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第57話 次の1歩

残されているのは、ユリアが用意した道だけだった。


正面中央に細い通路。

その先には、杖を構えたユリアが立っている。


レオンが進めば、杖の間合いへ入る。

止まれば、周囲の氷がさらに狭まる。


「次の1歩は、どこへ進むの?」


ユリアが尋ねる。


レオンは正面へ足を向けた。


「そこだ」

「素直なのね」

「進む場所は残っている」


細い道へ踏み込む。

靴底が氷へ触れ、身体が前へ滑った。


ユリアが杖を突き出す。

レオンは短剣で外側へ弾いた。

勢いを止めず、そのまま肩へ刃を伸ばす。


ユリアは氷の道を滑り、後方へ下がった。

レオンの短剣は届かない。


左右の氷が内側へ伸びる。

戻る場所が消えていく。


レオンは左側の氷へ、見えるゼロスレッドを伸ばした。

表面へ巻きつけるように糸を回す。


「氷では固定できないと分かったでしょう?」


ユリアが杖を振る。

糸を巻いた部分へ新しい氷が重なり、表面が滑らかになった。


レオンが糸を引く。

予想どおり、固定が外れた。


ユリアの杖が再び迫る。

胸元への突き。

続けて足元へ氷片。


レオンは突きを避け、氷片を短剣で弾いた。

砕けた氷が頬へ当たる。


右へ進もうとする。

その先に新しい氷が広がった。


左には壁。

後ろには、先ほどの氷。


正面へ進むしかない。


レオンは正面へ踏み込んだ。


ユリアが杖を引く。

待っていた動きだった。


「何度進んでも同じよ」


ユリアの足元から、細い氷の道が伸びる。

後方へ滑りながら、レオンとの距離を保つ。


レオンも追う。

速さはユリアの方が上だった。


それでも、足を止めない。


ユリアが右へ氷を作る。

レオンは左へ進む。

左が塞がれる前に、前方へゼロスレッドを伸ばした。


狙ったのは壁の金具ではない。


地面から斜めに突き出した、細い氷柱だった。


糸を表面へ固定しようとすれば滑る。

だから、根元へ1周巻きつけた。


レオンが糸を引く。

身体が氷柱を中心に横へ振られる。


ユリアが作った正面の道から外れ、左側へ移動する。

氷の壁とユリアの間にある狭い空間へ入った。


ユリアの表情がわずかに変わる。

杖を左へ向け、氷柱そのものを砕いた。


固定先がなくなる。

だが、レオンはすでに糸を切っていた。


横へ流れた勢いを残したまま、左足を前へ出す。

着地先にも氷がある。


滑る。


止めない。


右足をさらに前へ運び、滑る方向を変える。

変動地形走で、沈む砂の上を進んだときと同じだった。


安全な場所へ着地してから、次の動きを考えるのではない。

滑り始める前から、次の足を出しておく。


ユリアが後退する。

その進路へ、レオンは2本のゼロスレッドを伸ばした。


1本は右。

もう1本は左。


どちらも魔力を多く流し、見える状態にしている。


「また道を塞ぐつもり?」


ユリアは右の糸へ氷を飛ばした。

糸が氷に覆われ、地面へ落ちる。


左の糸からも距離を取る。

残された中央へ下がった。


レオンは糸を引かなかった。


セイルへ触れたときと同じだった。

すべての道を塞ぐ必要はない。


相手が進める場所を、1つ残せばいい。


ユリアが中央へ下がる。

レオンは、その場所へ向かってすでに進んでいた。


「読んでいたの?」


ユリアが杖を構える。


「進める場所を減らした」

「私の真似?」

「セイルに使った」

「私にも通じると思わないで」


ユリアが杖を振る。

2人の間へ氷の壁が立ち上がった。


レオンは止まらない。

壁が完成する前に短剣を突き立て、手を掛けて身体を持ち上げる。


越えるには高さが足りない。

壁の上端へ左手を伸ばす。


ゼロスレッドを使えば、氷の表面を滑る。

レオンは糸を伸ばさず、腕の力で身体を引き上げた。


足が氷壁を蹴る。

上端へ胸が乗る。


ユリアが杖を向けた。

氷壁の上から、新しい氷が伸びる。


レオンは壁を越えなかった。


身体を左へ落とす。


そこには、ユリアが避けた見える糸が残っていた。

糸の先は、左側に立つ氷柱の根元へ巻きついている。


レオンは落下しながら糸を引いた。

身体が左前方へ振られる。


ユリアの正面ではない。

杖を向けていない側へ回る。


「同じ固定方法を残していたのね」


ユリアが氷柱を砕こうと杖を動かす。


レオンはその前に糸を切った。

引く力を失った身体が、そのまま前へ投げ出される。


着地は乱れた。

右膝が氷へ当たる。

短剣を持つ手も地面へついた。


それでも、止まらない。


左足を踏み出す。


ユリアは杖を引き戻し、レオンの肩へ振り下ろした。

レオンは短剣を上げる。


刃と杖がぶつかった。

右腕へ衝撃が走る。


ユリアは押し合わず、杖を引く。

同時にレオンの足元へ氷を広げた。


右足が滑る。


レオンは姿勢を戻すための糸を使わなかった。

滑る身体をユリアの左側へ向ける。


ユリアも横へ動く。

レオンから離れながら、次の氷の道を作ろうと杖を地面へ向けた。


その手首へ、細いゼロスレッドが伸びる。


見える糸だった。


ユリアはすぐに腕を引いた。

ノアとの試合を見ている。

見せた糸が、相手の反応を誘うことも知っている。


だから、糸だけを避けなかった。


同時に右へ踏み出し、レオンとの距離を取る。


だが、そこはレオンが残した場所だった。


氷壁。

砕けた氷柱。

床へ落ちた見える糸。


ユリアが進める場所は、右しか残っていなかった。


レオンは最初から、そこへ左足を向けている。


速さで追わない。

動いてから判断しない。


ユリアが選ぶ前に、次の1歩を出していた。


レオンが踏み込む。

ユリアも杖を振り上げる。


杖の先がレオンの胸へ向かう。

短剣はユリアの肩へ向かう。


ユリアの足元に氷が生まれる。

身体を後方へ滑らせるつもりだった。


レオンは左手の糸を引いた。


手首をつかむためではない。

ユリアの杖を、わずかに外側へずらす。


杖の先がレオンの胸元をかすめた。

制服が浅く裂ける。


レオンの短剣は止まらない。


刃先がユリアの左肩へ触れた。


「そこまで!」


教師の声が響いた。


レオンは短剣を止める。

ユリアの杖も、レオンの脇を通過した位置で止まっていた。


数秒遅れて、実技場から氷のきしむ音が聞こえる。

ユリアが魔力を止めると、広がっていた氷が少しずつ溶け始めた。


教師が2人の間へ入る。


「勝者、レオン・アーヴェル」


観客席からガルドの声が響く。


「15位だ!」


レオンは左手の糸を消した。

指先に軽い熱はあるが、震えはない。

使った糸の多くは短く、振動も加えていない。


ユリアは肩へ触れていた短剣を見たあと、自分の杖を腰へ戻した。


「最後まで、私の道を進んでいると思っていたわ」

「途中までは進んでいた」

「途中からは?」

「お前が進む道を減らした」

「私が、あなたにしていたことね」

「ああ」


ユリアは溶け始めた氷を見る。


「止まらないだけでは、私には勝てない」

「分かっていた」

「でも、止まらなかった」

「止まりながら考えるのをやめた。進む前に、次を決めた」


完全に先を読めたわけではない。

氷壁へ追い込まれた。

固定先も何度も失った。

最後の攻撃も、ユリアの杖が少しずれていなければ間に合わなかった。


それでも、失敗するたびに足を止めなかった。


ノアからは、見えている糸で相手を動かす方法を知った。

セイルからは、速さを追わずに進める場所を減らす方法を知った。

変動地形では、次の1歩を先に用意することを知った。


どれも、新しい力ではない。


これまで失敗したことを、同時に使っただけだった。


「15位は渡すわ」


ユリアが言う。


「でも、預けるだけよ」

「ノアも同じことを言っていた」

「一緒にしないで」

「セイルも似たことを言う」

「もっと一緒にしないで」


観客席からセイルが声を上げる。


「聞こえてるぞ!」


ユリアはセイルを無視し、レオンを見る。


「次は14位へ行く」

「16位からか?」

「あなたを倒して戻るより、上へ挑む方が早い場合もあるでしょう」

「申請できる範囲を確認した方がいい」

「分かっているわよ」


ユリアは実技場の出口へ歩き始めた。

負けたあとも、足を止めない。


翌朝。


Dクラスの順位表が更新された。


15位 レオン・アーヴェル


16位 ユリア・ノルド


17位 セイル・ハーディ


入学時、レオンは60位だった。

最初の1か月で28位まで上がり、そこからノア、セイル、ユリアたちの戦い方を越えてきた。


上位15人。


昇降格戦へ参加できる境界線に、レオンの名前がある。


だが、4か月目まで順位を守れるとは限らない。

ユリアも、セイルも、その下にいる生徒たちも止まっていない。


レオンは順位表から離れた。


境界へ着いたからといって、次の1歩がなくなるわけではなかった。

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