第53話 止まらない15位
セイルとの訓練から2日後。
午後の実技では、変動地形走が行われることになった。
第4実技場には、普段の平らな地面がない。高さの違う石台、傾く木板、沈む砂地が、入口から出口まで不規則に並んでいる。
さらに、開始後は一定の間隔で地形が動く。
石台が上下し、木板の傾きが変わり、通れた場所が塞がれる。
相手と戦う訓練ではない。変わり続ける足場の上で、出口まで進むことが目的だった。
「止まったら駄目なのか?」
ガルドが教師へ尋ねる。
「止まっても失格にはならない。ただし、地形は待ってくれない」
担当教師が中央の装置へ魔力を流す。
「安全な道を探している間に、その道が消えることもある。制限時間は3分だ」
最初の数人が挑戦した。
動き始めは速い。
だが、目の前の石台が沈むと足を止め、別の道を探す。
その間にも地形は変わる。
後ろにあった木板が持ち上がり、戻る道まで塞がれた。
出口へたどり着けた者はいたが、多くが制限時間を使い切った。
ユリアの順番が来た。
15位の札を胸につけ、短い杖を腰から抜く。
開始線へ立っても、周囲を細かく確認する様子はなかった。
「始め」
教師の声と同時に、ユリアが走る。
最初の石台が沈み始める。
ユリアは速度を上げず、その手前へ薄い氷を広げた。
靴底を滑らせ、沈みきる前に反対側へ渡る。
着地先の木板が右へ傾く。
ユリアは低い側へ落ちないよう、板の端へ小さな氷の突起を作った。
そこへ足を掛け、止まらずに次の砂地へ進む。
砂地が沈む。
周囲の生徒が息をのんだ。
ユリアは足元一帯を凍らせなかった。
次に踏む場所だけを細く固める。
右足。
左足。
もう1度右足。
氷の足場を作りながら、沈む砂の上を渡っていく。
「速くないな」
ガルドが言う。
「ああ」
レオンもユリアを見ていた。
セイルのような速さはない。
一歩ごとの移動距離も大きくない。
それでも、開始してから1度も立ち止まっていなかった。
正面の石柱が上がり、道を塞ぐ。
右側には傾いた木板。
左側には広い隙間がある。
ユリアは最短の左を選ばなかった。
隙間を飛び越えるには、石柱の動きが止まるまで待つ必要がある。
右の木板へ進む。
傾斜の上へ薄い氷を伸ばし、滑りながら上へ抜けた。
遠回りだった。
だが、待つ時間はない。
最後の足場が沈む前に出口へ着く。
教師が時間を確認した。
「1分42秒」
最速ではなかった。
それでも、ここまでで最も安定した記録だった。
ユリアは乱れた呼吸を整えながら、待機場所へ戻る。
ガルドが首を傾げた。
「氷を使えるなら、道を全部固めればいいんじゃないか?」
「範囲を広げれば、魔力を使う」
ミナが答える。
「必要なところだけだった」
「でも、近道は何度かあったぞ」
「近道が開くまで待てば遅くなる」
レオンは地形を見る。
ユリアは、最も速く進める道を選んでいなかった。
今すぐ進める道を選び続けていた。
レオンの順番が来る。
開始線へ立ち、正面の石台を見る。
最初の動きはすでに確認した。
開始から数秒後に沈み、その次に右の木板が上がる。
「始め」
レオンは地面へゼロスレッドを固定し、身体を引いた。
最初の石台へ一気に着地する。
そのまま反対側へ糸を伸ばした。
速さだけなら、ユリアより上だった。
次の木板が傾く。
レオンは高くなる側へ糸を固定し、身体を引き上げる。
板の中央へ着地した瞬間、正面の石柱が予定より早く上がった。
進路が塞がれる。
右へ行くか。
左へ戻るか。
石柱を糸で越えるか。
判断した時間は短い。
だが、その間に木板の傾きが変わった。
足元が滑る。
レオンは反射的に別の糸を伸ばし、身体を支えた。
転倒は防いだが、進む方向を失った。
石柱が下がり始める。
レオンは正面へ進もうとした。
その手前で、今度は砂地が沈む。
足が止まる。
次に使える固定先を探す。
右の杭。
左の石台。
上がり始めた壁。
選んでいる間にも、地形は変わっていった。
「残り1分!」
教師の声が響く。
レオンは壁へ糸を固定し、一気に移動した。
着地する。
次の場所を見る。
糸を伸ばす。
固定する。
引く。
1つずつの動きは速い。
しかし、着地するたびに次の行動を決め直していた。
最後の石台へ届く直前、制限時間が終わった。
「そこまで」
地形の動きが止まる。
出口まで、あと2つだった。
レオンは糸を消し、待機場所へ戻った。
「最初は速かったのにな」
ガルドが言う。
「途中で止まった」
「道が塞がれたからだろ?」
「塞がれてから、次を探した」
ミナがユリアの方を見る。
「ユリアは、塞がれる前に動いてた」
「地形の順番を覚えていたのか?」
「全部は覚えてないと思う」
ユリアはすでに別の生徒の挑戦を見ていた。
視線は目の前の障害ではなく、その2つ先まで動いている。
レオンは自分の動きを振り返る。
着地した場所を基準に、次の最善を探していた。
最も速く進める方法を選ぶために、毎回わずかに止まっている。
セイルとの訓練でも同じだった。
相手の位置を確認し、進路を考え、糸を伸ばす。
判断してから動くため、最初の一歩で遅れていた。
授業の後半では、地形の一部を使った短い練習が許可された。
レオンは先ほど失敗した木板の前へ立つ。
完全な走行ではない。
木板、砂地、低い石台の3つだけを連続して渡る。
最初に、木板の先にある石台へ糸を伸ばした。
引くためではない。
次の固定先として残しておく。
木板へ乗る。
傾きが変わる前に、砂地へ踏み込む。
沈み始めるが、止まらない。
右足が深く沈む。
石台へ伸ばしていた糸を引き、身体が倒れるのを防ぐ。
そのまま左足を前へ出し、石台へ乗った。
速くはない。
姿勢も乱れている。
それでも、途中で足は止まらなかった。
もう1度試す。
今度は石台へ着く前に、さらに先の杭へ次の糸を伸ばした。
1本を使い切ってから、次の1本を考えるのではない。
進んでいる間に、次の場所を残しておく。
3つの地形を越える。
最初より時間はかかったが、止まらずに進めた。
「糸の使い方が変わったわね」
背後からユリアの声がした。
レオンが振り返る。
ユリアは杖を腰へ戻し、練習用の地形を見ていた。
「身体を速く動かすために使っていない」
「次の動きを止めないために使った」
「さっきよりはましね」
「お前の動きを見た」
「真似したつもり?」
「考え方を使った」
「私の氷と、あなたの糸は違うわ」
「同じである必要はない」
ユリアは少しだけ眉を上げた。
「そういうところは理解が早いのね」
「どういうところだ?」
「自分にできないことを、そのまま真似しようとしないところ」
少し離れた場所では、セイルが変動地形へ挑戦していた。
風を使って石台を飛び越え、ユリアより速く進んでいる。
だが、着地先の木板が大きく傾いた。
セイルは無理に踏み切り、空中で姿勢を変える。
次の石台へ着地したものの、速度を失って足を止めた。
ユリアがその様子を見る。
「セイルは速い。でも、速さで越えられない場所でも速く進もうとする」
「お前は速さを求めないのか?」
「必要なら求めるわ。でも、止まるくらいなら遅く進む」
ユリアの視線が、出口側に立つ14位の生徒へ向いた。
次の順位戦で戦う相手だった。
「明日が試合か?」
「ええ」
「勝てると思うか?」
「勝つために申し込んだのよ」
「俺やセイルが15位を狙っている」
「知っているわ」
ユリアは迷わず答えた。
「だから、先に14位へ行く」
「負けたら?」
「直して、もう1度進む」
「15位で待つつもりはないのか?」
「どうして待たなければならないの?」
ユリアは出口へ向かって歩き始める。
「あなたたちが私へ追いつくまで、私は私の順位を上げる。追いつきたいなら、止まらないことね」
ユリアは振り返らず、実技場を出ていった。
その言葉は、変動地形走だけの話ではない。
15位は境界線だった。
だが、そこに立つユリア自身は、境界を守るために待っているわけではなかった。
速く進めないときでも、次の一歩を止めない。
レオンは次の杭へゼロスレッドを伸ばした。
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