第59話 Dクラスの15人
昇降格戦当日。
第1実技場の中央には、2列の生徒が並んでいた。
片側はDクラス上位15人。
反対側は、Cクラス下位15人。
同じ学院の制服を着ている。
年齢にも大きな違いはない。
それでも、向かい合ったときの空気は普段の順位戦とは違っていた。
Dクラス側は、勝てば上がる。
Cクラス側は、負ければ落ちる。
どちらにとっても、今の所属を変える試合だった。
観客席にはDクラスとCクラスの生徒が集まっている。
ほかのクラスの教師や、治療師も待機していた。
レオンはDクラスの列の最後に立ち、向かい側を見る。
正面にいるのはCクラス46位。
腰には片手剣。
右手の指先には、小さな炎が浮かんでいる。
試合前から魔法を使っているわけではない。
指先へ魔力を集め、いつでも炎へ変えられる状態を保っている。
Dクラスの生徒には、あまり見られない準備だった。
中央へ進んだ教師が、両クラスへ説明する。
「試合は順位順に行う。Dクラス側が勝利すれば、対戦相手と所属を入れ替える。敗北した場合、所属の変更はない」
教師はCクラス側を見る。
「Cクラスの生徒が勝利した場合も、順位そのものが上がるわけではない。ただし、所属は維持される」
続いてDクラス側へ視線を移す。
「ほかの試合結果は関係しない。自分の試合に勝った者だけが昇格する」
ガルドが両拳を合わせた。
硬い音が鳴る。
「分かりやすくていいな」
「いつもと同じだ」
レオンが答える。
「相手がCクラスだぞ」
「勝利条件は変わらない」
「そういう意味じゃない!」
ガルドの声が実技場へ響いた。
向かい側のCクラス生徒が何人かこちらを見る。
ユリアが小さく息を吐く。
「始まる前から目立たないで」
「俺じゃなくてレオンが悪い」
「声を出したのはあなたでしょう」
「レオンが変なことを言うからだ」
「変ではない」
セイルが列の前方から振り返る。
「静かにしろ。1位から始まるぞ」
教師が最初の2人を呼んだ。
ガルドは大盾と片手槌を持ち、中央へ進む。
対戦相手はCクラス60位。
細い槍を使う生徒だった。
開始の合図と同時に、槍使いが動いた。
ガルドの盾へ正面から攻撃せず、右側へ回り込む。
槍の先から風が放たれ、砂がガルドの顔へ飛んだ。
ガルドは盾を上げた。
視界を塞いだ瞬間、槍使いが反対側へ移る。
穂先が膝裏へ伸びた。
ガルドは盾を振り回さない。
その場で足を踏み込み、地面へ魔力を流した。
「土属性魔法!」
地面が低く揺れる。
槍使いの足が砂へ沈み、踏み込みが止まった。
ガルドは盾を前へ押し出した。
槍の穂先を受けながら距離を詰め、相手の身体ごと押し込む。
槍使いは風を放って横へ逃れようとした。
だが、足元の地面が盛り上がり、進路を塞ぐ。
ガルドの槌が肩の直前で止まった。
「そこまで!」
最初の勝者は、ガルドだった。
観客席のDクラスから歓声が上がる。
ガルドは槌を下ろし、大きく息を吐いた。
「勝ったぞ!」
戻ってきたガルドが、Dクラスの列へ拳を上げる。
「見ていた」
「もっと喜べ!」
「あとでな」
「今でもいいだろ!」
教師が次の試合を呼ぶ。
ガルドは不満そうにしながらも、治療師の確認を受けるため列を離れた。
2試合目はDクラス側が敗れた。
開始直後に魔法を使って距離を詰めたが、Cクラスの生徒はその動きを待っていた。
着地する前に攻撃を重ね、反撃する時間を与えなかった。
3試合目もDクラス側の敗北。
4試合目は、長い戦いの末にDクラス側が勝利した。
試合が進むにつれ、差が見えてくる。
Cクラス側の魔法は、必ずしも大きくない。
威力だけなら、Dクラス上位の方が強く見える場面もあった。
それでも、使うまでが速い。
武器を振りながら魔法を準備し、避けながら次の位置を作る。
1つの行動が終わってから、次を考えていない。
Dクラス側が失敗に気づいたときには、すでに次の攻撃が始まっている。
7試合目が終わった時点で、Dクラス側の勝利は3人。
4人が昇格の機会を失っていた。
敗れた生徒たちは、観客席へ戻らない。
実技場の端に立ち、続く試合を見ている。
自分が届かなかった差を、少しでも確認しようとしていた。
13試合目。
セイルが中央へ呼ばれた。
対戦相手は、長剣を持つCクラス48位。
身長はセイルより高く、構えた長剣の届く範囲も広い。
「始め」
セイルが最初から風を使った。
砂が弾け、一気に距離を詰める。
長剣が横へ振られた。
剣そのものが届く前に、刃にまとった魔力が空気を押し出す。
セイルは踏み込みを止めた。
長剣が目の前を通過する。
再び加速する。
今度は相手の右側へ回る。
長剣が戻る。
セイルは身体を沈め、刃の下へ入ろうとした。
相手は剣を振り切らなかった。
途中で軌道を変え、柄をセイルの肩へ向ける。
セイルは後方へ跳んだ。
足元へ風を流し、ぎりぎりで攻撃を外す。
速さではセイルが上だった。
だが、相手は追いかけていない。
長剣の届く場所だけを守り、セイルが入ってきた瞬間に攻撃している。
セイルは正面へ踏み込んだ。
また横薙ぎが来る。
今度は加速しない。
途中で速度を落とし、剣が通過するのを待った。
相手が剣を戻す。
その動きへ合わせて、セイルが再び風を使う。
速い動き。
遅い動き。
もう1度、速い動き。
一定だった踏み込みの間隔が変わる。
相手の長剣が戻りきる前に、セイルが懐へ入った。
木剣が胸元へ触れる。
「そこまで!」
セイルが勝利した。
戻ってきたセイルは、呼吸を大きく乱していた。
短時間で何度も風を使い、魔力を消耗している。
「勝ったな」
レオンが言う。
「ああ」
「最後以外は待たれていた」
「見れば分かる」
「風を使いすぎた」
「それも分かってる」
セイルは悔しそうに長剣の相手を見る。
「Cクラスでは、速いだけじゃ入らせてもらえない」
「次は変えるのか?」
「次の授業で考える。今日は勝ったからいい」
セイルは治療師の方へ歩いていった。
勝ったから終わりではない。
昇格すれば、今の相手と同じ授業を受けることになる。
14試合目。
ユリアが中央へ進む。
対戦相手は、長杖を持つCクラス47位。
水属性の生徒だった。
開始と同時に、水が広範囲へ放たれた。
ユリアの足元だけではない。
実技場の中央から左右まで、薄い水で覆われる。
ユリアが氷を作る。
だが、水には相手の魔力が残っていた。
凍り始めた表面がすぐに崩れ、形を保てない。
相手の水球が連続して飛ぶ。
ユリアは大きな氷壁を作らず、小さな氷の板を1枚だけ出した。
水球の軌道をずらし、濡れていない場所へ進む。
水が追う。
逃げ道が減っていく。
ユリアは止まらなかった。
しかし、無理に自分の氷を広げることもしなかった。
相手が作った水の流れを見る。
実技場の右側へ水が集まり、左側は薄くなっていた。
ユリアは左へ進んだ。
足元に残る少量の水だけを凍らせる。
相手の魔力が残っていても、範囲が狭ければ氷は形を保った。
細い氷の道ができる。
ユリアはそこを滑り、長杖の内側へ入った。
相手が水を引き戻す。
ユリアはその水を避けず、杖の先へ薄い氷を作った。
長杖が重くなる。
一瞬だけ、相手の動きが遅れた。
ユリアの杖が肩へ触れる。
「そこまで!」
ユリアも勝った。
実技場を戻る足は普段と変わらない。
だが、顔色は少し青い。
相手の魔力が残る水を凍らせ続けたことで、消耗が大きかった。
「勝ったわ」
ユリアが言う。
「見ていた」
「それだけ?」
「相手の水を全部凍らせなかった」
「できなかったのよ」
「だから、必要な場所だけ使った」
「最初からそう言いなさい」
ユリアはレオンの隣へ立つ。
「次はあなたよ」
「ああ」
「相手の炎は、私の氷より触れにくいわ」
「分かっている」
「止まらず進むだけでも駄目」
「分かっている」
「本当に?」
「試合で確認する」
「それでは遅いでしょう」
教師が最後の試合を告げた。
「Dクラス15位、レオン・アーヴェル。Cクラス46位、前へ」
レオンは列から離れた。
ここまでの14試合で、Dクラス側は6人が勝利した。
8人が敗北している。
ガルド、セイル、ユリアはCクラスへの昇格を決めた。
敗れた生徒たちはDクラスに残る。
ほかの結果は、レオンの試合には影響しない。
中央へ進む。
対戦相手も片手剣を抜き、開始線へ立った。
近くで見ると、剣の刃には細い溝が刻まれている。
炎を流すための加工だった。
相手はレオンの左手を見る。
続いて、腰の短剣へ視線を移した。
「無属性で15位まで来た生徒か」
初めて、対戦相手が口を開いた。
「記録を読んだのか?」
「試合も見た。糸で進路を作り、相手を動かす」
「全部ではない」
「なら、見せてもらう」
相手は片手剣を構えた。
刃の溝へ、赤い炎が流れ込む。
レオンも短剣を抜く。
左手は開いたまま、身体の横へ下げた。
教師が2人を確認する。
「始め」
小さな炎が、レオンの右側へ落ちた。
攻撃ではない。
火球と呼ぶには小さく、拳ほどの範囲を燃やしているだけだった。
レオンは左へ踏み込む。
その足が地面へ着く前に、2つ目の炎が左前方へ置かれた。
正面へ進路を変える。
対戦相手の片手剣が迫る。
レオンは短剣で受け流した。
刃から散った火が、足元へ落ちる。
後方への道が燃えた。
右。
左。
後ろ。
3方向を炎で塞ぎ、正面から剣で押す。
ユリアの氷より範囲は狭い。
それでも、炎が置かれるまでの速度が違う。
レオンが進路を選ぶ前に、次の場所が燃えている。
ゼロスレッドを壁際の金具へ伸ばす。
固定する直前、炎をまとった剣が糸の進行方向を横切った。
熱が左手へ伝わる。
糸そのものが燃えたわけではない。
それでも、魔力の流れが乱れ、固定する前に消えた。
相手はレオンの左手を見ていなかった。
糸が見えてから斬ったのでもない。
糸を伸ばす場所へ、先に剣を置いていた。
レオンは後退する。
足元に残った炎が、さらに逃げ道を狭める。
対戦相手は追い急がない。
小さな炎を1つ置き、剣を構え直す。
その動作には無駄がなかった。
炎を置く。
進路を変えさせる。
変わった先へ剣を出す。
レオンが1つ目の状況を確認したときには、相手はすでに2つ目を始めている。
Dクラスで通じていた修正速度より、相手の次の判断の方が速い。
Cクラス46位。
順位だけなら、クラスの下から15番目。
だが、その壁はレオンが予想していたより高かった。
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