第58話 昇降格戦前夜
レオンが15位になってから、10日が過ぎた。
その間にも順位表は動いた。
ユリアは再び14位へ挑み、今度は相手が風で飛び上がる前に着地点を氷で狭めて勝利した。
セイルは13位へ挑み、相手の攻撃が届く前に懐へ入り込んだ。
13位 セイル・ハーディ。
14位 ユリア・ノルド。
15位 レオン・アーヴェル。
3人とも、上位15人へ入った。
そして、入学から4か月目を迎えた朝。
Dクラスの担当教師は、普段より大きな紙を持って教室へ入ってきた。
教卓の後ろへ紙を貼ると、教室内の話し声が止まる。
紙の上部には、大きな文字が書かれていた。
『第1回昇降格戦』
「入学時にも説明したとおり、4か月ごとの順位更新に伴い、クラス間の昇降格戦を実施する」
教師の声が教室へ響く。
「Dクラス上位15人は、Cクラス下位15人と対戦する。Dクラス側が勝利すればCクラスへ昇格。敗北すれば現在のクラスに残る」
教室の前方へ座る生徒たちが、順位表を見る。
名前がある者。
1つ届かなかった者。
次の機会を待つ者。
全員の視線が、上位15人へ集まった。
「試合は明日、第1実技場で行う。対戦相手と試合順は、このあと掲示する」
教師は教室全体を見回した。
「これは代表戦ではない。Dクラスの名誉を背負えとも言わない。自分の順位で得た、自分の昇格機会だ」
そこで一度言葉を止める。
「ただし、Cクラスの生徒は同じ順位帯のDクラス生徒より、授業内容も実戦経験も上だと思え。順位が低いから弱いと考えるな」
教室の空気が重くなる。
Dクラス内で15位に入ることと、Cクラスで生き残ることは同じではない。
ガルドは腕を組み、教卓の紙を見ていた。
いつものような大声は出さない。
1位である以上、Dクラスの中では最初に名前を呼ばれる。
そして、相手はCクラスの生徒だ。
「先生」
後方から声が上がる。
「負けたCクラスの生徒は、Dクラスへ落ちるんですか?」
「ああ。勝者と敗者の所属が入れ替わる」
「全員が勝てば、15人とも昇格?」
「可能性としてはある」
「全員が負けることも?」
「ある」
教室が再び静かになった。
昇降格戦は、上位クラスへ上がるためだけの試合ではない。
相手にとっては、自分の居場所を守るための試合だった。
授業開始前、廊下の掲示板へ対戦表が貼り出された。
生徒たちが一斉に集まる。
ガルドは人混みの上から紙を見られるが、レオンは隙間を通って前へ進んだ。
Dクラス1位、ガルド・ベルン。
対戦相手、Cクラス60位。
Dクラス13位、セイル・ハーディ。
対戦相手、Cクラス48位。
Dクラス14位、ユリア・ノルド。
対戦相手、Cクラス47位。
Dクラス15位、レオン・アーヴェル。
対戦相手、Cクラス46位。
レオンの試合は15試合目。
昇降格戦の最後だった。
「最後か」
隣に来たガルドが言う。
「ああ」
「待ってる時間が長いな」
「先の試合を見られる」
「自分の相手に集中しろよ」
「ガルドもな」
「俺は最初だ」
ガルドは対戦表の最上段を見る。
「見られる前に戦うしかない」
「緊張しているのか?」
「してない」
「声が小さい」
「お前に言われたくない!」
いつもの声が廊下へ響いた。
周囲にいた生徒たちが振り返る。
少し離れた場所では、セイルが自分の相手の情報を読んでいた。
ユリアも隣に立ち、別の紙へ目を通している。
対戦表の横には、Cクラス側の簡単な戦闘記録が掲示されていた。
使用属性。
主な武器。
直近の実技結果。
それ以上の詳しい情報はない。
「俺の相手は長剣か」
セイルが言う。
「攻撃範囲が広い。簡単には近づけないわね」
「近づけばいい」
「その考えで変動地形走に失敗したでしょう」
「今回は地面が動かない」
「相手が動くわ」
「分かってる」
ユリアは自分の対戦記録へ目を戻す。
Cクラス47位は水属性。
武器は長杖。
広い範囲を濡らし、氷を作りにくくする戦い方を使うと記されている。
「相性が悪そうだな」
レオンが言う。
「水があるなら凍らせるだけよ」
「相手の魔力が残っている水でも?」
「それを明日確かめるわ」
ユリアの声に迷いはなかった。
だが、記録を持つ指には少し力が入っている。
レオンは自分の対戦相手を見る。
Cクラス46位。
火属性。
武器は片手剣。
記録には、短い文章が添えられていた。
『小規模な炎を連続して配置し、相手の進路を制限する』
『直近の実技では、判定勝利が多い』
大きな火力で押し切る相手ではない。
炎を壁として使い、動ける場所を減らす。
ユリアと似ている。
だが、氷とは性質が違う。
触れれば滑るのではなく、火傷する。
踏み越えることも、身体を預けることも難しい。
「また進路を塞ぐ相手か」
セイルがレオンの記録を横から見る。
「ああ」
「慣れてるだろ」
「氷と火は違う」
「道を減らすところは同じだ」
「相手の判断速度も違う」
教師は、Cクラスの方が実戦経験も上だと言っていた。
使う戦術が分かっていても、同じ速度で対応できるとは限らない。
「勝てそう?」
ユリアが尋ねる。
「まだ分からない」
「いつもどおりね」
「記録だけでは足りない」
「明日になれば分かるわ」
「負けてからでは遅い」
「なら、負ける前に直しなさい」
ユリアは自分の記録用紙を折った。
「あなたが私にしたことでしょう?」
その日の授業は、普段と同じ内容では進まなかった。
上位15人は実技場へ集められ、武器と防具の点検を受けた。
治療師による身体確認も行われる。
レオンの左手は問題なしと判断されたが、長時間の細かな操作は避けるよう再び注意された。
残りの45人は通常授業を受ける予定だった。
しかし、放課後になると、多くの生徒が上位15人の訓練へ集まった。
盾役をする者。
魔法の標的を作る者。
Cクラス側の記録を読んで意見を出す者。
これまで順位を奪い合っていた相手が、明日のために訓練へ付き合っている。
ノアも実技場へ来ていた。
レオンの対戦記録を読み、火を模した赤い布を地面へ置いていく。
「そこは通れない」
「火ではない」
「火だと思え。避けずに踏むなら、明日は火傷する」
レオンは布の間を進む。
右側が塞がれる。
左へ動くと、ノアが新しい布を投げた。
残された正面へ進む。
そこには木剣を持ったガルドが立っている。
横へ避ける。
さらに布が置かれる。
ユリアとの試合に似ている。
だが、違いもあった。
氷は固定先として使える場合がある。
炎にはゼロスレッドを巻きつけられない。
火の上を滑って進むこともできない。
「糸で布を動かすなよ」
ノアが言う。
「本物の炎は引けない」
「分かっている」
「今、動かそうとしただろ」
「布だからだ」
「明日の訓練じゃないのか?」
「今は布だ」
「融通が利かないな」
レオンは糸を消した。
新しい技を作る時間はない。
火を消す魔法も持っていない。
使えるのは、これまでと同じだった。
短剣。
足運び。
ゼロスレッド。
相手の動きを観察し、失敗したあとに修正する。
ただし、明日の相手は、修正する時間を与えてくれるとは限らない。
日が沈む頃、訓練は終わった。
寮へ戻る前、Dクラスの上位15人はもう一度、順位表の前を通った。
誰かが呼び止めたわけではない。
それでも、自然と足が止まった。
ガルドが1位。
セイルが13位。
ユリアが14位。
レオンが15位。
明日の結果によって、いくつかの名前はDクラスから消える。
代わりに、Cクラスから落ちてきた生徒の名前が入る。
「全員で上がるぞ!」
ガルドが言う。
「先生は代表戦ではないと言っていた」
レオンが答える。
「分かってる。でも、言うだけならいいだろ」
「私は自分の試合に勝つだけよ」
「俺もだ」
セイルが続ける。
「結果として全員上がれば、それでいい」
「同じことじゃないか!」
「違う」
ガルドの声が、夕方の廊下へ響いた。
夜。
レオンは自室の机へ、短剣と手袋を並べた。
刃に傷はない。
ゼロスレッドを使う左手にも異常はない。
机の端には、以前受け取った匿名の紙が残っている。
『見せる糸に頼るな』
第0研究室の調査結果は、まだ届いていない。
A―07とB―31の意味も分からないままだった。
それでも明日は、対象Bとしてではなく、Dクラス15位として戦う。
対戦相手はCクラス46位。
火属性。
進路を制限し、相手が動ける場所を奪う。
レオンは窓の外を見る。
第1実技場の周囲には、明日の試合に備えて魔導灯が点いていた。
入学時は、Dクラス60位。
明日勝てば、Cクラス。
最初の昇降格戦まで、あと1夜だった。
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