第63話 学院の外
学院外実習までの5日間、レオンたちは同じ課題を繰り返した。
動き続ける3体の標的。
壁際から放たれる光弾。
1分の制限時間。
最初に変わったのはガルドだった。
すべての光弾へ盾を向けるのをやめ、当たる可能性が高いものだけを防ぐ。
防御した直後も盾を下ろさず、そのまま標的との距離を詰めた。
3体すべてへ攻撃を当てる。
受けた光弾は1発。
「今のは合格か?」
ガルドがローガンへ尋ねた。
「基準には届いた」
「よし!」
「ただし、背後の確認が遅い」
「合格したあとくらい褒めてくれよ!」
「直す場所を教えている」
ガルドは喜びながらも、光弾が当たった背中を振り返った。
セイルは標的へ向かう途中で、壁際の攻撃人形を見るようになった。
速度を落とす回数は増えたが、光弾へ正面から飛び込むことはなくなった。
最初の2体へ攻撃したあとも、すぐには3体目へ飛びつかない。
攻撃人形の杖先を確認し、光弾の進路から外れてから加速する。
ユリアは氷板の厚さを半分以下にした。
すべてを完全に防ぐのではなく、光弾の軌道を少し変える。
残した魔力で、次の標的へ続く細い氷の道を作った。
防御、移動、攻撃のどれかに魔力を偏らせず、最後まで3つを維持する。
レオンは、1体目へ短剣を当てる前に2体目へ糸を伸ばした。
2体目へ進む間に、3体目の位置を確認する。
姿勢を崩しても、糸で身体を戻してから周囲を見るのではない。
戻しながら見る。
最後の挑戦では、3体すべてへ攻撃を当てた。
光弾が左肩へ1発当たったが、ローガンは合格と判定した。
「完全に避ける必要はないんですか?」
レオンが尋ねる。
「実戦では、攻撃を1発受けた時点で終わるとは限らない」
「受けても動けるなら、次を優先する?」
「何を受けたかにもよる。避けるか、防ぐか、受けるか。判断するのはお前だ」
正解は1つではなかった。
防ぐべき攻撃。
受けても動ける攻撃。
避けるために、今の目的を捨てる場面。
Cクラスでは、その判断まで自分で行う必要がある。
5日目の朝。
Cクラスの生徒たちは、学院正門前へ集められた。
普段の制服ではなく、厚手の実習服を着ている。
腰や背中には、それぞれが普段使っている実戦用の武器があった。
武器のほかに、水筒、簡易食、治療布、信号具を入れた小型の鞄も持っている。
正門前では、ローガンと数人の教員が装備を確認していた。
「盾の表面に異常なし。槌の柄も問題ない」
ローガンがガルドの装備から手を離す。
「当然だ。昨日全部確認したからな」
「自分で確認するのと、他人が確認するのは別だ」
次にセイルが前へ出る。
ローガンは鞘から剣を少し抜き、刃と柄の状態を確認した。
「刃こぼれなし。鞘の留め具も問題ない」
「これなら参加できる?」
「問題があれば、ここまで持ってこさせていない」
ユリアの杖に埋め込まれた魔石と、レオンの短剣も確認される。
レオンの短剣は新しいものではない。
それでも刃は研がれ、柄にも緩みはなかった。
ローガンは最後に、レオンが持つ信号具を見る。
「実戦で最も重要なのは、戦い続けることではない」
「退くことですか?」
「退くべきときに退くことだ。信号具を使う判断が遅れれば、持っていないのと同じになる」
学院外実習へ向かうのは、王都の北東にある管理森林だった。
低危険度の魔物が生息しているが、学院の教員が定期的に数と縄張りを確認している。
正門の外には、屋根のない大型馬車が待っていた。
「入学してから、初めて学院の外へ出るな」
ガルドが馬車へ乗り込む。
「出身は王都の外だ」
レオンが答えた。
「授業でって意味だ」
「それなら初めてだ」
「最初から分かれよ」
レオンの後ろから乗ったユリアが、ガルドの向かいへ座る。
「森の中でも同じ調子で叫ばないで。魔物に居場所を教えることになるわ」
「叫ぶ必要がなければ叫ばない」
「必要がなくても叫んでいるでしょう」
「俺だって場所は選ぶぞ」
セイルは馬車の端へ座り、正門から続く道を見ていた。
「森に入ったら、声より先に足音を減らした方がいい」
「お前は風で消せるのか?」
「完全には無理だ。でも、落ち葉を踏む場所は選べる」
「盾を持って静かに歩くのは無理だぞ」
「なら、ガルドの音を前提にして動く」
最後にローガンが馬車へ乗り込んだ。
「今のうちに話しておけ。森へ入ったあとは、不要な会話を減らす」
馬車が動き出す。
王都の石畳を抜けると、道の両側に畑が広がった。
さらに進むと建物が減り、遠くに深い緑色の森が見えてくる。
学院から管理森林までは、馬車で1時間ほどだった。
到着すると、Cクラスの生徒は4人ずつの班に分けられた。
レオン、ガルド、セイル、ユリアは同じ班だった。
ローガンから渡された地図には、森の入口と集合地点、立入禁止区域が記されている。
赤く塗られた場所へは、教員の許可なしに近づいてはならない。
「課題は、指定区域内にいる低危険度の魔物を2体討伐し、魔石を回収すること」
ローガンが地図の中央を指す。
「対象は小型の角兎、または森鼠。どちらも単独では大きな脅威にならない。ただし、森鼠は複数で動く場合がある」
「教員は一緒に来ないのか?」
ガルドが尋ねる。
「各班から一定の距離を保って追跡する。姿が見えないからといって、いないとは思うな」
「危険になったら?」
「信号具を使え。赤い光を上げれば、最も近い教員が向かう」
ローガンは集まった生徒たちの顔を見る。
「課題のために立入禁止区域へ入ることは禁止する。対象が見つからなくても、時間までに戻れ。魔物を追って自分の位置を見失うな」
実習時間は3時間。
日が高いうちに終了する予定だった。
森へ入ると、王都の音はすぐに聞こえなくなった。
頭上を木の枝が覆い、足元には枯れ葉が積もっている。
整備された道は入口付近だけで、少し進めば木の根や低い草が行く手を塞いだ。
ガルドが先頭を歩く。
大盾を背負っているため足音は消せないが、枝を折らないよう歩幅を小さくしていた。
少し後ろをセイルが進む。
風を使わず、周囲の葉や草の動きを見ている。
ユリアは地図を持ち、進行方向を確認していた。
レオンは最後尾から、背後と左右を見る。
「右に何かいる」
セイルが小声で言った。
4人が足を止める。
セイルの視線の先では、低い草が一定の間隔で揺れていた。
「距離は?」
「20歩くらい。小さい」
「角兎か?」
「まだ見えない」
レオンは近くの木へ短いゼロスレッドを伸ばした。
別の木へ2本目を張る。
魔力は抑えている。
罠として強く張るのではなく、逃げる方向を把握するための線だった。
ユリアが杖を構える。
「左側を凍らせるわ」
「広くしなくていい」
「分かっているわ」
ガルドは背中から盾を外し、草が揺れる方向へ半歩進んだ。
枝の奥から、茶色い魔物が飛び出す。
額から短い角が伸びた、小型の角兎だった。
ガルドの姿を見て、すぐに左へ逃げる。
ユリアが薄い氷を地面へ作った。
角兎は氷を避け、右へ向きを変える。
その先に、レオンが張った糸がある。
糸へ触れる直前、角兎が跳んだ。
「上だ!」
ガルドが声を上げる。
セイルが動く。
足元へ風を集めて跳躍し、鞘から抜いた剣を横へ振った。
刃が角兎の肩を浅く切る。
致命傷にはならなかったが、空中で体勢を崩した。
角兎が地面へ落ちる。
起き上がろうとするが、ガルドの盾が進路を塞いだ。
ユリアが足元だけを凍らせる。
動きが止まったところへ、レオンが短剣を突き立てた。
角兎が動かなくなる。
4人はすぐに周囲を確認した。
別の魔物が近づいていないことを確かめてから、魔石を回収する。
「1体目だな」
ガルドが魔石を袋へ入れた。
「大声を出した」
ユリアが言う。
「必要だっただろ!」
「上に跳んだことは見えていたわ」
「セイルには見えてないかもしれないだろ」
「見えてた」
「じゃあ、言わなくてもよかったのか?」
「今回はな」
セイルは剣に付着した血を布で拭き取る。
「でも、ガルドの声で位置は分かりやすかった」
「ほら見ろ!」
「次も叫べとは言ってない」
最初の討伐は、Cクラスの訓練より簡単に終わった。
だが、止まっている時間は長かった。
魔石を回収している間、周囲への注意が減っていた。
教師が見ていれば、そこも評価される。
レオンは血の跡へ土をかけた。
匂いで別の魔物が近づく可能性がある。
2体目を探し、4人は森の奥へ進んだ。
30分ほど歩いたところで、ユリアが地図を確認する。
「この先で右へ曲がれば、集合地点へ戻れる」
「まだ時間はある」
セイルが周囲を見る。
「魔物の足跡もある」
「どっちだ?」
ガルドがしゃがんだ。
地面には、小さな足跡が続いていた。
角兎か森鼠のものに見える。
レオンは足跡の向きを確認する。
森のさらに奥へ続いているが、立入禁止区域とは反対だった。
「追う」
「走らない方がいい」
ユリアが言う。
「足跡を消すかもしれない」
「ああ」
4人は間隔を空けて進んだ。
足跡は次第に新しくなる。
折れた草。
掘り返された土。
木の根に付着した短い毛。
近くにいる。
セイルが手を上げた。
全員が止まる。
前方の木の陰に、茶色い身体が見えていた。
2体目の角兎。
だが、動いていない。
ガルドが盾を構え、ゆっくり近づく。
レオンとユリアが左右へ分かれ、セイルは後方を確認した。
角兎はすでに死んでいた。
背中には、大きな傷がある。
鋭い爪で引き裂かれたように、3本の線が深く残っていた。
「俺たちより先に、別の魔物が倒したのか?」
ガルドが周囲を見る。
「傷が大きい」
ユリアが杖を構えた。
「角兎や森鼠にはつけられないわ」
「管理森林には、ほかに何がいる?」
セイルが尋ねる。
「説明では、低危険度の魔物だけだった」
「説明されていない個体が入り込んだ可能性は?」
「ある」
レオンは傷口を見る。
血は完全には乾いていない。
倒されてから長い時間は経っていなかった。
近くの土に、別の足跡がある。
角兎より大きい。
人間の手ほどの幅があり、爪の先が深く土へ沈んでいる。
1つ。
2つ。
足跡は途中で途切れていた。
「木へ登ったのか?」
ガルドが頭上を見る。
枝は揺れていない。
姿も見えない。
レオンは周囲の音を聞く。
鳥の鳴き声が消えている。
風はある。
葉も動いている。
それでも、森の中が不自然に静かだった。
「信号具を使う?」
ユリアが尋ねる。
「まだ魔物を見ていない」
セイルが答える。
「でも、対象外の痕跡はある」
「教員へ知らせるべきだ」
レオンが鞄へ手を伸ばす。
その瞬間、少し離れた場所で太い枝が折れた。
1度だけではない。
重い何かが、木から木へ移る音。
地面ではなく、頭上から聞こえる。
ガルドが盾を持ち上げる。
ユリアが4人の周囲へ薄い氷を広げる。
セイルは剣を抜き、音の方向へ身体を向けた。
レオンは赤い信号具を取り出す。
森の奥から、低い唸り声が響いた。
ローガンから説明された、どの魔物の声とも違っていた。
良ければブックマークしていただけると泣いて喜びます。




