第62話 Cクラスの基準
Cクラスの教室には、60個の机が並んでいた。
前日までDクラスにいた7人は、教室の後方に集まっている。
レオンは46位。
ユリアが47位、セイルが48位。
ガルドは60位だった。
Dクラスでは1位だったガルドが、今は最後尾にいる。
「なんか納得いかないな」
「Cクラス60位に勝ったから、入れ替わった」
「仕組みは分かってる。昨日まで一番上だったのに、急に一番下なのが変な感じなんだよ」
「ここで上がればいい」
「簡単に言うな」
「Dクラスでも上がった」
「それを言われると反論しづらいな」
ガルドが胸元の順位札を指で弾く。
少し前に座るセイルが振り返った。
「順位を気にするのは、授業を受けてからにした方がいいぞ」
「どういう意味だ?」
「俺たちを見てる」
教室の生徒たちは、昇格してきた7人へ露骨な視線を向けてはいなかった。
それでも教本を開きながら、こちらの武器や順位札を確認している。
昇降格戦で勝った者。
次に順位戦を申し込む可能性がある相手。
Dクラスでレオンたちがしていたことと同じだった。
授業開始の鐘が鳴る。
教室の扉が開き、長身の男性教師が入ってきた。
短く整えられた濃い灰色の髪。左頬には、古い傷が横切っている。
濃紺の学院制服の腰には、細身の剣が下げられていた。
教師は教卓の前へ立ち、教室全体を見渡す。
「Cクラス担任のディートリヒ・ローガンだ」
ローガンは、昇格してきた7人の顔を順番に確認した。
「昇格者には、最初に伝えておく。Cクラスでは、できることを1つずつ確認する授業は減る」
ローガンは教卓へ資料を置いた。
「武器、魔法、移動、周囲の確認。それらを同時に使うことが前提だ」
「全部いっぺんにやるのか?」
ガルドが尋ねる。
「戦闘中、相手が待ってくれるなら別々でも構わない」
「待たないな」
「だから同時に行う」
ローガンは教室の扉へ向かった。
「説明を聞くだけでは分からない。第5実技場へ移動しろ」
第5実技場には、円形の訓練区域が6つ用意されていた。
それぞれの区域には、胸ほどの高さの木製人形が3体置かれている。
人形は床の溝に沿って移動する構造で、一定の場所には止まらない。
壁際には、短い杖を持った別の訓練人形が立っていた。
「課題は、移動する3体の標的へ順番に攻撃を当てること」
ローガンが杖を持つ人形を示す。
「同時に、あの人形から攻撃魔法が放たれる。防御や回避も行え。制限時間は1分だ」
「攻撃魔法の属性は?」
ユリアが尋ねる。
「光属性を模した低威力の弾だ。当たっても怪我はしない。ただし、1発受けるごとに評価を下げる」
「標的を全部倒しても?」
「何度も攻撃を受ければ不合格だ」
ローガンが訓練区域の外へ下がった。
「最初は昇格者から行う。Dクラスで身につけたものが、どこまで使えるか確認しろ」
最初に呼ばれたのはガルドだった。
大盾と訓練用の片手槌を持ち、円の中央へ入る。
開始の合図と同時に、3体の標的が別々の方向へ動き始めた。
ガルドは最も近い標的へ向かう。
壁際の人形から光弾が放たれた。
盾で防ぐ。
その間に標的が横へ移動する。
ガルドは進路を変えて追った。
2発目の光弾が飛ぶ。
再び盾を上げる。
攻撃は防いでいる。
だが、標的へ近づけない。
「逃げるな!」
「人形に言っても止まらないわよ」
ユリアの声が訓練区域の外から飛んだ。
ガルドは盾を構えたまま走り、標的の進路へ先回りした。
ようやく槌が1体目へ当たる。
すぐに2体目を探す。
その瞬間、背中へ光弾が当たった。
振り返る。
盾を構える。
3体目が遠ざかる。
制限時間内に攻撃できたのは、1体だけだった。
「守ることに意識を使いすぎた」
ローガンが結果を記録する。
「盾を上げてから進み、進んでから標的を探している。次の行動が遅い」
「全部防いだ方がいいだろ」
「守った結果、何も倒せなければ勝てない」
ガルドは盾を下ろし、不満そうに区域を出た。
次はセイルだった。
腰に下げていた剣を外し、実技場から借りた訓練用の木剣を構える。
開始と同時に足元へ風を流し、最初の標的へ接近した。
木剣を当て、その勢いのまま2体目へ向かう。
光弾が背後から飛ぶ。
セイルは振り返らず、横へ加速して避けた。
2体目にも木剣を当てる。
そこまでは速かった。
だが、3体目へ向かおうとしたところで、正面から光弾が来た。
セイルは急停止し、身体をひねる。
1発目は避けた。
続けて放たれた2発目が肩へ当たる。
姿勢を戻す前に、3発目も胸元へ命中した。
「そこまで」
制限時間は残っていたが、ローガンが止めた。
「標的しか見ていない」
「攻撃は避けた」
「最初の1発だけだ。進行方向を変えたあと、次の攻撃を確認していない」
「当たる前に3体目へ行けると思った」
「思った結果がそれだ」
セイルは黙って区域を出た。
ユリアは、光弾の進路へ薄い氷板を作りながら標的を追った。
防御と移動を同時に行えている。
1体目。
2体目。
続く光弾を防ぐため、3枚目の氷板を作る。
氷の形成が遅れた。
光弾が板を抜け、ユリアの腕へ当たる。
それでも3体目へ向かおうとしたが、足元へ作っていた氷の道が途中で消えた。
防御へ魔力を回したことで、移動用の氷を維持できなかった。
制限時間が終わる。
「魔法を使いすぎている」
ローガンが言った。
「防御にも移動にも、必要以上の氷を作った。途中から魔力の配分が崩れていた」
「当たらないようにしただけよ」
「1発防ぐために、次の2つを捨てている」
ユリアは反論せず、自分が作った氷の厚さを確認していた。
レオンの順番が来る。
刃を潰した訓練用短剣を抜き、左手を開く。
3体の標的は、開始前からそれぞれ違う方向を向いていた。
「始め」
最も近い標的へ走る。
動き始める前に、ゼロスレッドを胴体へ伸ばした。
糸を引く。
標的の進路がわずかにずれる。
正面へ来たところへ短剣を当てる。
1体目。
壁際の人形から光弾が放たれた。
レオンは右へ避ける。
同時に2体目を探す。
左奥。
こちらへ背を向けて動いている。
床へゼロスレッドを固定し、身体を引く。
移動速度を上げる。
着地する直前、2発目の光弾が飛んだ。
空中では避けられない。
左手から別の糸を伸ばし、進路を変えようとする。
糸を固定する前に、光弾が脇腹へ当たった。
着地が乱れる。
レオンは3本目の糸を床へ伸ばし、姿勢を戻した。
その間に、2体目が離れていく。
追う。
短剣を伸ばす。
届く直前、背中へ2発目の光弾が当たった。
レオンは振り返る。
次の攻撃は来ていない。
再び標的を見る。
位置を確認したときには、制限時間の半分が過ぎていた。
2体目へ短剣を当てる。
3体目は反対側。
そこへ糸を伸ばそうとした瞬間、ローガンの声が響いた。
「終了」
攻撃できた標的は2体。
光弾を受けた回数も2回。
合格ではなかった。
「姿勢を崩すたびに糸を使っている」
ローガンが結果板へ数字を書き込む。
「そのたびに、標的と攻撃人形の両方を見失っていた」
「糸を使わなければ転倒していました」
「使うことが悪いとは言っていない。使ったあとに、次を探し直していることが問題だ」
レオンは3体の標的を見る。
それぞれが今も床の溝に沿って動いている。
1体目へ攻撃する。
次を探す。
光弾を避ける。
再び標的を見る。
すべてを順番に行っていた。
変動地形走では、次の足場を先に決めた。
ユリアとの順位戦では、相手が動く場所へ先に足を向けた。
昇降格戦では、相手が炎を置く前に踏み込んだ。
それでも、新しい課題へ入ると、1つ終わるたびに確認する動きへ戻っている。
残る昇格者3人の試技も終わった。
合格した者はいない。
その後、元からCクラスにいた生徒たちが同じ課題へ挑んだ。
全員が成功したわけではない。
光弾を受ける者もいる。
標的を1体残す者もいた。
それでも、多くの生徒が攻撃を当てる前に次の標的を見ていた。
光弾を避けながら、すでに身体を別の方向へ向けている。
動作が特別に速いわけではない。
今の行動が終わる前に、次を始めている。
午前の実技が終わる。
昇格してきた7人は、実技場の端に残っていた。
元からCクラスにいた生徒たちは、結果を確認すると次の授業へ向かっていく。
笑う者はいない。
驚く者もいない。
昇格者が最初の授業で失敗することを、最初から知っていたようだった。
「Cクラスって、全員あれができるのか?」
ガルドが尋ねる。
「全員ではない」
セイルが、ほかの生徒の記録を見る。
「でも、俺たちよりできる奴が多い」
「昨日は勝ったのに」
「1人に勝つことと、何度でも同じ動きができることは別でしょう」
ユリアは自分の作った氷板を見ている。
「私は魔力を使いすぎた。セイルは周りを見ていない。ガルドは守るたびに止まる」
「レオンは?」
「全部見失っていた」
「そこまでじゃない」
「2回見失った」
「2回だ」
「制限時間の中では多いわ」
レオンは否定しなかった。
昼休みを挟み、午後も同じ課題が行われた。
今度は2人1組になり、片方が訓練区域の外から標的と光弾の位置を伝える。
レオンの相手はガルドだった。
「右に1体! 光弾は後ろから来るぞ!」
「距離は?」
「分からん!」
「伝えてくれ」
「見た感じ近い!」
「近いでは足りない」
光弾が肩へ当たる。
「当たったじゃないか!」
「方向だけでは避けられない」
「注文が多いな!」
次はレオンが外から伝える役になった。
「正面の標的まで7歩。右後方から光弾。2秒後」
「2秒ってどれくらいだ?」
「今だ」
「早く言え!」
ガルドが盾を上げる。
光弾は防いだが、標的は左へ抜けていった。
2人とも合格できなかった。
それでも、午前よりは見る場所が増えている。
自分の次の動きだけでなく、相手へ何を伝えるかも考える必要があった。
授業終了後、ローガンが全員を集めた。
「今日できなかった者は、明日までに完成させろとは言わない」
ガルドが少し安心した顔をする。
「5日後までだ」
「ちょっと長くなっただけじゃないか!」
ローガンはガルドを無視した。
「5日後、Cクラスは学院外実習へ出る。実習先では、標的も攻撃も決められた順番では動かない」
「学院の外へ行くんですか?」
セイルが尋ねる。
「ああ。今回は森林区域での索敵と討伐だ」
「魔物と戦う?」
「低危険度の個体が対象になる。教員も離れた位置から各班を追跡する」
ローガンはセイルが持つ木剣へ目を向けた。
「今日使ったのは、学院内実技用の模擬武器だ。学院外実習では、各自の実戦用武器を持ってこい」
「実戦用の剣を使うんですね」
「当然だ。剣、短剣、盾、槌、杖。普段使用している装備を持参し、出発前に状態を確認する」
ローガンの表情が厳しくなる。
「刃こぼれ、柄の緩み、盾の亀裂、魔導具の不調がある者は実習への参加を認めない。低危険度でも爪と牙は本物だ」
実技場に残っていた生徒たちの空気が変わった。
単なる校外授業ではない。
自分たちの武器で、実際の魔物と戦う。
「今日のように1つずつ考えて動いていれば、低危険度の個体にも簡単に囲まれる。昇格者は特に準備しておけ」
授業が終わり、生徒たちは実技場を出ていく。
レオンは3体の標的を見た。
今も動き続けている。
1体目へ向かっている間に、2体目を見る。
光弾を避ける前に、避けたあとの場所を決める。
分けていた動きを、重ねる必要がある。
レオンはローガンへ再挑戦を申し出た。
「使用時間は終わっている」
「1回だけでいいです」
「何を変える?」
「最初の標的へ攻撃する前に、次の糸を伸ばします」
ローガンは少し考え、装置を起動した。
3体の標的が動き始める。
レオンは1体目へ走る。
短剣を当てる前に、2体目へゼロスレッドを伸ばした。
引かない。
動きも止めない。
次の位置を、左手へ残しておくだけだった。
1体目へ短剣を当てる。
同時に光弾が飛ぶ。
右へ避けながら、すでに伸ばしていた糸を引いた。
身体が2体目の方向へ動く。
着地する前に、3体目を見る。
2体目へ短剣を当てる。
光弾が脇腹へ迫る。
避ける。
その先へ糸を伸ばす。
3体目までは届かなかった。
制限時間も終わった。
それでも、午前より早く2体へ攻撃できた。
受けた光弾は1発だけだった。
「合格ではない」
ローガンが言った。
「分かっています」
「だが、今の動きを忘れるな」
「ああ」
レオンはゼロスレッドを消した。
昇格した翌日。
最初の授業で、Cクラスの基準には届かなかった。
学院外実習まで、あと5日。
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