが決める必要はなかった。

だが、任せるなら、任せることまで共有する必要がある。


「次は、変更後の判断役を決めます」

「変更される内容まで分からないぞ」

「誰が全体を見るかは決められる」

「それなら試せ」


ローガンは次の班を呼んだ。


授業後、ガルドがレオンの肩を軽く叩く。


「俺たちが勝手に動いたら困るのか?」

「困らない」

「なら、もっと任せろ」

「次からそうする」

「全部任せるのは違うぞ」

「どっちだ?」

「必要なときは指示しろ。俺が分からないときもある」

「面倒ね」


ユリアが杖を布で拭きながら言う。


「でも、正しいわ。指示するか、任せるかを先に決めなさい」

「俺は速い方を選ぶ」


セイルが剣を鞘へ戻す。


「レオンの指示を待つより、自分で動いた方が速ければ動く」

「それで失敗したら?」

「次は変える」


レオンは3人の言葉を聞いた。


自分がすべてを見て、すべてを修正する。

それだけでは、4人で戦う意味がない。


反復するのは、自分の動きだけではなかった。


それから数日間、予定に不自然な変更はなかった。


実技場の故障もない。

教師が呼び出されることもない。


8日目の朝。


ローガンは教室へ入ると、普段どおり出席を確認した。


「午前の実技場所を変更する。第6実技場ではなく、第5実技場へ移動しろ」

「理由は?」


Cクラスの生徒が尋ねる。


「設備確認だ。詳しい説明は必要ない」


偽の予定を知らない生徒たちは、疑問を持ちながらも教室を出た。


第5実技場では、予定されていた複数標的への対応訓練が行われた。

装置に異常はない。


レオンは課題をこなしながら、周囲の魔力を確かめた。


不自然な流れは感じない。

誰かに見られている感覚もない。


ただし、それは観測されていない証明にはならない。


午前の授業が終わる。


ほかの生徒たちが昼食へ向かう中、レオンはローガンとともに第6実技場へ向かった。


入口にはクラリスがいる。

リゼットも、Sクラスの授業を終えて来ていた。


「第3魔法測定室にもあったわ」


リゼットが小声で言う。


「こっちは、まだ確認していない」


クラリスが第6実技場の鍵を開けた。


室内に人はいない。

移動標的も、壁際の攻撃人形も停止している。


見たところ、普段の実技場と変わらなかった。


ローガンが入口を閉める。


「俺は昨日、装置の動作確認をした。その時点では異常はなかった」

「昨夜から今朝までに置かれた?」


レオンが尋ねる。


「その可能性が高い」


4人は手分けして実技場を調べた。


壁。

床の溝。

攻撃人形の杖。

移動標的の内部。


レオンは、予定表に記載されていた課題を思い出す。


複数標的への対応訓練。

自分が最初に向かう可能性が高いのは、入口から最も近い標的。


レオンはその人形の前へしゃがんだ。


外側には何もない。

台座と床の隙間へ、細いゼロスレッドを通す。


糸が、内部の何かに触れた。


「ここです」


ローガンが人形を持ち上げる。

クラリスが台座の留め具を外した。


内部には、透明な石が埋め込まれている。


鉤爪猿の魔導具に使われていたものより小さい。

周囲には細い金属板が巻かれていた。


表面に文字はない。


「ミナを呼ぶべきですか?」


レオンが尋ねる。


「まだ触らないで。まず周囲を封じる」


クラリスが透明な石を囲むように、4本の金属杭を置いた。

魔力を流すと、薄い膜が台座を覆う。


透明な石が光った。


1回。

続けて、もう1回。


鉤爪猿の魔導具と同じ反応だった。


だが、今度は光が消えない。


透明な石の中心へ、黒い線が浮かび上がる。

線は文字の形へ変わった。


B―31。


「場所が違っても、番号は同じ」


レオンが言う。


「装置の番号じゃないからよ」


リゼットは、第3魔法測定室で回収された金属片を取り出した。


そちらには、A―07と刻まれている。


「私たちが来ると記録された場所へ、それぞれ置かれていた」

「つまり、居場所を直接見ていたわけじゃない」


クラリスが透明な石を封印容器へ移す。


「相手は共通予定表を確認している。少なくとも昨日の時点で、場所が変更されたことは知らなかった」

「予定表を見られる者は何人いる?」


リゼットが尋ねる。


「教師だけではない」


ローガンが答えた。


「実技場を管理する職員、装置を整備する者、授業用の魔石を準備する者。上位の管理権限を持つ者なら、学院内の予定をすべて確認できる」

「多すぎる」

「ああ。これだけでは相手を特定できない」


クラリスは、透明な石が埋め込まれていた台座を調べる。


留め具の一部が新しい。

昨夜、外して付け直された跡がある。


その横には、整備を行った者が残す小さな確認札が差し込まれていた。


ローガンが札を抜く。


表には、実技場番号と作業時刻。

裏には、作業を許可した教員の名前が書かれている。


ディートリヒ・ローガン。


「先生が許可したんですか?」


レオンが尋ねる。


「していない」


ローガンの声が低くなる。


確認札には、Cクラス担任の印も押されていた。

形は、ローガンが普段使っているものと同じだった。


「印を盗まれた?」

「今朝も俺が持っていた。紛失したことはない」


クラリスが札を受け取る。


「印影を写したか、学院の記録から複製した可能性がある」

「名前と印があれば、夜でも実技場を整備できるの?」


リゼットが尋ねる。


「正式な申請として処理されれば、担当者は疑わない」


記録には、ローガンが設備の不調を報告し、夜間整備を許可したと残っている。


実際には、不調などなかった。

ローガンは申請していない。


それでも学院の記録上では、正しい手続きを経て作業が行われていた。


「作業した者は分かりますか?」


レオンが尋ねる。


クラリスは確認札の下部を見る。


作業者の欄には、番号だけが書かれていた。

職員の名前はない。


その番号を見たローガンが眉を寄せる。


「この番号は、現在の整備班には使われていない」

「古い番号?」

「20年前に廃止された区分だ」


クラリスが答えた。


「第2保守室で使われていたものと同じ形式よ」


第2保守室。


学院の図面から消されていた部屋。

その奥で、レオンとリゼットは対象Aと対象Bの記録を見つけた。


存在しないはずの場所で使われていた番号が、今の学院の整備記録へ入り込んでいる。


レオンは透明な石と、ローガンの名前が書かれた札を見る。


第0研究室は、地下に隠れているだけではない。


学院の予定を読み、教師の名前を使い、正式な整備として記録を残している。


「学院の中にいる誰かが、記録を書き換えている」


リゼットが言う。


「誰かとは限らない」


レオンは答えた。


鉤爪猿の魔導具。

Sクラスの訓練人形。

誰もいない実技場へ置かれた観測装置。


どれも、学院の仕組みを利用して運び込まれていた。


誰か1人が、すべての予定と設備を操作しているのか。

複数の人間が、第0研究室のために動いているのか。


それとも、現在の学院そのものに、古い仕組みが残っているのか。


まだ判断できない。


ただ、1つだけ分かったことがある。


観測者は、レオンたちの居場所を最初から知っているわけではない。


学院の記録を信じている。


「次は、記録の方を追えます」


レオンが言う。


偽の予定は、観測者をだました。


それなら、学院に残された正しい記録も、すべて正しいとは限らなかった。

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