第55話 境界線への申請
順位表が更新された翌朝。
レオンは授業が始まる前に、順位戦の受付へ向かった。
申請用紙の挑戦者欄へ名前を書き、対戦相手の欄に現在15位の名前を記入する。
ユリア・ノルド。
16位から15位へ。
昇降格戦へ参加できる上位15人まで、残る順位は1つだった。
受付を担当する教師が用紙を確認する。
「対戦相手はユリア・ノルドで間違いないな?」
「はい」
「試合日は4日後。第2実技場を予定している」
「分かりました」
教師が受理印を押す。
これで申請は正式に受け付けられた。
レオンが受付を離れようとすると、廊下の先からユリアが歩いてきた。
手には、すでに順位戦の通知書を持っている。
「申請したのね」
「ああ」
「16位になった翌日に?」
「待つ理由がない」
「私も同じことを言ったわね」
ユリアは通知書へ視線を落とす。
14位への挑戦には敗れたが、15位に留まっている。
レオンが勝てば順位は入れ替わり、ユリアは上位15人から外れる。
「変動地形走で、止まらないことは覚えたようだけど」
「まだ覚えただけだ」
「試合で使えるとは限らないわ」
「だから確かめる」
「私を練習相手にするつもり?」
「順位戦の相手だ」
「同じようなものよ」
ユリアは通知書を折り、制服の内側へしまった。
「私の氷は、動く地形より意地が悪いわよ」
「地形は考えない」
「何を考えるの?」
「進める場所」
「それを私が残すと思う?」
「残させる」
ユリアの目が細くなった。
「言うようになったわね」
「以前から変わっていない」
「以前なら、黙って糸を伸ばしていたでしょう」
「今も必要なら伸ばす」
「そこは変わっていないのね」
ユリアは教室へ向かって歩き出した。
数歩進んだところで、背を向けたまま口を開く。
「4日後、待っているわ」
「待つのか?」
「試合時間まではね。そのあとは、あなたを置いて14位へ進む」
レオンも同じ方向へ歩き始めた。
受付前の掲示板には、新しく受理された申請が順番に貼られている。
レオンとユリアの対戦票の隣に、別の申請票が追加された。
挑戦者は17位、セイル・ハーディ。
対戦相手は、ユリアを破った14位の生徒だった。
「俺を飛ばしたのか?」
レオンの背後から、ガルドの声が聞こえた。
ガルドは掲示板へ顔を近づけ、申請票を見比べている。
その隣には、申請を終えたセイルが立っていた。
「飛ばしたって何だ?」
「お前は17位だろ。普通は16位のレオンに挑むんじゃないのか?」
「普通に進む理由がない」
「レオンに勝ってから、ユリアへ行けばいいだろ」
「それだと2試合必要になる」
セイルは14位の欄を指した。
「こっちに勝てば、1試合で上位15人だ」
「負けたら?」
「直して、また挑む」
「ユリアと同じこと言ってるぞ」
「一緒にするな」
少し前を歩いていたユリアが振り返る。
「私を破った相手へ挑むのね」
「ああ」
「速いだけでは勝てないわよ」
「見てたから知ってる」
「私の負け方を利用するつもり?」
「使えるものは使う」
セイルは木剣を肩へ担いだ。
「お前たちの試合が終わるまで待つつもりはない。どっちが15位になっても、俺が先に14位へ行けば関係ないからな」
「勝てればね」
「勝つために申し込んだ」
ユリアと同じ言葉だった。
ユリアもそれに気づいたらしく、わずかに眉を寄せる。
レオンは2枚の申請票を見る。
自分は15位のユリアへ挑む。
セイルは14位へ直接挑む。
同じ場所を目指していても、進む道は同じではない。
放課後。
レオンは第3実技場で、ガルドと向かい合っていた。
足元には、小さな石板が不規則に置かれている。
ガルドが地面へ手を当てた。
「土属性魔法」
地面が低く揺れる。
石板のいくつかが持ち上がり、別の石板が砂へ沈んだ。
ユリアの氷を再現することはできない。
属性も、魔法の性質も違う。
それでも、進める場所が途中で変わる状況は作れる。
レオンは右へ進んだ。
前方の石板が持ち上がる。
止まらずに左へ移る。
今度は左側の地面が沈んだ。
ゼロスレッドを奥の杭へ伸ばし、身体が傾くのを防ぐ。
そのまま前へ進もうとすると、ガルドが正面へ立った。
「俺も障害物なのか?」
「相手役だ」
「それなら攻撃していいんだな?」
「軽くしろ」
「お前がそれ言うのか?」
ガルドが片手を伸ばす。
レオンは横へ避ける。
避けた先の石板が持ち上がり、足元を塞いだ。
別の道を探さない。
上がった石板へ足を掛け、そのまま越える。
ガルドが反対側へ回る。
レオンは短剣を向けた。
距離は足りない。
糸を伸ばせば届く。
だが、ユリアが糸の固定先を氷で塞ぐ可能性もある。
レオンは糸を使わず、さらに一歩進んだ。
ガルドの手が肩へ触れる。
「今のは俺の勝ちだな」
「ああ」
「無理に進みすぎじゃないか?」
「止まらないことだけを考えた」
「止まらなきゃ勝てるわけじゃないだろ」
「ああ」
ユリアは進路を奪う。
残された場所へ進み続けるだけでは、相手の望む位置へ運ばれる。
止まらない。
だが、相手が用意した道を進まない。
両方が必要だった。
ミナが実技場の端から、レオンの糸を見ていた。
「氷があったら、そこは使えない」
「どこだ?」
「最初の杭」
「理由は?」
「ユリアなら先に塞ぐ」
ノアやセイルとの試合を見ているなら、ゼロスレッドの固定先を残すとは考えにくい。
ユリアも、レオンの戦い方を知っている。
「固定先がない場合を試す」
「壁も?」
「ああ」
「全部ないのは無理だろ」
ガルドが言う。
「実技場そのものは消せない」
「でも、氷で近づけなくはできる」
「なら、近づけない場所も使う」
レオンは左手を開いた。
糸を伸ばそうとしたところで、実技場の入口から職員が呼ぶ声が聞こえた。
「レオン・アーヴェル、ミナ・クロウ、ガルド・ベルン。クラリス先生がお呼びです」
3人は訓練を中断し、管理棟へ向かった。
クラリスの執務室には、リゼットも呼ばれていた。
机の上にはA―07とB―31の核ではなく、古い記録簿と空の木箱が置かれている。
「第0研究室の調査で、新しい事実が分かりました」
クラリスが木箱の蓋を開く。
内部には何も入っていない。
底には長年物を置いていた跡があり、四角い部分だけ周囲より色が薄かった。
「学院の旧資料庫に、第0研究室に関する記録箱が保管されていたことが確認されました」
「中身は?」
リゼットが尋ねる。
「移動されています」
「いつ?」
「正確な日時は分かりません。ただし、床と棚に残った跡から、最近です」
クラリスは古い記録簿を開いた。
保管品の欄に、第0研究室という名称はない。
代わりに、番号だけの箱が3つ記録されていた。
0―1。
0―2。
0―3。
すべての欄に、細い線が引かれている。
廃棄や移動を示す正式な印ではない。
「誰が動かしたんですか?」
レオンが尋ねる。
「記録がありません」
「行き先も?」
「分かりません」
クラリスは別の紙を差し出した。
資料庫の出入りを記録する名簿だった。
第2保守室が見つかる2日前。
管理職員として、1人分の署名が残っている。
しかし、その名義の職員は数年前に学院を辞めていた。
「誰かが古い資格を使ったということですか?」
「その可能性が高いでしょう」
「学院の中に協力者がいる?」
ガルドの声が低くなる。
「まだ断定はできません。古い鍵や印章が外部へ持ち出されていた可能性もあります」
クラリスは4人を見る。
「重要なのは、第0研究室側が私たちより先に動いたということです」
「観察室が見つかる前から?」
レオンが尋ねる。
「ええ。あなたたちが第2保守室を見つける前に、記録の移動を始めていた可能性があります」
リゼットが腕を組む。
「私たちが古い図面を見つけたことを知っていた?」
「あるいは、それ以前から撤去を進めていたのかもしれません」
「どちらにしても、証拠を隠している」
「そう考えるのが自然です」
クラリスは空の木箱を閉じた。
「A―07とB―31に関する記録が、その中にあったかは分かりません。番号だけを見て、同じものだと決めつけないでください」
「分かっています」
「ただし、無関係とも考えていません。移動先はこちらで追います」
レオンは出入りの名簿を見る。
第0研究室を調べ始める前に、誰かが記録を運び出している。
観察室からレオンたちを見ていた者。
比較試験を起動した者。
記録を移動させた者。
すべてが同じ人物とは限らない。
それでも、相手は止まっていなかった。
執務室を出たあと、リゼットがレオンへ声をかける。
「あなたは4日後にユリアとの試合でしょう?」
「ああ」
「こちらは先生に任せなさい。試合中に後ろを気にされても迷惑だわ」
「お前も対象Aだ」
「だからこそよ。対象Aが見ているから、対象Bは自分の試合をしなさい」
「言い方が気に入ったのか?」
「まさか」
リゼットは先に廊下を歩いていった。
レオンは管理棟の窓から、校舎の方を見る。
順位表では、生徒たちの名前が上へ動いていく。
セイルは14位へ挑み、ユリアは15位を守りながら再び上を狙う。
第0研究室の記録も、見つかる前に別の場所へ動かされていた。
待っている者はいない。
相手も、記録も、順位も動き続ける。
ユリアとの順位戦まで、あと4日。
レオンも止まるつもりはなかった。
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