第61話 最初の昇格
正面から片手剣が迫る。
レオンの左右と背後には、これまで置かれた炎が残っている。
逃げ道はない。
だが、同じなのは相手もだった。
レオンを囲うために配置した炎が、片手剣の生徒の退路も狭めている。
レオンは短剣を上げた。
片手剣を受け止める直前、左手からゼロスレッドを伸ばす。
狙いは相手の剣を握る右手。
糸には魔力を多く流している。
見ようとすれば、細い輪郭を確認できる。
相手はすぐに剣の軌道を変えた。
レオンの短剣ではなく、伸びてきたゼロスレッドを斬る。
炎をまとった刃が糸を横切る。
魔力の流れが乱れ、ゼロスレッドが切れた。
その間に、レオンは前へ踏み込む。
「同じ囮か」
相手が剣を引き戻す。
ノアとの順位戦で使った、見える糸。
相手も記録を読んでいる。
糸へ反応させ、その隙に距離を詰める方法は知られていた。
片手剣が戻る。
レオンの短剣へ斜め上から振り下ろされた。
レオンは受けない。
身体を右へ倒し、刃の下へ入る。
右側には炎がある。
熱が頬へ伝わる。
制服の袖が焦げる。
それでも、完全には避けなかった。
炎の外側を通ろうとすれば、その先へ剣が置かれる。
相手が安全だと考える進路を選ばない。
炎の端を踏み、さらに前へ進む。
靴底が焼ける。
右足へ痛みが走った。
相手の表情が初めて変わる。
「踏むのか?」
「避けると思っていた」
「普通は避ける」
「だから使った」
レオンの短剣が相手の脇腹へ伸びる。
相手は片手剣の柄で弾いた。
刃先が制服をかすめるだけに終わる。
相手は後ろへ下がろうとした。
だが、背後には自分が置いた炎がある。
足を止める。
レオンは追う。
短剣を右から振る。
相手は片手剣で受け流した。
同時に左手へ魔力を集める。
レオンの足元へ新しい炎を置くつもりだった。
その動きも速い。
剣で防ぎながら、次の攻撃を準備している。
レオンは左手へゼロスレッドを作った。
今度は相手へ伸ばさない。
糸の先を、自分の短剣の柄へ巻きつける。
相手は左手から小さな火球を落とした。
レオンは短剣を離す。
足元へ炎が広がる直前、ゼロスレッドを引いた。
手から離れた短剣が、相手の片手剣の下を通って左側へ動く。
攻撃ではない。
刃を相手から遠ざける動きだった。
相手の視線が短剣を追う。
レオンは炎が落ちる前に前へ出た。
空いた右手で、相手の左手首をつかむ。
火球が地面へ落ちず、2人の間で揺れた。
相手は片手剣を横から振る。
レオンの首元を狙った一撃。
レオンは左手を引いた。
ゼロスレッドにつながった短剣が手元へ戻る。
刃を受け取る時間はない。
柄が相手の片手剣へ当たった。
軌道がわずかに上へずれる。
片手剣がレオンの髪をかすめる。
短剣は地面へ落ちた。
相手が左手を引き抜こうとする。
レオンは手首を離した。
つかみ続ければ、力で振り払われる。
必要だったのは、火球を置く瞬間を遅らせることだけだった。
レオンは落ちた短剣を拾わない。
右手を握り、そのまま相手の胸元へ伸ばす。
相手も後退した。
背後の炎へ靴が近づく。
止まる。
レオンの手が制服へ届く直前、相手は身体を横へ向けた。
わずかに残された隙間を通り、炎の囲いから抜けようとする。
その先に、細いゼロスレッドが張られていた。
最初に切られた糸とは別の1本。
レオンが短剣を手放した瞬間、左手から地面すれすれに伸ばしていた。
足へ巻きつけてはいない。
強く引く必要もない。
相手の靴先が糸へ触れる。
一歩だけ、足が遅れた。
それで十分だった。
レオンは相手の横へ回り込む。
右手が制服の胸元をつかんだ。
片手剣が戻る。
炎も左手へ集まる。
だが、その前にレオンは相手の身体を引き寄せた。
互いの距離が消える。
剣を振るための幅も、炎を置くための空間もない。
レオンは相手の胸へ肩を当て、そのまま押し込んだ。
背後の炎までは押さない。
火傷させる必要はない。
相手の姿勢が崩れた瞬間、レオンは右足を相手の足の間へ入れる。
腰を回し、地面へ倒した。
片手剣が手から離れる。
レオンは落とした短剣をゼロスレッドで引き寄せた。
柄をつかみ、相手の喉元へ刃先を向ける。
「そこまで!」
教師の声が響いた。
レオンは短剣を止めた。
相手の左手には炎が残っている。
それでも、放つ前に教師が2人の間へ入った。
「勝者、Dクラス15位。レオン・アーヴェル」
実技場から、一瞬だけ音が消えた。
続いて、Dクラス側の観客席から大きな歓声が上がる。
ガルドの声が、その中でもはっきり聞こえた。
「レオン! 昇格だ!」
レオンは短剣を下ろした。
相手が炎を消し、差し出された手を取って立ち上がる。
右足の靴底は焦げていた。
脇腹と腕の制服にも焼けた跡がある。
左手には軽い熱が残っているが、指は問題なく動く。
相手は地面に残った炎をすべて消した。
それから、レオンが張った地面すれすれの糸を見る。
「最後の糸は、いつ出した?」
「短剣を離したときだ」
「見える糸を切ったあとか」
「ああ」
「最初の糸は囮だった?」
「切られる必要があった」
「俺が切らなかったら?」
「手首へ伸ばしていた」
相手は短く息を吐いた。
「どちらを選んでも、次を用意していたのか」
「全部ではない」
「それでも、俺より先だった」
相手は片手剣を拾う。
「最初は、お前が動く場所へ火を置けた」
「ああ」
「途中から置けなくなった」
「俺が避ける場所を変えた」
「火の中へ踏み込むとは思わなかった」
「もう1度はできない」
「右足を見れば分かる」
焦げた靴から、わずかに煙が上がっている。
同じ方法を繰り返せば、次は足が動かなくなる。
勝てたから、正しい方法とは限らない。
ただ、この試合では必要だった。
相手はレオンへ右手を差し出した。
「Cクラスで、その戦い方が何度通じるか試してみろ」
「お前は?」
「Dクラスで順位上げだ。次の昇降格戦ではまたCクラスへ上がる」
「4か月後か」
相手は自分が作った炎の跡を見る。
「次は、自分の退路を残す」
「俺も火を踏まない方法を考える」
「それがいい」
レオンは差し出された手を握った。
昇降格戦の全試合が終わった。
Dクラスから昇格を決めたのは7人。
ガルド。
セイル。
ユリア。
レオン。
残る3人も、それぞれCクラスの生徒へ勝利していた。
敗れた8人はDクラスへ残る。
Cクラスからは、7人がDクラスへ降格することになった。
治療室で右足を冷やしたあと、レオンはDクラスの教室へ戻った。
上位15人だけでなく、クラスの生徒全員が集まっている。
教卓の前には、担当教師が立っていた。
「正式な所属変更は明日からだ」
教師は昇格を決めた7人を見る。
「昇格した者は、明朝からCクラスの教室へ移動する。授業内容も評価基準も変わる。今日の勝利だけで、Cクラスに残れると思うな」
「分かっています」
ガルドが答える。
声は普段より大きかったが、ふざけてはいなかった。
教師は続いて、昇格できなかった生徒を見る。
「敗北した者にも、次の機会はある。だが、同じ順位にいられる保証はない。今日戦えなかった者も含め、次の4か月はすでに始まっている」
ノアは自分の席に座り、更新前の順位表を見ていた。
レオンが近づくと、視線だけを向ける。
「先に行ったな」
「ああ」
「次は俺が行く」
「待っている」
「Cクラスで落ちるなよ」
「お前も15位まで上がれ」
「言われなくても上がる」
短い会話のあと、ノアは前を向いた。
ミナは自分の机に座ったまま、レオンを見る。
現在の順位では、Dクラスに残る。
「別の教室になる」
「ああ」
「訓練は?」
「放課後ならできる」
「なら、変わらない」
「全部は変わらないな」
ミナは小さくうなずいた。
ガルドが後ろから2人の肩へ腕を回す。
「俺たちはCクラスだぞ!」
「重い」
「腕をどけて」
「最後くらい喜べよ!」
「明日からも会う」
「そういうことじゃない!」
教室に笑い声が広がった。
翌朝。
学院の順位表が更新された。
Cクラス46位 レオン・アーヴェル。
その下には、Cクラスへ昇格したDクラスの生徒たちの名前が新しく加えられている。
一方、Dクラスの順位表からは7人の名前が消え、降格してきた生徒たちの名前が並んでいた。
入学時、レオンはDクラス60位だった。
無属性。
一般級のスキル。
学院全体の最下位。
そこから4か月。
失敗し、直し、また失敗した。
ノアの水に糸を見つけられた。
セイルの速さに追いつけなかった。
ユリアの氷に、自分の進む場所を選ばされた。
Cクラスの炎には、修正するより先に次の手を置かれた。
それでも、同じ場所には戻らなかった。
レオンはCクラスの教室へ向かう。
隣にはガルドがいる。
少し前を、セイルとユリアが歩いていた。
廊下の先にある教室の扉には、Cの文字が刻まれている。
最初の昇格。
それは、目的地ではなかった。
次の失敗を始める場所だった。
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